episode ⅩⅣ 才能
「まずは、こいつだ」
またも、水の構えを取ったエルナトは、己の優位性を確信している笑みを湛えながら、これからお前を攻撃すると宣言する。その、こちらを軽侮する態度には思う所がないでもないが、わざわざ手の内を晒してくれるというのだから、ここは抑えよう。
「【黒雷】」
猛烈な踏み込みの音と、エルナトの構えていた刀の切っ先が、一瞬にして鼻先に届いたように思える、鋭い突き。これもまた、オニイソメちゃんとの戦闘で見た、八色雷公流における突きの奥義【黒雷】だ。
どうでもいい事だが、技を繰り出す前にその技名を教えるのは必要なのだろうか。そのせいで、一瞬だけとはいえ、私はこれからなにが来るのかを先んじて知れた。向こうの剣の横腹を弾き、私自身もエルナトの左側へと回り込む。
エルナトも奥義を、完璧に近い形で回避されたにも拘らず、特に反応も見せずにこちらに死角を取られないように、即座に立ち位置を変えて、こちらに体の正面を向ける。
予想外の事にも動じない。流石に、我々ダンジョンコアに対する人類の切り札として、上級冒険者と呼ばれているだけの事はある。それ以外はまったく評価できない人物だが、戦闘能力だけは紛れもなく上級冒険者と呼ばれるに足る人物だと、ショーンに評されるだけの事はある。
「その構えは、水の構えではありませんね?」
「これは火の構えだな」
上段に剣を構えたエルナトが、端的に答える。
ただ、こうして相対してみると、この火の構えには様々なバリエーションがあるようだ。こちらが
ただ、この構えはたしかに単体の反撃には適しているが、真半身になるせいで視界が遮られ、その半分になった視界を、さらに顔の横に構えた剣で遮っている。かなり一対一に偏った思考であり、【土雷】以上に隙が多いように見えた。
冒険者として、あまり有効な剣術とは思えない。ときとして一対多を相手にするダンジョンコアにも、あまり使い勝手のいい構えとはいえなさそうだ。まるで尋常の勝負を挑む武芸者の技といったものだ。
「【大雷】ィ!!」
その構えから、刺突気味の払いを放つエルナト。その狙いは頭部――いや、首か。なるほど――これはッ!?
私は刺突を避ける際のセオリー通り、後ろではなく横に回避した。そして、己の顔の横に剣を立てるように構える。すると、刺突は即座に首を刈るような横薙ぎに移行する。迫る白刃が、予め立てていた剣に阻まれ、火花を散らす。
なるほど。オニイソメちゃんとの戦闘ではわからなかったが、この奥義はおそらく、徹頭徹尾人間用の奥義だ。頭を狙い、首を狙い、最悪でも胴に傷を付けようという、人間の人体構造と、技と技のぶつけ合いを前提に作られた技術体系だ。
いや、ある意味この八色雷公流そのものが、対人戦用の技術の結実といっていいだろう。足運び、体捌き、柄の握り方、人間の関節の可動範囲と予想される運動能力の限界値、プラス生命力の理によるブースト。から、引く事の私の身長の低さ、足場の悪さ。エルナトはその最適解を常に模索している。
――ああ、そうだ。武術というものは、理の追及だ。
人間という種に与えられた、戦闘行動という課題に対する最適解の模索。それはまるでパズルを組むように、あるいは盤上のマスを取り合うように、最上の一手を考え続ける思考実験のような代物だ。
そして私は、そういう最適解の追及という研究行為が、割と好きな部類のダンジョンコアだ。この剣術という試行錯誤も、実にやりがいがある。
惜しむらくはそれが、人間から外れている、モンスターやダンジョンコアを相手にするという観点があまりに薄い点だろう。人間が、対ダンジョン用として編み出した技術ではない。ダンジョンの、侵入者対策という点では、あまり役には立たない。
それにしても、このエルナトという男、明らかにつくべき職を間違っている。この男の戦闘技能は、ダンジョンでの戦闘に向いていない。なにせ、ダンジョンにいるモンスターは、その多くが人型をしていないのだから。
冒険者などではなく、要人の警護などを担う騎士なんかになっていれば、その才を如何なく発揮できていただろう。私がたまたま人型ダンジョンコアだからこうしてまともに相対できているが、万一バスガルのような竜型や、そうでなくても人型から大きく外れるタイプのコアであれば、この者の剣技はほとんど役に立たなかったと思われる。そうなれば、あとは単純に、スペックのぶつけ合いにしかならない。
そして、スペックのぶつけ合いでは、ただの人間は階層ボスにすら及ばない。
これまでその弱点が露呈しなかった点は、たしかにこの者の才が秀でていた証左となり得る。恐らくは、力と技のゴリ押しでモンスターを打倒できていたのだろう。だが、それではいずれ限界がくる。いや、既に限界ギリギリだったように思える。
なにせ、恐らくこのエルナト、あのミルメコレオにすら、単独では敗北していた可能性がある。
実際、この者は先のバスガル戦で、あのズメウに苦戦したという。ズメウの特性は【魔術】に対して有効な竜鱗であり、この者にはあまり関係ないというのに。
とはいえ、この者の選択ミスはこの際どうでもいい。最重要なのは、私にとっての剣術――ひいては八色雷公流の適正だ。これはもう、考えるまでもなく最適解である。
なぜなら、私の敵は基本的に地上生命であり、仮想敵は人間しかいないのだから。
「その構えは?」
「うるせぇ!」
「では、勝手に風の構えとでもしておきましょうか」
「土の構えだ!!」
下段に構えたエルナトの剣が、掬い上げるようにして私を襲うが、その攻撃を宙に飛び上がって躱す。想定以上の跳躍距離に、エルナトは追撃の手を緩める。仕方がないだろう。普通の人間を想定していたら、ここまでの高さの跳躍は想定していまい。
「いまのが【山雷】ですか?」
「うるせぇ!!」
「下段からの斬り上げの奥義。状況によって、他の奥義につなげて追撃を行う為の技ですね。斬り上げた姿勢が、そのまま火の構えに移行しやすい技です。面白い」
「うっせぇってんだろ、このメスガキィ!! 死ね【野雷】!!」
剣が斜めになるように構えられた、上段左諸手の火の構えから、エルナトの打ち下ろしが放たれる。なるほど、威力だけみれば【土雷】にも遜色ないというのに、隙のない一撃。
閃く剣線は一瞬にして私の間合いを侵し、防御の為に立てた剣の腹を割く。破片が舞い、くるくると剣先が飛ばされていくのを視界の端が捉えた。ああ、やはり剣身は限界だったか。
散々防御の為に使い潰した剣に、多少のバツの悪さを抱く。即席で作ったとはいえ、砕けた刀身が己の未熟さの証明のようで、忸怩たる思いを禁じ得ない。
「ハン! どんだけ防御が達者でも、道具はそうはいかねえようだな!」
私の剣を砕いた事が余程嬉しかったのか、エルナトが得意げに嘲笑う。その様は、まぁ、ショーンの言う通り、ただの小物だ。本当に、この者は剣以外に見るべきところがない。だが逆にいえば、剣の技前は見所があるという事だ。
私は無言で地面に手をつくと、保管庫から別の刀を取り出す。ダズとかいう、パニックルームの管理人が取り寄せた武具を真似て作った、習作の刀剣だ。一、二本折っても、替えなどいくらでもある。
「な、なんだそりゃぁ!? どっから出したッ!?」
先程の優越感などこかに消し去り、にわかに慌て始めるエルナトに対し、私は答えずに刀を構える。
まだ【稚雷】と【裂雷】と【火雷】を見ていないのだ。もう少し、コイツの手の内を晒させてからでも、攻勢に出るのは遅くない。できれば【八色太刀】も実物を見ておきたい。
さぁ、さっさと次の理を示せ。お前の価値など、そこにしかないのだから。
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