第21話 迷惑な英雄譚

 ●○●


 街道整備の集団の中を通り抜ける僕らは、滅茶苦茶睨まれていた。まぁ、ある意味彼らがここで労働を強いられている原因ともいえる僕らが、のうのうとその渦中を通り抜けようとしているのだから、当然の反応といえる。逆恨みだけどね。

 幸い、この一向にそれを気にするような、繊細な人間など皆無だったので、特に支障はない。僕ら姉弟は当然スルー。シュマさんも常の通り。フェイヴも仕方ないとため息は吐いていたが、臆する気配など微塵も見せず、万一彼らが襲い掛かってきてもいいように、周囲に睨みを利かせていた。あ、一応ホフマンさんはオドオドしてるフリはしてたな。……監督の役人から、余っているモンスターの素材を買い取ってたけど。

 ちなみに、ベアトリーチェも彼らの視線など意に介する様子はなく、剣呑な雰囲気の中、座りっぱなしで疲れたから休憩だと、馬車を停めて優雅にティータイムをとっていた。ホント、ブレないねぇ……。


「ふぅ……」


 ベアトリーチェの侍女であるヘレナが淹れたトゥル茶を飲んで一息吐くと、まだたいした道程でもないのだが、旅の疲れが一気に抜けていく気がする。個人的には、高級茶であるトゥル茶よりも、さっぱりとした庶民用のキャブ茶の香りの方が好きなのだが、ヘレナの淹れたお茶はこれまで飲んだどのトゥル茶よりも香り高く、実に美味だった。

 流石は、ナベニポリスでもトップクラスの、いいとこのお嬢様の侍女である。うちの使用人たちも頑張っているし、ザカリーの淹れたお茶だって非の打ちどころはないのだが、流石に彼女のこれには劣ると言わざるを得ない。

 なお、本来はなにもない地面にテーブルと椅子を作ったのは、グラの属性術である。いまなら僕もそのくらいできるので、率先してやろうとしたのだが、なぜかグラに止められて一式作られてしまった。

 あれかな? 僕が作ったものを、独占でもしようとしてるのかな、この姉は?


「それにしてもあなた、周囲から恨まれていますのね。ええと、なんでしたかしら……。そうそう【白昼夢の悪魔】でしたか?」


 お茶請け話とばかりに、ベアトリーチェがこちらに話を振ってくる。ティーカップを傾ける姿は実に様になっているが、その目がこちらを揶揄う気満々で辟易とする。


「まぁ、そうですね。恨まれても仕方のない事ばかりをしてきましたから」


 僕は肩をすくめてそう嘯く。なお、周囲から見られて変に誤解されても嫌なので、昨夜のようなフランクな態度は改めている。


「あら? わたくしが聞いた話ですと、町を救う為にダンジョンの主に挑み、仲間を救う為にたった一人で、そんな大敵を打倒した英雄だと窺いましたが? わたくし、まるでおとぎ話のヒーローのようで、とても感心いたしましたのよ?」

「嫌味が隠せてないですよ、お嬢様?」


 クスクスと手の甲で口元を隠しつつ笑うベアトリーチェに、こちらも険のある態度で嫌味を返す。そんなものを意に介するとも思えないけどね。


「あらあら? ですがこの話はどこまで本当なのでしょう? あなた方がダンジョンに挑んだというのは、本当の事なのですわよね? わたくしも、アルタンの町の地下にダンジョンが侵出したという一件は、聞き及んでおりました。そのダンジョンを攻略したというお話も。ダンジョンの主が討伐されたというのは、事実なのですわよね?」


 ベアトリーチェが、誇張まみれな話など頭から信じていないとばかりに問うてくる。実際、彼女が耳にしたのは、冒険者ギルドが吟遊詩人たちに謳わせている英雄譚だろう。その誇張の割合は、一〇〇パー二〇〇パーというレベルではなく、一〇〇〇パー二〇〇〇パーレベルの誇大広告、誇大妄想の類である。

……正直やめて欲しい……。これなら、普通に恨まれている方がマシだ……。


「全部ホントの事っすよ」


 だが、ここにも流言飛語もいいところなこんな話に、さらに尾鰭をコーティングしようとするヤツがいた。


「俺っちもその攻略には同行したっすからね。間違いないっす! やっぱりクライマックスは、崩落ののちにダンジョンの主と不意遭遇し、俺っちたちが完全に追い詰められていたそのときっす!」

「おいやめろ」


 同じテーブルについていたフェイヴが、噺家もかくやといった調子で、臨場感たっぷりにあの日の最終局面を語る。僕は慌ててそれを止めようとするのだが、どういうわけかグラはそこに加勢してくれなかった。


「『ここは任せて、先に行け……』『なぁに、すぐに追いつくさ』岩壁に閉ざされた向こうからショーンさんの強がるような声が聞こえ、俺っちは何度もそこを叩いて呼びかけたっす。当然でしょう? その向こうには強大なダンジョンの主、そしてその配下のモンスターども。とてもじゃないっすけど、一人で相手にできるわけがない」

「なぁ、死亡フラグ立ちまくりなんだけど? 僕、絶対そんな事言ってないよね? そいつ、確実にもう死んでるからな!?」

「俺っちは泣く泣く、救援を求めに走ったっす。一刻も早く、グラさんや、うちのでくの棒セイブンを連れて、ショーンさんの救援に戻る為に。ですが、そうやって救援に駆け付けた俺っちたちが目の当たりにしたのは!」


 なんなんだよ、こいつのこのテンション……。


「そこには、巨大なダンジョンの主の死体と、血塗れでありながらその前に立つショーンさんがいました。彼はこちらを振り向くと、ニッと笑ってから気を失ったっす」

「嘘だよな? 僕そのとき、バスガルの最後っ屁のズメウに殺されかけてたじゃん? なんでそんな意味のない嘘吐くの?」


 吟遊詩人どもの、誇張しかない歌をそのまま繰り返すフェイヴに、僕は心底ウンザリする。以前の【扇動者騒動】を受けての事で、再発防止策の一環だというのは理解しているが、誇張塗れの武勇伝を広められる方の身にもなって欲しい。

 まるで僕自身が、嘘を流布してまで名声を求めている見栄っ張りみたいじゃないか……。


「それで? その話はどこまで本当の事なのです?」


 ベアトリーチェが、先程までの楽しそうな表情を引っ込めて、呆れたように問うてくる。対するフェイヴは、あっけらかんと答える。


「全部ホントの事っすけど?」

「違うだろ。ほとんどただの虚飾で、皮しかないアンジーの実みたいな話だっただろうが」


 そういえば、時季が過ぎたせいで、最近はあのオレンジリンゴを食べていない。最初はコア本体で食べたせいで美味しくなかったが、依代に移ってからは普通に美味しいので、結構食べていたんだけれど。特に、以前の食傷のときは結構助かった。


「いやいや、たしかに台詞とかラストとかはちょっと見栄えがする感じに弄ったっすけど、起こった物事や時系列はそのままっしょ?」

「あら? では、ショーンが一人でダンジョンの主を打倒したというのは、本当の事なのですか? だとすれば、それは本当にすごい事なのでは?」


 フェイヴの台詞に、ベアトリーチェまでもが驚いたような顔でこちらを見てくる。いや、それはシュマさんやホフマンさんも同じだ。

 たしかに言葉にすればその通りなのだが、これ以上その辺りを掘り下げられたくない。人間離れした偉業が有名になったせいで、本当に人間じゃないとバレるだなんて、バカ丸出しもいいところだ。

 なんと答えようか迷っていたところに、これまではまったくの戦力外だったグラが、ようやく話を別の方向に持っていってくれた。


「……ところで、なぜあなたが、ショーンを呼び捨てにしているのです?」


 うん。まぁ、なんだ……。とりあえず、話の流れはぶった切れたので、良しとしよう。



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