第49話 タイムリミット

 探索を再開した僕らは、相変わらずゆっくりと進んでいた。何度かモンスターの襲撃をうけたものの、フェイヴとフォーンさんが危なげなく処理していたので、僕は一切身の危険を感じずに、他所のダンジョンを興味深く観察していた。

 壁の赤ヒカリゴケを採取してみたり、出現するモンスターの特徴などを記録していた。ただ、モスイーターのような特性を有するモンスターはそうそうおらず、それだけではここがバスガルであるという証拠にはならないようだ。


「各光トカゲに、モスイーター、ケイヴリザード、ロックカミーリャン、バーグラーサーペント、鼻トカゲ、トサカトカゲ、鼻ムチヘビ、フェイクドレイク、アッシュバット、コヒーレンスバット、スリープゲッコー……。ふぅむ、やはり出現するモンスターは、かなりの部分でバスガルのものと被っているようですね」


 各光トカゲというのは、ブリンク、グリッター、スパークル、シマー、を冠すリザードの事だ。必要がなければ、個別に言及する意義を見出せないモンスターで、ぶっちゃけ、いまの僕でも割と余裕で倒せる程度だと思う。

 なにしろ光源として使えるほど明るくもないくせに、暗闇だと異様に目立つというディスアドバンテージを背負わされていたのだ。グリッターリザードなんて、自らは光を発さないくせに、鱗がギラギラ光るせいで、照明が届かない範囲からも目視可能だった。いや、それは他の光トカゲも同じか。

 サイズも、光トカゲシリーズは、モスイーターよりも一回り二回り小さかったし、だからといって素早いわけでもなく、他になにかできるわけでもない。

 たぶん、ゲームとかだとスライムとかゴブリンとかのポジションなのだろう。


「そだねー。でもまぁ、爬虫類系で洞窟タイプのダンジョンだと、まぁこんなもんじゃないって感じの面子でもあるよねー」

「そっすね。ここにサンドヴァイパーとかマッドアイとかがいたなら、そりゃあバスガルとの差別化はできるっすけど、その分違和感も強いっす。普通、洞窟タイプにそんなモンスターはおかないっすから」


 それはたしかにそうだ。あえて、バスガルっぽさを払拭する為に配置したと勘ぐってしまう程には違和感が残る。単純にモンスターの種類が同じだから、という理由では、ここがバスガルと同定するのは難しいようだ。

 ちなみにマッドアイというのは、軟泥に潜むワニらしく、湿地に生息しているようだ。泥の上に二つ目をだしてスーっと動くところから、マッドアイと呼ばれているらしい。

 会話をしつつも探索に手を抜いていなかったフェイヴが、なにかに気付いて声をあげる。


「階段っす。ここから次の階層に進むみたいっすね」

「ショーン君、先に進むかい?」


 一応依頼主なので、フォーンさんがさらに先に進むのか、確認をしてきた。

 僕としては、別の階層があった事に驚いていた。バスガルからまっすぐこちらに向かって伸びているものと思っていた。ただまぁ、バスガルの行動方針としては、最初は小規模ダンジョンを装うという話だったので、一層二層くらいは作ってもおかしくはない。

 ここで帰っても、冒険者ギルドの連中はここがバスガルだと確信はしないだろう。そうなれば、対応は現状維持で後手後手に回りかねない。下手すると、中級冒険者がごっそりとバスガルのDPになり、敵が増強されてしまう懸念もあるだろう。

 なんとしても、ギルドにここがバスガルであると確信させるだけの情報を持ち帰りたい。


「進みましょう」


 それしかない。

 僕らは慎重に、階段を下りていく。


 さらに数時間。襲ってくるモンスターの種類に多少の変化はあったものの、洞窟内の光景も、罠が少ないのもそれまで通り、こういってはなんだが、実に平穏な道程だった。


「二層に降りたら、格段に光トカゲの出現度が減りましたね。その分増えたのが、ディジネススネークとロックスケイルヴァイパーとダブルヘッダーですか。これもたしか、バスガルにいたと思います。曖昧な記憶で申し訳ないですが……」


 ダブルヘッダーは、ケイヴリザードと同じくらい大きな、双頭のトカゲだ。爬虫類系のモンスターは、戦闘能力があがるにつれ、頭が増える場合がそれなりにあるらしい。きっと、ヒュドラとか八岐大蛇的なボスがいるに違いない。


「なにか一種でも、バスガルと違えば、結構有力な反証になるとは思うんですけど……」

「いやいや、それだけじゃ反証にはなんないでしょ。むしろ、ここまで種類が一致しているのに、一種だけをピックアップするのは、逆に牽強付会ってもんだよ」

「そうっすね。逆にいえば、そうとう特殊なモンスターが被りでもしない限り、モンスターの種類でダンジョンを特定するってのは、無理ってもんっすよ」


 ふむ、なるほど。まぁ、モスイーターの特徴すら決め手にならないというのなら、たしかにそうかも知れない。

 しかし、だとするとどうしようかなぁ。当初の予定では、ダンジョンを探索しているうちに、そこがバスガル方面に延びているという情報をフェイヴとフォーンさんに確認してもらい、そっちの方でダンジョンを探知する為のマジックアイテムを使わせたかった。バスガルから一直線にこのアルタンの町までダンジョンが延伸してきたのなら、バスガルのダンジョンとこの町との間で、確実に探知できるはずだからだ。

 だが、階層が分かれているとなると、それを確認するだけで、結構な労力が必要になる。

 問題は、おそらくその探索に、僕が付いていけないだろうというところなのだ。グラに作ってもらった新装備と、プロの入念な仕事のおかげで、僕は騙し騙しこの探索に付いていけているのだが、そもそもこの依代の運動能力はかなり低い。装備によって人並み以上の能力は維持しているものの、その為に刻一刻と生命力を消費している。

 普通の人間よりも生命力では無理ができるとはいえ、減れば減る程つらいのは変わらない。たぶん、五割を割り込んだ段階で、集中力は苦痛に負けるだろう。

 タイムリミットは、まったく戦闘に参加せず、きちんと休息を取る前提で、三日といったところか。これもだいぶん希望的観測が入り混じった試算だが、中規模ダンジョンの探索期間としては短すぎるといえるだろう。


 さて、どうするか……。



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