第50話 初めての野宿

 二層をある程度進んだ段階で、時間的に、今日はここで休息をとる事になった。夜番は、僕を除いた二人がやるらしい。

 僕が依頼主だから丁寧に扱っているというよりは、僕なんかに任せる気にはならないといった感じだったので、微妙に嬉しくはない。とはいえ、たしかに僕が彼らと同等の警戒能力を発揮するのは不可能だ。役立たず扱いは、甘んじて受けよう。その方が、生命力も回復できるし。


「どうだった、初めてのダンジョン探索は?」


 携行食料という名の、焼き固めたパンと干し肉を齧りながら、フォーンさんが問うてきた。僕も、唾液でパンをふやかしつつ、その質問に答える。ちょっと行儀が悪いのには目を瞑って欲しい。そうじゃないと、いつまでも食事にありつけないのだ。


「非常に興味深かったですね。やはり、文字の情報だけを追ってたんじゃ、わからない事って多いですから」

「そうだろうねえ。とはいえ、ダンジョンってのは一つ一つに個性があるから、一概にこう、って決めつけるのは禁物だよ。その先入観が、命取りになる事もある。気を付けなさいな」

「はい、それもまた十分に身に沁みました」


 ここがバスガルのダンジョンだと信じるに足る情報を得られなかった最大の理由が、ダンジョンの独立性だ。ダンジョンの特徴が一致しようと違おうと、それこそがこのダンジョンの個性なんだといわれてしまえば、納得せざるを得ないところがある。モンスターの種類や洞窟の形状が同じであろうと、ここはそういうものと思われてしまえば、それまでなのだ。


「ダンジョンが、独自の方法で情報共有をしているせいで、モンスターが似たり寄ったりなのが面倒ですよね」

「そうっすね。とはいえ、いくらダンジョンだろうと、バンバンオリジナルのモンスターを作れるわけじゃないんだと思うっすよ。腕が十本、足が七本、頭が三個の怪物とか作られたら、たしかに倒すのは面倒そうっすけど、もしかしたら戦うまでもなく足が絡まって転んだり、頭同士でケンカしたり、そもそも命を維持できずに勝手に死んじゃうかもっす」


 まぁ、たしかにそういうモンスターを作ったら、たぶん上手く動かないし、生物として生きていけないだろう。とはいえ、命を維持できずに云々は間違いだ。その場合、そういうモンスターは、ただのアンデッドになる。肉体が生命活動をしない、一代限りの生物として生まれ、倒されるまでは生きて、倒されれば滅びるだけだ。

 まぁ、それをこの人たちの前で言うわけにもいかないので、軽く「そうですね」とだけ答えておいた。


「お二人が出会った、これまでで一番厄介だったモンスターって、どんなものでした?」


 話題を変えつつ、有用な情報を入手しようと、僕は訊ねた。フェイヴとフォーンさんは、お互いに宙を眺めて考え込む。最初に答えたのはフェイヴだった。


「俺っちはアレっす。パニコスアクリダ! この辺りだと、コンフュージョングラスホッパーって呼んだ方が一般的かもっすね。一体一体は強くないんすけど、大抵は群れてて、おまけに【混乱】を使ってくるんすよ。ずっと生命力の理を使い続けられるわけでもないってのに、ホントに次から次へとバッタがワラワラ、ワラワラ……。一度そればっかでてくる層を探索して、酷い目を見たっす……」


 それは、たしかに厄介そうだ。【混乱】の幻術は、ゲームとかにあるように、味方を攻撃する事もあるような、実に厄介なものだ。そのくせ、それ程難しい術でもない。僕だって使えるくらいだ。とはいえ、モンスターに使っても、混乱したそれがどっちに動くのかわからず、不確定要素が増えるばかりであまりメリットがない。

 チームを組んで組織的に動いている、対人間用みたいなところがある幻術なのだ。


「パニコスアクリダかぁ……。たしかにアレも厄介だねえ。あちしとしては、あれだね。ペッシムスアピステッレストリス。こっちでは、なんていうんだろうね。まぁ、小さい蜂のモンスターさ」


 苦り切ったとでも評すような、外見に似合わぬ顔で、吐き捨てるようにそのモンスターの名を告げたフォーンさん。その神妙な調子に、ついつい僕の声音も低くなる。


「小さいんですか?」

「そう。個体としては、あちしのこぶし大だったね」

「それは小さい」


 十代前半に見えるフォーンさんの手は、相応に小さい。きっと細かい作業にはそっちの方が向いているのだろうが、モンスターの大きさとしては、下水道に出現する小型のネズミ系モンスターよりも小さいのではないだろうか。


「そう。ただ、それもパニコスアクリダと同じく、群れで生息しているヤツでね。そこがもう、本当に厄介なんだよ。まず、毒が強力な事」

「それは非常に危険ですね」

「っすね」


 どうやらフェイヴも、このペッシムアピステッレストリスというモンスターに出会った事はないらしく、興味深そうにフォーンさんの言葉を聞いていた。


「毒だけじゃなくね、普通に噛み付かれると、あちしの細腕なんかは捥ぎ取られるくらいには攻撃力もある。体そのものが小さいくせに、宙を飛んでて的が絞りづらい。おまけに、虫系モンスター全般に有効な、熱変動にも耐えるし、物理攻撃にもそこそこ耐える。とはいえ、毒も、強力な顎も、空を飛ぶ事も、別に他のモンスターと比べて特別厄介ってワケじゃない。こいつが本当に最悪なのは小さくて、そこそこ硬くて、なにより数が多いって点だ。この三点が合わさった群れってのが、本当に厄介なのさ。そいつが肉食だったりすると、さらに輪をかけて最悪さ。まぁ、あちしが……――」


 そこで一度、フォーンさんは言葉を切って、顰めた顔を洞窟の奥へと向けた。たぶん、僕たちから顔を背けたのだろう。


「――まぁ……、あちしが一番堪えたのは、戦闘不能になったヤツに群がって、戦闘中にも関わらず、その強力な顎で解体して持ってくところだね。小さいから、一度に齧り取る部位も小さいんだろう。いつまでもいつまでも、悲鳴が聞こえ続けるんだ。だけどこっちだって、そいつの二の舞を踏むのはごめんだから、無視するしかない。そのうち悲鳴も弱っていって、ペッシムアピステッレストリスの羽音の方が大きくなるんだ。それで、あちしは思い知るわけだ。ああ、あいつはもう、そこにんだってね……」


 壮絶な経験を語るフォーンさんに、僕もフェイヴも二の句を継げない。無言を訝しんだフォーンさんが振り返り、絶句している僕らを見て、大人びた苦笑を湛える。


「ま、そう判断したあちしらは、戦闘不能のヤツを残してその場を撤退、後日、国の魔術師部隊を動員して、ペッシムアピステッレストリスを、そいつが住んでた森ごと焼き払いましたとさ。とっぴんぱらりのぷぅ」


 必要以上におどけてみせるフォーンさんに、僕は苦笑する。フェイヴも肩をすくめて、ため息を吐いていた。そうする事で、この場の空気をリセットしようとしたのだ。

 やはり、年齢相応の経験を積んでいる人の昔話は、身に積まされるものがあるなぁ。実に勉強になる。


 あ、睨まれた。なにも考えてないっすよ?



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