第51話 人類の英雄にしてダンジョンの大敵
「話を聞く限り、お二人とも強いモンスター単体よりも、弱いモンスターの群れの方が厄介だと思っているんですね?」
二人があげた例は、どちらも虫系モンスターであり、群れを作るという特徴が同じだ。僕もセイブンさんに教えてもらったが、虫系モンスターの厄介な点は、群れを作るところだ。二人がそろって虫系のモンスターに苦手意識を抱いているのも、根底には『群れ』というものの厄介さに起因しているところがあるだろう。
フェイヴは、そこにさらに一要素が加わったパニコスアクリダを、フォーンさんは、より群体を形成する能力の高いペッシムアピステッレストリスを厄介だと言った。そしてどちらも、一体一体の強さは大した事がないとも述べていた。
二人は、弱いモンスターの群れを、強いモンスター一体よりも危険視しているという事になる。
「まぁー……、そうっすね……。強い敵単体よりも、弱い敵の群れの方が厄介だと思ってるのはたしかっす」
「あちしらは斥候だから、強いモンスターの矢面に立って戦う状況があんましないおかげで、そう言えるのかも知んないけどね。実際、弱い敵の群れが厄介なのって、パーティの近接戦闘能力が高くないところから、削られてくってトコだと思うし」
なるほど。群れっていうのは、面制圧的な攻撃をされる。いってしまえばそれは、押し寄せる波とか、荒れ狂う暴風のようなもので、一人一人に対する圧力は分散するものの、全員にまんべんなく圧力が加わるという戦いを強いられる。前衛後衛で役割が分かれている冒険者パーティにとっては、特にその後衛にとっては、厄介な相手なのだろう。逆に、前衛にとっては弱いモンスターの群れよりも、強いモンスター単体の方が厄介に思えるのかも知れない。
斥候は後衛というよりは、遊撃要員だろうし、フェイヴやフォーンさんは近接戦闘能力も高そうだ。だが、防具や戦い方を見る限り、防御力よりも身軽さを重視した戦闘が主眼のようだし、やはり範囲攻撃のような群れへの対処は大変なのだろう。
「でも師匠、そういえばペッシムアピステッレストリスって、対処法確立してたっすよね? たしか、有効な毒があるから、それを散布すれば容易く対処できるんじゃなかったっすか? どうしてその毒を持ってかなかったんすか? 人間が吸い過ぎると手足が麻痺する事もある毒っすけど、ペッシムアピステッレストリスはまとめて動けなくなるって……っていうかコレ、師匠に教わった事っすよ? まさか、たまたま忘れたとかじゃないっすよね? 俺っちには、常に持っとけって耳にタコができるくらい言ってたのに!」
そうだったの? なんかちょっと拍子抜け。弱点が見付かってたのか。しかも、群れごと対処できるような、画期的な対処法まであるのか。これじゃあ、僕らのダンジョンで使うわけにはいかないな。
「はぁ……。こんの、バカ弟子が……」
心底呆れたと言わんばかりの口調で、半眼のフォーンさんがフェイヴを睨め付ける。グラの教師スタイルよりも、背筋に寒気の走る視線だ。
「その対処法を確立したのが、誰だと思ってんだい?」
「え!? もしかして……」
フェイヴではなく、僕の方が驚いて問い返した。だってその口調じゃ、ペッシムアピステッレストリスへの対処法を発見したのは――
「そう。あちしがあいつらの弱点を見付けたのさ。やられっぱなしはムカつくんでね、一回敗北したあと別の場所でヤツらを見付けて、ちょっかいかけて逃げるを繰り返しながら、なにが有効なのかを調べてった。バフモアの生木を燃した煙も結構効いたけど、屋外だとどうしてもすぐに煙が拡散しちゃうからね。やっぱりテルチャーの痺れ毒を散布するのが、一番即効性があって有効だったよ。ワンリーのヤツと組む前の話だし、ペッシムアピステッレストリスとの戦闘で、それまでのパーティは解散状態だったからできた無茶だけどね」
ワンリーというのは、たしか【
やっぱり、この人にはウチのダンジョンにきて欲しくないな……。こういう人が相手だと、一回二回追い払ったって意味がない。何度も何度も探索し、攻略法を確立し、いずれはダンジョンの最奥にまで到達して、
僕には、ペッシムアピステッレストリスなんかよりも、このフォーンさんの方がよっぽど恐ろしい。有効な対処法が思い付かないのだから……。
罠は、執拗で念入りな探索によって、まず確実に発見される。例え彼女の苦手なモンスターを配し、最初は撃退できたとしても、いずれ攻略法を編み出すだろう。慎重に慎重を期す探索と、モンスターに対する執拗ともいえる警戒心と戦闘能力、おまけに聞くだに恐ろし気なモンスターとの敗北にもめげぬ克己心と執着心。
嫌になる程にガチガチの堅実さで、徹底して弱点を潰している。こういうところが、人間の強さであり、怖さだろうと、元人間としては思うのだ。
このフォーンさんという人は、超人的な能力を有しているわけではない。だが、人間にできる事を十全に行うという意味で、それができるという意味で、十二分に超人的な冒険者なのだ。
単に戦闘能力が高いだけの人の方が、僕としては与しやすいと思ってしまう。
「うん? どうしたんだい、ショーン君?」
僕が戦慄しているのを察したらしいフォーンさんが、こちらを覗き込んでくる。
「いえ、対処法が確立できるまでのご苦労を思うと、言葉がないなと……。命の危険も大きかったでしょうに、成し遂げられたそれは、間違いなく人類の為になる偉業でしょう。心から尊敬しますよ」
僕はある意味、本心からそう言った。そう、きっと人類の立場に立てば、この人の事を心の底から尊敬できたのだろう。いまはただ、恐怖しか覚えないが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます