第20話 襲撃者たちのその後

「街道整備ですか?」

「そう」

「っていうか、グラさん知らないんすか? 当事者なのに?」


 僕の言葉を引き継ぐようにして、フェイヴがグラに訊ねる。僕との会話を邪魔されたからか、グラはそんなフェイヴをギンと睨み付けるが、文句を言う事はなかった。たしかに知らないのだから、フェイヴの言う通り当事者であるのなら、話の内容の方が気になるのだろう。


「え、ええっと……」


 睨まれたフェイヴは、まるで降参とでもいうように胸の前で両手の平をグラに見せつつ、僕を盗み見た。どうやら僕に説明して欲しそうだが、努めて無視した。理由は特にないが、しいて言うなら嘘を吐いてこちらを監視してるのがムカついたからだ。


「あれは、以前の【扇動者騒動】でハリュー家襲撃に関わった冒険者たちっす。彼らは、スパイス街道の整備を労役として課されているんす」

「ふむ。それにしては、随分と人数が少ないですね」


 たしかに。グラの疑問に、僕も頷いた。

 見た感じ、一〇〇人ちょっとしかいないように思える。あの騒動で僕らの屋敷を襲撃した二〇〇〇人の内、大多数は他所からの胡乱者や奴隷だったとはいえ、アルタンの冒険者も数百人は混ざっていたはずだ。

 また、冒険者以外にも牢につなぐ程でもない犯罪者も、同じく労役を課されているはずなのだが、それならますます数が足りない。


「なんでも、何組かに分けてアルタンと往復しているって話っすよ? まぁ、労役の間は最低限の食事と住居はゲラッシ伯側が持ってくれるんすけど、流石にそれだけじゃ労役明けに飢えちまうっすからね。町に戻って一日休んで、冒険者として仕事して、一日休んで労役ってローテーションが一般的らしいっす」

「へぇ。冒険者以外の人はどうなんです?」


 ちょっと気になった事を訊ねるが、フェイヴは首を振りつつ答える。


「さぁ。そっちは流石に俺っちも聞き込みしてないんで、知らねっす。でもまぁ、休みのローテは同じなんで、なんとかしてるんじゃないんすか?」


 フェイヴの情報源は同業だろうから、住人の情報が抜け落ちてても仕方ないのか。僕もそこまで興味はないけど、食うにも困る貧困者が町に溢れると、治安的にも商売的にも悪影響だから、ゲラッシ伯がそこら辺の手当てもきちんとやっている事を祈ろう。


「まぁ、無闇矢鱈に大人数を注ぎ込めばいいってわけでもないですしね。統括する人間や、労働者たちの疲労ややる気も鑑みれば、それがもっとも効率的ですか」


 ある意味、あの労役は罰のようなものであり、彼らは罪人も同然なのだが、それにしては随分と手厚い待遇だといえる。下手をすれば、奴隷同然に酷使されてもおかしくはない立場だ。

 まぁ、せっかくの労働力を使い潰すようなやり方は、非効率的で頭が悪いと言わざるを得ないので、この状況はゲラッシ伯にとってもあの冒険者たちにとっても、いい選択だったのだと思う。どうでもいいけど。


「大人数の冒険者が常駐してるってんで、最近はこの峠道の治安も良くなって、街道も活気を取り戻してるんすよ。モンスターは勿論、盗賊の数も激減したっす」

「それはそうでしょうね。その際の素材の買い取りってどうしてるんです? いちいち町まで戻らないでしょう?」

「監督側で買い取ってくれるそうっすよ。食肉にできるヤツがいないか、この辺りのモンスターを狩り尽くす勢いで、狩りに励んでいるそうっす。街道整備もそっちのけなんだとか……。本末転倒っすよね」

「ははは……」


 まぁ、狩りの成果がダイレクトに夕食の質に関わってくるともなれば、やる気も出すだろう。監督側も、目に余らない程度であれば、彼らの狩りを認めているという事だ。安全確保の面でも、集団を維持する食費削減の面でも有益なのだから、咎め立てする理由がない。


「でも、それならわざわざ町に戻らなくても、ここで狩りすればいいのでは? そりゃあ、冒険者としての実績にはならないかも知れませんが」


 僕の疑問に、フェイヴがふるふると首を振る。


「流石に、冒険者ギルドよりもだいぶ買い叩かれるらしいっす。お上に言わせれば、買い取るだけ有情らしいっす。まぁ、騎士とか兵士は、作戦中に狩った獲物の報酬なんて貰えねっすからね。その分、安定しておまんまが食えるんすけど」

「なるほど」


 たしかに、そう考えると作戦行動中に倒したモンスターをただ取り上げず、お金を払って買い取るというのは、なかなかに珍しい事なのかもしれない。まぁその分、怪我や武具の損耗は、自己責任なんだろうけどね。


「なんにせよ、あの人数が食うに困って野盗化するなんて事はなさそうで安心しました」

「流石にそれは、ゲラッシ伯も容認できないっすよ。そんな事になるくらいなら、あの連中全員処刑した方がマシっす」


 随分過激な事をいうが、それが間違っているとも思わない。一〇〇人を超える規模の盗賊団など、その維持の為に積極的にをしなければ、そろって飢え死にするしかない。

 グラが最初に彼らを盗賊と疑ったのも、僕が彼らの野盗化を危惧したのも、その維持にかかる食料を始めとした物資の量を考えると、その所属はガバメントアウトローのどちらかになるからだ。

 大盗賊団なんてできて喜ぶ人間なんて皆無である。あらゆる方面に迷惑だけかけて、討伐にリソースを割かれて、残るものはなにもない。百害あって一利もないのが、盗賊というものだ。


「まぁ、こちらに実害がないのなら、どうでもいいでしょう。脅威が少ないというのなら、足を止められる事も少ないでしょうし、好都合です」


 最後にそう締めるグラに頷き、僕も意気揚々と歩き出した。そんな僕らに、戸惑いの表情を浮かべるフェイヴ。


「え? い、いや、だからあの人たちって、例の【扇動者騒動】の加害者たちっすよ? その元凶ともいえるお二人が姿を見せたら、どうなるかわからないって話してたんすけど? ねぇ!? 聞いてるっすか!?」


 フェイヴは、なおもなにやらギャーギャーと騒いでいたが、これ以上ただの道路工事に関して考える必要性を見出せなかったので、努めて無視して僕らは歩を進めた。こちらは考える事がいっぱいなんだ。犯罪者のその後について、長々と考えている暇などないのである。



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