第47話 プロフェッショナルの仕事
ゴツゴツとした岩肌剥き出しの足場を、ゆっくりと進んでいくのは結構大変だった。進みが遅く感じるのは、フェイヴとフォーンさんの二人の探索が入念だからだ。改めて、この二人が上級冒険者という事に納得した。
なんというか、本当に周到なのだ。気になる事があると必ず足を止め、そこをとことん調べる。もう一人も、その間になにか見落としがあるのではないかと、あちこち調べる。
勿論なにもない場合もある。というか、ここまで足を止めて調べた限りは、特になにもなかった。だが、それで油断するというところがない。成果がない事こそが成果とばかりに、道中は驚く程に平穏だった。
だがそれもそこまで――……
「敵っす!」
「足音は二! 小から中一! 中から大一! 四足!」
「ものにもよるっすけど、今日は俺っちたち二人っすからね。師匠はショーンさんの護衛に専念しつつ、横槍に注意しといて欲しいっす! もしあったら、そっちは頼んますっす!」
下水道でネズミと遭遇したときと同じようなやり取りを終えて、フェイヴが前に出る。フォーンさんも、あのときのように茶化す事もなく僕の近くまで寄ってくると、いま一度地面に耳をつけ、背後を確認しと、周囲への警戒を怠らない。
程なくして、十二分に迎撃態勢を整えた僕らの元に、ドスドスという重い足音が聞こえてくる。僕が灯している明かりの範囲にはまだ入っていないが、手で庇を作って暗闇を睨んでいたフェイヴはなにかを確認したらしい。
「ケイヴリザードとモスイーター。確認できるのは二体だけっす!」
「こっちも、足音はいまんとこ二体だけさ。でも、注意を怠んじゃないよ?」
「了解っす!」
きっと、ほとんど足音のしないモンスターや空を飛ぶモンスター、もしかしたら姿を消すモンスターなんかも警戒しているのだろう。やがて明かりの届く範囲に、敵のモンスターが侵入してきた。
コモドオオトカゲみたいな黒くて巨大なトカゲと、それよりは小さいものの、普通の家猫くらいはある赤と緑という目立つ配色のトカゲだ。と――
「――ッし!」
敵が明かりの範囲に入った瞬間、フェイヴがなにかを投擲した。黒い方が「ギュオォ!?」みたいな悲鳴をあげて怯む。その鼻面には、下水道でフェイヴが使っていた登山用ピッケルのようなものが突き刺さっていた。
まず一体を牽制して、足並みを乱したという事だろう。おかげでフェイヴは、先行した赤緑のトカゲと一対一だ。
とはいえ、その赤緑トカゲとてどうやら雑魚というわけではなさそうだ。大黒トカゲには真似できないだろう機敏な動きで洞窟の壁に貼り付くと、軌道を上方に傾けつつも、こちらに接近してくる。
どうやらこの赤緑トカゲ、三次元的な動きを得意としているらしい。
「あの赤緑のヤツがケイヴリザードですか?」
「んにゃ、あっちがモスイーター。主食が苔だから、普通は緑一色なんだけど、ここだと混ざって赤緑なんだろうね」
あらら。洞窟に適応していると思ってあたりを付けたのだが、外してしまったようだ。そういえば、冒険者ギルドの情報に、バスガルのダンジョンでは苔の影響で、赤色の混じるモスイーターが出現するって情報が入ってたっけ。そのときはモスイーターがなにかわからず、その情報は老婦人の方に確認してもらったんだったっけ。事態が起こる前の事だったからというのもあるが、勿体ない事をした。
という事は、あのコモドオオトカゲモドキがケイヴリザードなのだろう。既存のモンスターに詳しくないのは、ちょっといただけないな。とはいえ、グラだって口頭だけでモンスターの種類を教育するのは限界があるだろう。
いずれ、なにか方法がないか模索しよう。いまは眼前の戦闘だ。
洞窟の天井付近にまで近付いていたモスイーターに対し、フェイヴはまたもなにかを投擲する。それはモスイーターの眼前の壁にぶつかると、パンと小さな音を立てて破裂した。かんしゃく玉のようなものだろう。
驚いたモスイーターは、岩壁からその足を離してしまったようで、ひらりと地面に落ちる。落ちつつも体勢を立て直し、着地の姿勢になるところは流石モンスターといったところだが、その隙をフェイヴが見逃すはずもない。
落下中のモスイーターに近付いた彼は、腰から抜き放った短剣を閃かせ、モスイーターの首筋に一太刀浴びせる。
どうやら即死は免れたようだが、十分に致命傷といっていい深手のようだ。大量の血を流しながら着地したモスイーターを一旦放置したフェイヴは、鼻先のピッケルを外したケイヴリザードへと向かう。
こちらは命に関わるような怪我ではないようだが、その分怒り心頭だ。「ギシャア!」みたいな雄叫びをあげ、大口を開けてフェイヴを威嚇する。
あー……、これは僕にも悪手だとわかる。
動物的本能で、牙の生え揃った口を開かれると、たしかにビビる。だが同時にそこは、生物における有数の弱点でもあるのだ。相手がただの動物であれば、たしかにその威嚇には一定の効果が見込めただろう。あるいはそれが人間であろうと、フェイヴでなければ、怯ませる事はできたかも知れない。
だが残念ながら、ここはダンジョンで、相手はプロフェッショナルだったのだ。
フェイヴは即座に
その手に握られているのは、もう一つのピッケル。振り下ろしの動作に込められたエネルギーを一点に集中させたその攻撃は、いかに頑強な爬虫類系モンスターの角鱗とてひとたまりもない。目と目の間を穿たれたケイヴリザード君は、哀れ失態しか演じずにその命を終わらせた。
霧消する巨体を確認したフェイヴは、モスイーターの元へと戻る。なんとか自分に有利な態勢を取り戻そうと壁をよじ登っていたモスイーターだったが、その動きはどう見ても精彩を欠いていた。出血が多く、弱っているのだろう。
それでも、フェイヴがケイヴリザードと対峙している間に、再び天井付近にまで到達していたモスイーター。手の届かないような位置にいる、クリスマスカラーのトカゲに対し、フェイヴはどうするのか……。
おもむろに壁にピッケルをひっかけたフェイヴは、それを手掛かり足掛かりにし、壁を駆け上がる。安全圏に逃げたと思い一安心していただろうモスイーターに対し、駆け上がった勢いを乗せた一突きを放つ。背中からモスイーターを串刺しにした短剣を携えて、フェイヴはふわりと降り立つ。
あんな、半分恐竜なんじゃないかと言いたくなるような大トカゲと、見るからに厄介そうな立体軌道トカゲを、危なげなく退治してしまった。なんというか、素直にこう言うのは非常に癪だが、実に格好いい。
「ふん、まぁまぁだね」
フォーンさんも憎まれ口を――なんか、この人もピッケルを肩に担いでんだけど……。そしてその先に、鳩くらいはありそうな蝙蝠が突き刺さってるんだけど……。
どうやら秘かに忍び寄ってきていたのを、こちらも秘かに倒してしまったらしい。あ、霧消して魔石が落ちた。
結論。この二人、もうホント、ウチのダンジョンに来ないで……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます