第46話 ドキドキ冒険者体験
バスガルのダンジョンは、なんというか、ある種幻想的な光景が広がっていた。ゴツゴツとした岩肌むき出しの通路ではあるのだが、そこに生える苔のようなものが光っていて、明かりは十分に確保されている。これだけいうと、ヒカリゴケのようなものだと誤解されるだろうが、なんとその光、赤いのだ。
おかげで、ファンタジーはファンタジーでも、ダークファンタジー的な雰囲気が漂っている。もっといえば、わかりやすく地獄とか魔界っぽい。
実におどろおどろしい……。
「これは……、なんというか、非常に不気味な光景ですね……」
「たしかに。あんまり、小規模ダンジョンっぽくないっすね」
僕が呟くように言った言葉に、フェイヴが入り口付近を確認しつつ相槌を打った。僕はそれに、さらに質問を重ねる。
「そうなんですか?」
「小規模ダンジョンってのは、もっと普通の洞窟っぽいものが多いっすね。こうやって、明かりを用意しているダンジョンってのは、結構珍しいっす」
「一概には言えないだろ、バカ弟子。小規模ダンジョンでも、明かりがある場合もある。こういう洞窟タイプのダンジョンだと、明かりがある事で、逆に影からの奇襲が増える印象があるね」
「なるほど。明暗の差を利用するんですね?」
「その通り。それを意識してやってんのか、たまたまなのかまではわかんないけどね。見えないと見ようとして注意を払うんだけど、なまじ見えてるだけに油断しちゃうんだろうね」
ふぅむ、本当に勉強になる。明暗の差を利用したアンブッシュか。なるほど……。その発想は、僕にはなかったな。
「明かりがあると、暗視能力のあるモンスター以外も、戦いやすいみたいっすしね。小規模ダンジョンとかだと、たまに暗闇に適応できないモンスターが、右往左往している事って結構あるっすよ? まぁ、そういうヤツは明かりに群がってくるんで、逆に注意が必要っすけど」
という事は、フェイヴはそういうモンスターを、明かりなしで確認したという事か。
「へぇ、人間以上に暗闇に適応できないモンスターとか、いるんですね」
なんとなく、モンスターは暗闇に適応できるものだと思ってたが、どうやら違うらしい。いやまぁ、暗視能力を持たせてモンスターを作ればいい話なのだろうが、たぶんそうなると製造維持の為のDPが増える気がする。
本来持っていない能力を持たせてモンスターを作るのは、いってしまえば『なんでもできるモンスター』を作るようなものだ。戦闘能力に割くはずのリソースを、別のところに割り振ってしまうので、実に非効率的だ。
「いるっすよ。トリ系とか、あとはサル系も暗闇に適応できない種類が多いっすね。まぁ、どちらにも例外はいるっすけど。あと、暗闇に適応できるモンスターは、視力以外が優れているイメージがあるっす」
ふむ。なるほど、鳥目と類人猿か。たしかに、暗闇にはあまり馴染まなそうだ。暗闇を利用したトラップには、この二種は使えないな。
「サル系は、なんだかんだ道具を使う程度の知能があったりして、自分で明かりを用意するヤツもいるけどね。トリ系はトリ系で、明かりがあって天井が高い場所とかだと、攻撃手段が限られて面倒臭い……。ものによっちゃ、そんな遠距離から正確無比な【魔法】とか使ってくるんだからタチが悪いよ」
フェイヴの説明を補足してくれるフォーンさんは、床に耳をつけた姿勢だった。たぶん、振動や音なんかの情報を得ようとしているんだろうけど、シュールな光景だ。
「まぁ、ここは一応、僕が明かりを点けますよ。いいですか?」
言われていた通り、僕は事前に二人の了解をとる。
赤ヒカリゴケのおかげで、そこそこは視界が確保されているものの、やっぱり薄暗い。というか、赤い照明というのがもう、どこか仄暗いんだよ。
やっぱり照明は必要だろう。
「そうかい? 明かり持ちは狙われやすいから、注意は怠っちゃダメだよ?」
「はい」
フォーンさんの忠告に頷きつつ、僕は腰のベルトに差していた短杖を掲げ、キーワードを唱える。
「照らせ」
短杖に魔力を引き出される感覚があり、すぐに杖の先に白い光の玉が浮かぶ。属性術の【照明】だ。以前フェイヴがウチのダンジョンで使った【灯台】の下位互換みたいな【魔術】だが、あんな魔力消費の多いものを、常時使うわけにもいかない。
「属性術の刻まれた短杖か。別に珍しくはないけど、安いもんでもないだろうに……」
ランタンよりも多少明るい程度の照明を得る為に、わざわざマジックアイテムを使うという事に、フォーンさんはちょっと呆れ気味だ。まぁこれも、今日グラに渡されたものだから、元手は杖の木材代くらいなんだけどね。
マジックアイテム——装具は、【魔術】を使うときに理を刻む必要がないのがいい。僕みたいなど素人は、やっぱり【魔術】を構築する際の理を刻む作業が遅いから。
僕は白い光の玉を頭の上に浮かべると、短杖をしまう。杖を掲げ続ける必要がないというのもいいね。まぁ、一定時間ごとに消えるから、そのたびに点けなおさないといけないんだけど。
「そうだ。緊急時とか声を発するのが憚られるときは、あちしが【囁き】を使うけど、慣れてないと驚いて声をあげちゃうかも知れないから、一回確認しとく?」
「え?」
「結構いるんだよ。急に耳元で囁かれたのに驚いて声をあげちゃって、敵に見つかっちゃうってパターン……」
「ああ、多いっすね……。なんだって、声出しちゃダメってタイミングで、みんな声出すんすかね?」
「いや、それはそんな状況だからなんじゃ……」
なんでもない日常生活で「わっ」と脅かされるのと、ホラー映画を見ている最中にやられるのとでは、驚く度合いは違うだろう。
そんな事を考えている間に、僕とは違い手の平の上で魔力に理を刻んだフォーンさんが、属性術の【囁き】を発動させた。
「そんじゃいくよ? 【
「うおっ!?」
なんというか、本当に耳元で囁かれた感じで、事前に心の準備ができていたというのに、驚いてしまった。いや、これは声出すよ。声出しちゃダメな場面であればある程。あと、なんかすごく耳がくすぐったい感じがする。これも声が出る原因なんじゃないかなあ。
「便利なんだけど、なぜか必要になるまでは使わせてくれないんだよねえ」
「離れた場所から、周囲にそれと知られずに意思疎通ができるって、すごい便利なんすけどねえ」
この師弟は、たぶん慣れていてわからないのだろうが、これをあまり使われたくない、彼らのパーティメンバーの気持ちはわかる。
こうして体験してみるまで、僕はてっきり【囁き】っていうのは、トランシーバーとか携帯電話みたいなものだと思ってたけど、全然違う。これ、動画サイトとかに落ちてるASMRみたいな、脳がゾワゾワする系のヤツだ。それを超いいヘッドフォンで、不意打ちで聞かされる感じ。
僕としても、あんまりやんないで欲しい。フォーンさん、外見と声だけは美少女だから、耳元で囁かれるとこっちとしてもいろいろ困る。
「もしこれが必要な状況になったら、フェイヴさんにお願いしてもいいですか……?」
「ああ、それも言われるっすね。不思議なのは、師匠はダメとか、俺っちはダメとか、人によって違うって事っすね。どうしてなんすか?」
「……それって、異性同士でやるのがダメってパターンが多いんじゃないですか?」
「そういえばそうっすね。まぁ、違う人もいるっすけど。どういう意図があるんすか?」
「いえ、特に意味とかないです」
「ショーン君には、原因がわかるのかい? あちしとしても、探索の妨げになりそうだし、改善点があるなら教えてもらいたいんだけど?」
「いえ、わかりません」
そういう事にしておこう。こうして僕は、顔も知らぬ彼らのパーティメンバーの名誉を、人知れず守ったのであった。
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