第48話 誘導討論

「ふぅん。モスイーターの特徴が?」


 戦闘が終了し、一息吐こうという事になった際に、僕は先程気が付いた点をフォーンさんに述べた。


「ええ。僕も資料をチラと見ただけなので、たしかな事は言えませんが、バスガルのダンジョンに出現するものと、特徴が酷似しているみたいです」

「でもそれ、この苔のせいっすよね? たまたまなんじゃないっすか?」


 ケイヴリザードへと投擲した方のピッケルを回収してきたフェイヴも、ディスカッションに参加する。


「そうかも知れません。ですが、近場にある中規模ダンジョンにいるものと特徴が似ているというのは、無視できない相似点です。念の為にお訊ねしますが、お二人はこれまで色の違うモスイーターを見た事はどれくらいあります?」


 僕の問いに、フォーンさんとフェイヴは顔を見合わせる。


「あちしは一回、黄色いのが混ざってるのを見たね。そこも洞窟タイプで、黄色い苔が生えてた。ヒカリゴケじゃなかったけど」

「俺っちはないっすね……。洞窟タイプのダンジョンでも、ヒカリゴケが生えてなかったり、普通に緑だったりするっすし。それに外ならまだしも、ダンジョンだとモスイーターが生息しているところでも、苔が生えてなかったりするっす」


 それは、受肉したらモスイーターも困るだろう……。あれ? それは他のモンスターも同じか? ダンジョン内だと、獲物を狩っても肉にならないし。あとでグラに聞いてみよ。


「なるほど、そう考えると無視できない類似点だね。原因はヒカリゴケの色だけど、ダンジョン内の明かりとダンジョンに出現するモンスターが被るってだけでも、かなりのレアケースだ」

「そいつが近場ともなれば、たしかに無視はできないっす。というか、ここを探索している冒険者連中が真っ先に気付きそうな話っすけど、どうして騒いでないんすかね。俺っちもダンジョンにもぐる前に、いろいろと調べたっすけど、モスイーターがでるって情報はあっても、それがバスガルのダンジョンに出現するものと同じだって話は聞かなかったっす」


 フェイヴが不思議そうに首を傾げる。ただまぁ、それは割と簡単な話だ。


「それはたぶん、この辺の冒険者は、赤と緑のモスイーターしか知らないからじゃないですか。出現したモンスターの報告も、たぶんモスイーターとしかギルドには届いてないんだと思いますよ」


 フェイヴたち【雷神の力帯メギンギョルド】は、あちこちに引っ張りだこな一級冒険者パーティだ。だからこそ、あちこちのダンジョンに顔を出した経験もある。

 だが、この辺りの冒険者にとっては、ダンジョンといえばバスガルのダンジョンなのだ。そして、モスイーターといえば赤と緑なのだ。赤と緑のモスイーターが出現したところで驚かないだろうし、ただモスイーターとして処理し、報告するだろう。

 むしろこの町の冒険者は、緑のモスイーターを見た方が驚いて報告するかも知れない。


「ショーン君」


 名前を呼ばれて、僕はフォーンさんを見る。真剣な眼差しの彼女に合わせて、僕も神妙に続きの言葉を待った。


「ショーン君は、ここが小規模ダンジョンじゃなく、中規模ダンジョンのバスガルから延びたものなんじゃないかと思ってるんだね?」


 事態の深刻さを重視したのか、フォーンさんの声音が重い。それはそうだろう。小規模ダンジョンと中規模ダンジョンとは、猫と虎程にも違うものだ。もしもここがバスガルのダンジョンならば、迷い猫探しが虎退治にになる。しかも、既に多くの冒険者が、猫探し気分でダンジョン内に侵入しているのである。

 多くの人員の命が、危険に晒されているのだ。


「あくまでも懸念です。僕の場合は、そうでなければいいという立脚点から物事を考察しているので、類似点だけに着目して堅白同異けんぱくどういな推測を立てている恐れはあります。あるいは、バスガルから派生した、子ダンジョンという仮説もあるんですが、そういうものがあるのかどうか……」


 子ダンジョンか……。ふむ、咄嗟に口にした欺瞞だったが、それはなかなかいい案だ。もしも僕が十全にダンジョンコアとしての能力が使えるなら、グラから派生した子ダンジョンを作ってDPを集め、それをグラに供給するという手もあるかも知れない。まぁ、いまは関係ないが。


「ふむ。子ダンジョンか……」

「フォーンさんはそういう例を知っていますか?」

「いや、そんな話は聞いた事がないね。そもそも、ダンジョンの主がいなけりゃダンジョンを維持できないだろう? より正確には、ダンジョンの主の核がないと、ダンジョンは維持できないはずさ」

「ダンジョンの主の核、ですか?」

「ふぅん? それは知らないんだねえ。ダンジョンの主の核ってのはまぁ、ダンジョンの主にだけある魔石みたいなもんさ」


 それはつまり、ダンジョンコアそのものという事か? グラは人型ダンジョンコアとの事だが、彼女のなかには魔石のような本当のコアが存在するという事なのだろうか?


「魔石とは違うんですか?」

「違うらしいねえ。まぁ、あちしにはその違いはわかんないんだけど、魔導術的にはまったくの別もんらしいよ。といっても、一般的には超上質の魔石くらいに思われているし、だからショーン君も知らなかったんだろうけどね」


 なるほど。だとすると、子ダンジョン計画は……あれ? ウチでならできるんじゃない? 僕、一応疑似ダンジョンコアだし。要検討だな。


「なるほど。では、子ダンジョンという可能性は、まず考えなくて良さそうですね。となると、やはり類似点が気になります。フォーンさん的にはどうです? 近くにある中規模ダンジョンと、構造、ヒカリゴケ、出現モンスターが、偶然生まれたての小規模ダンジョンと被る可能性というのは、どの程度だと思います?」

「むむぅ……。どの程度と問われると、答えに窮するなぁ。まぁ、ダンジョンの構造として洞窟タイプはそんなに珍しくないから、そこはあまり気にしなくてもいいとは思うよ」

「そうですか? 僕としては、ここまで一つもトラップがないというのも、バスガルとの類似点かと思ってたんですが、それは割と普通の事ですか?」


 バスガルのダンジョンは、モンスターを主力にしたダンジョンで、罠は少ししかないらしい。そして、ここまで一つも罠は発見されていない。僕は答えを知っているから、バスガルのダンジョンの通路はこんなものかと思ってたけど、これが普通とは限らない。

 その辺り、プロフェッショナルであるフォーンさんの見解を知りたいところだ。


「むぅん……? そういえば罠が全然ないねえ。たしかに、そろそろ一つ二つ見付かってもおかしくないくらいは進んでんだけど。まぁ、少ないとこは本当に少ないし、小規模ダンジョンだとモンスターにリソース突っ込むから、罠がない事はザラにあるね」

「なるほど。じゃあ、その点は無視して考えましょう。ここからの探索目標は、ここが本当に小規模ダンジョンなのかという点に加え、バスガルのダンジョンであるという仮説を否定できる要素を探しましょう」

「そうだね。じゃ、そろそろ休憩も切りあげて、お仕事再開しようかね」

「うっす!」


 そういえば、さっきから静かだったな、フェイヴ。まぁ、こいつは基本、面倒臭そうな話には首を突っ込みたがらないしね。



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