第57話 聖なる威力、比類なき智慧
「フェイヴ、あんた属性術なんて使えたんだな」
「属性術を修めた本職には及ばないっす。冒険者業に使える術だけを、ピンポイントで習得しただけで、属性術師が得意としている、臨機応変な【魔術】の運用はできないっすよ?」
しかも俺っちの本職は、斥候であって魔術師じゃない。生命力から魔力を生成する効率はそこまで高くないし、キャパシティも大きくない。だから、この【灯台】の【魔術】だって、あと数回も使えば、魔力の枯渇で朦朧とし始める。
それでも魔力消費の多い【灯台】を使ったのは、この部屋に【暗転】が使われていたからだ。なまじな光属性では、たぶん相殺されてしまう。
「それでもすげえよ。でなきゃ、俺たちもああなってたかも知れなえからな」
「……そうっすね」
イニグが見つめる先、部屋の一角では血溜まりに沈んでいる骸があった。先の奈落に消えた、迂闊な男と一緒に先行していた、もう一人の男だろう。この部屋の暗闇にあてられ、錯乱の末に、味方同士で殺し合ったのか……。惨いな……。
「なんにせよ、これで先行者がいなくなってしまったっす。つまり、ここから先は安全が保証されていないって事っす」
「ヘッ、最初から安全なんか保証されてねーっつの! こちとら命知らずの荒くれだぜ? いまさら引き返すわけにゃあいかねえだろうがよ!」
さっきまで暗闇で錯乱しかけていたとは思えないフバの切り替えの早さに、ある意味感心する。イニグを見れば、なにやら物言いたげにしていた。
「イニグ、なんか懸念があるっすか?」
「ああ……。俺は、先の吊り橋で生命力を消費しちまっている。まだ余裕はあるだろうが、帰りもあの吊り橋を渡る事を考えると、そろそろ一度休憩をとっておきたいんだが……」
「とはいっても、俺っちの【灯台】だって、長時間灯ってるわけじゃないっすよ。あと数分で消えるっす。そうなると、この部屋は再び【暗転】に呑まれるっす。あと、俺っちも本職じゃねえんで、魔力はカツカツっすよ?」
とはいえ、魔力が減るのは、生命力が減るのに比べれば、だいぶマシではある。なにせ、魔力ってのは生命力から生成されるエネルギーだ。生命力を直接消費するよりも安全で、効率よく特別な力を使える。
だが、生命力から魔力を抽出する為には、それなりに時間がかかる。魔導術で作った
もちろん切羽詰まっている状況では仕方ないが、生命力というのは消費しすぎると死んでしまう。緊急時でもなければ、そのような水薬を使うべきではないのだ。
イニグが休憩を必要としているのも、生命力の回復の為だろう。食事をして、体を休めると、生命力は回復する。勿論、このような場所でとった簡単な休憩では、回復する生命力量もたかが知れているだろう。
それでも、ないよりはマシだ。
「どうするっすか? 先に進んで、そこで休める可能性に賭けるか、一度戻って吊り橋の前で休むか……」
「んなもん、先に進んでからに決まってんだろ! もう一度この部屋を突破するのに、また属性術ってのを使うんなら、フェイヴの魔力が無駄になる。それよりは、先に進んでから休む方がいいに決まってる!」
フバの言葉は、一部はもっともだ。ただし、先に進む危険を軽視しているという点に目を瞑れば、だ。
たしかに、一度戻ってからもう一度ととなると、また【灯台】を使う事になる。生命力の理である【強心】で、幻術を払うという手もなくはないが、こちらも生命力を消耗するので、休息の意味が薄れてしまう。
「…………」
イニグは先に進むリスクと、一度戻ってから進むリスクを勘案し、眉間に皺を寄せて考え込んでいる。俺っちも考えたが、ここはフバが正しいと思う。
結局、先には進まねばならないのだ。あえて戻って二つの試練をクリアするよりも、一旦進んで一つをクリアする方が、消耗は少ない。
勿論、危険を軽視するのは良くないが、慎重になるあまり、意味もなく足踏みをするのは悪手だろう。
「……進もう」
やがて、同じ結論に至ったのか、イニグがそう言い、俺っちとフバも頷いた。
それから、【灯台】の明かりが消える前に、そそくさと部屋の先にある扉まで進む。残り時間的には、もうかなりギリギリだ。
「は、早く行こうぜ。またあの暗闇に呑まれるのは勘弁だぜ!」
「待つっす。扉や周囲に罠がないか、確認してからじゃないと、危ないっす」
タイムリミットが迫った事で、再びビクビクとし始めたフバを待たせ、俺っちは両開きの扉を調べていく。だが、特に罠はなさそうだ。
あるのは、一枚のプレート。これまで通りなら、これは次の部屋の名前なのだろう。
「【
そう言った直後、【灯台】の明かりが消え、フバとイニグが驚いたような声を発する。俺っちはそれに取り合わず、ゆっくりと扉を押し開いた。
そこには、何人もの俺っちが、驚いたような顔で待ち受けていた。
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