第19話 街道整備
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翌日、朝早くから僕らは山道を歩いていた。この先にはシタタンの町があり、その先にはサイタン、そしてその先は帝国である。この場合の僕らというのは、僕、グラ、フェイヴ、シュマさん、ホフマンさん、そしてベアトリーチェとその侍女のヘレナだ。なお、ベアトリーチェとヘレナは馬車だが、その馬車の持ち主であるホフマンさんは徒歩であった。
なんでベアトリーチェがお客様待遇なのかという思いもあったが、正直温室育ちのお嬢様の歩幅に合わせて山越えなんて冗談じゃないので、馬車の中で静かにしていてくれるならそれでいい。まぁ、馬車も馬車でトロトロ走っているので、正直かったるいんだけどね。
「で、なんでフェイヴさんがいるんです?」
「いや、何度も聞かなくてもいいっしょ? たまたまサイタンまで行く用事があったから、同行しようってだけっすよ!」
ケラケラとその糸目で笑いかけながら、そう韜晦してみせるフェイヴ。勿論、彼の言葉をそのまま鵜呑みにするつもりはない。門を出た辺りで、急いで追いかけてくるという不審な合流の仕方をしたのだから、疑われるのも仕方がないだろう。
大方、また僕らの周りで騒動が起こらないか、監視する意味で付けられたのだろう。この分では、ゴルディスケイル島でもゴタゴタがあったと覚られたかな。流石に、第二王国内で教会とケンカを始められると困る、という事なのかも知れない。
とはいえ、正直後ろ暗い事情もあるので、フェイヴとは本当にサイタン辺りで別れたい。
「まぁ、斥候がシュマさんしかいなかったので、こちらとしてはありがたいですけどね」
「ん。シュマも、斥候は本業じゃない。頑張るけど、特級がいてくれると助かる」
「うっす。そこんとこは、大船に乗ったつもりで任せて欲しいっす!」
お調子者らしい態度のフェイヴだが、その実力がたしかなのは何度もこの目で確認している。その点に不安はない。
あの場にいた勢力で、ここにいないのはウル・ロッドの手の者だが、それはある意味必然だった。契約そのものは昨夜の内に結んでおり、引き渡しも今朝正式にすませたという事で、彼らはベアトリーチェに関するゴタゴタから、一足早く足抜け出来たのである。
今朝、家を去っていくウルさんの顔が、実に清々しいものだったのが忘れられない。ロッドさんは事の起こりから最後まで、ずっと朴訥そうな無表情だったけどね。
「にしたって、なんでこんな急な出立……」
僕のぼやきに、汗を拭いつつひぃひぃと浅い息を吐いているものの、その足並みは一向に乱れないホフマンさんが説明してくれる。なお、その違和感には既に、フェイヴも気付いているようで、彼を流し目で確認するとき、その細い目が少し開いていた。
「ふぅ、ふぅ……。い、いやぁ、本国のお偉方はどうにもせっかちでございまして……。なんと申しますか、まだ詰めなければならないお話がいろいろとあるというのに、兵の徴集や物資の収集等々、もうかなり動き出してしまっておられるのですよ。時間をかけますと、身動きがとれず手遅れになる可能性もございます故、こうして急いでいるわけでございます。ハイ」
息が上がっているフリをしているくせに、そこまでを一気に喋り終えるホフマンさん。フェイヴがいるからか、その内容に『ベアトリーチェ』や『ベルトルッチへの坑道』の話は出ていない。
いまでも、第二王国では帝国の侵攻はゲラッシ伯爵領経由でのものだと思われているのだろうし、帝国でも多くの者はそう考えているはずだ。僕らの坑道が上手くできなくても、彼らに中止という選択はないらしい。
「それだけ、いまの帝国における塩と香辛料の値段は、手が付けられないのでございます。アルタンの町で起こった二つの事件も、その高騰には大きく関与しております。ハイ……」
ホフマンさんの言葉には、僅かに僕らに対する非難があったように思う。いやまぁ、その二つの事件はどちらも僕らが関わっているが、どちらも僕らが起こしたものではない。
バスガルの一件は、アルタンの町からカベラ商業ギルドという大資本が撤退するという劇的な動きがあり、町全体が商売どころではなかった。【扇動者騒動】に至っては、宿場町としての機能が一時的とはいえ完全に麻痺してしまった程だ。その影響が、スパイス街道の終着点である帝国において、絶大な影響を及ぼしてしまっているのは、ある意味仕方のない事だろう。
片方はバスガルが悪いし、もう片方はレヴンに煽られた各国の間諜たちが悪い。その間諜の中には、帝国の者もいたはずなのだから、その一員であるホフマンさんに非難される覚えはない。
「それは大変ですね。まぁ、王国人の僕らには関係ない話ですが」
「ええ、そうでございますね……」
なので、満面の笑顔でその非難をセンター返しに処す。ホフマンさんはがっくりと肩を落としつつ、引き攣った愛想笑いでなんとか相槌を打っていた。
「ショーン」
そこで、これまでずっと黙っていたグラが僕を呼ぶ。彼女を見れば、怜悧な表情で街道の行く先を指し示していた。
「この先に大量の人間が犇めいています。盗賊ではありませんか?」
「うん?」
手で庇を作って目を細め、パティパティアの山肌を望遠すれば、たしかに一〇〇人を超える人間が、なにやら作業に勤しんでいた。たしかに、普通に考えれば不審な集団だが、それに当たりを付けた僕は彼女に笑ってみせる。
「ああ、あれはたぶん大丈夫だよ。ただの街道整備の人たちだから」
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