第45話 ダンジョンへの侵入

 下水道は、以前来たときとそう変わらない風景が広がっていた。【大樽廻】のおかげで臭気を遮断している僕と違い、フェイヴとフォーンさんは非常に嫌そうに顔をしかめている。


「結界術で臭気を遮断したりとかはしないんですか?」

「うん? ああ、ショーン君はそうやってこの匂いを防いでんのかい。羨ましいねえ。ま、あちしら斥候にとっちゃ、匂いもまた重要な情報さ。遮断しちまうと、いろいろと不都合があんのよ。勿論、毒になるようなガスが溜まってたら話は別だけどね」


 なるほど。僕のようななんちゃって冒険者とは違う、プロフェッショナルの話は為になるなぁ。いずれ、そんなプロフェッショナルを相手にする際には、存分に参考にさせてもらおう。


「敵っす!」

「足音は三! 小一、中二! おそらくネズミさ!」

「師匠は周囲の警戒をお願いするっす。モンスターの対処は俺っちが!」


 フェイヴが鋭い声を発すると、すぐさまフォーンさんが自分の有している情報を提示する。すると、即座にフェイヴは以後の行動を決定して、齟齬のないように意識を共有した。実にスムーズな連携だ。

 やがて、フェイヴの警告通り下水道の通路から現れたのは、大ネズミと脚長ネズミ、それとあれはなんだろう? 自走するモップ?


「大ネズミ、脚長ネズミ、長毛ネズミっす!」

「おーし、その三体だけならフェイヴに任せてりゃ大丈夫だね」

「暇なら手伝ってくれてもいいんすけど?」

「ネズミに負けそうになったら泣き付きな」


 キヒヒと笑いつつ、フェイヴの戦いぶりを眺めるフォーンさん。流石にネズミに敵わないとは言えないのだろう、フェイヴは肩をすくめて腰に下げていた獲物を手にする。僕は僕で、初めて見るモンスターの観察を続けていた。

 なるほど、あの自走モップが長毛ネズミだったのか。長毛ネズミは、ネズミ系のモンスターのくせに下水道という環境にはあまり適応できていない種で、この下水道で見かける機会は少ない。どちらかといえば、壁の外の草原でよく見かけるらしい。

 なので、僕も作らなかった。あの長毛ネズミも、まず間違いなく外から入ってきたモンスターだろう。まぁ、バスガル側から排出されたモンスターという可能性もあるが……。

 つらつらとそんな事を考えている内に、あっさりと三体のネズミを倒したフェイヴが、獲物である登山用のピッケルみたいなものを腰に戻しつつ、魔石しか残さなかった二体とは違い、死体を残した自走モップを解体にかかる。

 つまり、この二体は昨日僕が作ったモンスターだったわけだ。この野郎……。


「間違いなく、ダンジョン化してるようだね」


 魔石しか残さなかったモンスターを見て、フォーンさんがなにかを考え込む。フェイヴは腰のポーチに魔石を納めると、残った長毛ネズミの死骸は下水に投げ捨てた。あとでダンジョンに吸収されるだろうが、そんな事情は二人には関係ないし、それを防ぐ手立てもないのだろう。


「しかし、以前からいたモンスターも普通に共生している? ねえ、ショーン君。ダンジョン内で、ダンジョン由来でないモンスターを倒した場合、ダンジョンの糧になると思う? それとも、糧になるのは人間だけ?」

「えっと……」


 なるほど、プロは流石に細かい点に気付くものだ。僕はその疑問に、明確な答えを返せる。答えはダンジョン外のモンスターも糧になる、だ。だが、その根拠を提示できないし、そう答えるつもりもない。


「流石に、そんな例は記録がないかと……。実験をした人も、いないのではないでしょうか……?」

「まぁ、そうだよねぇ。今度、小規模ダンジョンの討伐を計画しているところで実験してみようかなぁ……」

「結果は是非とも教えてください。僕も気になりますから」

「うん、いいよー」


 まぁ、結果は聞くまでもないんだけど、建前上はね……。


 道中特に問題も起きず、程なくしてバスガルのダンジョンへと続く扉の元に到着した。一本道なので迷いようはないのだが、いまの下水道は人が多くて難儀した。この先のダンジョンにも、それなりに人が詰めかけているのだろう。

 人ごみって嫌いなんだよねえ……。まぁでも、彼らがダンジョンを探索する事で、こっちにもメリットがあるので我慢しよう。


「そんじゃ、行くっすよ? こっからは、本気の探索っす。ショーンさんは基本的に俺っちたちの指示以外では、なにもしないで欲しいっす」

「了解。なにかをするときは、必ずフェイヴさんかフォーンさんの指示を仰ぐようにしますよ」

「いやぁ、ショーン君の護衛は楽でいいねえ。貴族のボンボンとか、どこそこのお偉いさんを、ダンジョンの奥に護衛して連れてくときなんて、道中はブーブー文句を垂れ、ついでにモンスターにビビって別のもんも垂れ流し、果ては勝手な事をして罠を作動させて怪我をするのもザラ。ホント、金にはなるけど嫌になる仕事さ」


 心底うんざりとした声音で、フォーンさんが愚痴をこぼす。


「なんでまた、そんな身分の方がダンジョンの奥に行きたいだなんて依頼するんです?」

「ダンジョンは人類にとっての脅威だからねえ。足を踏み入れたってだけでも箔が付くし、なんならダンジョンの主を討伐するパーティに参加してたってんなら、出世のいいネタにもなる。まぁ、相応に危険もあるんだけどねえ。出世したい連中からしたら、そんな些細な事情に構ってられないんだろうさ。そして、そんな連中から見たら、あちしらみたいなパーティは、おあつらえ向きな相手なんだろうさ。まったく……」

「ああ……」


 要は、お手軽な武勲というわけだ。真面目にダンジョンを攻略しようとしているフォーンさんたちからすれば噴飯ものだろうが、ダンジョン側からするとそういう一知半解な行動は、むしろ付け入る隙に思えて好ましいね。無論、あくまでも敵方の行動としては、という注釈は付くが。


「行くっすよ?」


 フェイヴが慎重に、鉄扉を開いていく。扉の隙間から、赤い光が漏れてくる。



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