第112話 天才の挫折

 ●○●


 なんだこいつ!? なんなんだコイツは!?

 ハリュー姉弟の姉の方は、それなりに戦えるという話は聞いていた。生命力の理が使えて、大型の武器を好んで使う少女であり、あのズメウと一対一で対峙できる程の腕前だという話は聞いていたのだ。

 だが、それは所詮、近接でも戦える程度だと判断していた。

 俺は立ち位置を定め、体を捌き、刺突の体勢から【黒雷】を放つ。だが、眼前のグラ・ハリューは一度見た技になど興味ないとばかりに、こちらの剣を弾き、俺の攻撃範囲から脱する。

 それでは先程の繰り返しでしかない。俺は、【黒雷】からすぐに脇構えとも呼ばれる金の構えに移行し、回避直後のグラ・ハリューに胴薙ぎの奥義を放つ。


「【稚雷】!!」


 一度見た技は、一切の躊躇もなく回避してしまうコイツをる為には、初見の奥義が決まる形に移行するしかない。

 その細い胴を狙う剣閃に、グラ・ハリューは真正面から剣の腹を立ててガードする。普通に考えれば、刀身を傷める悪手だが、こいつはどこからともなく武器を用意する術がある。剣を盾にするるような戦法も、必ずしも悪手とはいえない。

 だが本当に、アレはどうやっているんだ? 土の属性術でガラス細工や、ときには武器も作れるという話は聞いた事があるが、それにはもっと時間がかかるはずだ。


「クソ、クソ!」


 これでもう【稚雷】も使えない。となれば――


「【火雷】【裂雷】!!」


――【火雷】は木の構えから体捌きと足捌きが容易な、他の技につなげやすい袈裟斬りだ。そして【裂雷】は、そんな木の構えから繰り出すのに長けた逆胴の奥義。【火雷】の体捌きで【裂雷】を放つのは、本来の八色雷公流にはない俺のアレンジだ。勿論、そのせいで【裂雷】本来の、相手の鞘ごと胴を薙ぐ力強さは失われるが、技の速さはあがり、他の技にもつなげやすくなる。


「ほう……っ」


 グラ・ハリューはそんな俺の技を見て、感心したように防護の構えから剣を振る。キィンという澄んだ音が響き、俺の二つの奥義を合わせた一撃までもが弾かれてしまう。

 ホント……ッ! なんなんだよ、コイツはぁッ!?


 ふと、師の事を思い出した。

 師は、はるか遠く離れた地から、武者修行の末にこの北大陸を訪れたという。諸国を訪れ、その地にいる強者たちと剣を交えて己を磨いて生きてきたと、なにかの際に語っていた。

 己の剣の腕に自信を持ち、数多の強者を斬り伏せて己の糧としてきた、紛う事なき強者。

 だが、そんな師が、俺に剣を教えて僅か半年程で、剣を捨てた。多くの者が多くの憶測を述べたが、俺にはわかっていた。あの目は、弟子である俺が、師のすべてを吸収して、あっさりと師よりも強くなっていく現実に、耐えきれなかったのだ。

 要は、折れてしまったわけだ。強者としての矜持が。

 そこまで考えて、頭を振る。いまはそれどころではない。いま、眼前にいる敵に集中しなければ、俺は負ける。ここで負ければ、待っているのは死だけだ。


「――らぁ!!」


 奥義はすべて見せてしまった。あとは、奥義の連撃で決めるしかない。自慢じゃねえが、俺は奥義の連撃においては、他の八色雷公流の誰よりも上手いと自負している。なぜなら【八色太刀】は基本的に、八つの奥義をつなげて放つ技だからだ。

 だが、【土雷】や【黒雷】を見ればわかるように、奥義は必ずしも次の行動につなげやすいものばかりではない。【八色太刀】はそんな八つの奥義を、無理なく合わせて連撃を放つ技術であり、【八色太刀】が放てれば、それはすなわちすべての奥義をマスターしたという意味になる。そうなれば当然、八色雷公流剣術は免許皆伝といっていい。

 だからこそ、俺は誰よりも強くなる為に奥義の連撃を血道をあげて修練した。その成果が、先の【火雷】と【裂雷】の合わせ技だ。

 それが――


「ふむ。どうやら、ここまでのようですね」


 俺の連撃をかいくぐり、距離を取ったところで、グラ・ハリューが落ち着き払った調子のままに、凛と呟いた。まるで、見るべきものはもう見終わったと言わんばかりの態度。そういえば、自分も師に対して、同じような態度だったような――


「それでは――ここからは、こちらも行きますよ?」


 グラハリューは、剣を――正眼――水の構えにとって、俺を見据える。その姿は、まるで師のようで、あるいは水面に映った己のようで――……


「【黒雷くろいかづち】」

「ぐッ!?」


 放たれた刺突は、えぐるように下方から俺の頭を狙ってくる。だがこれは――


「【大雷おおいかづち】」


 剣を弾いて躱した俺に、即座に首狙いの薙ぎ払いが迫る。なんとか仰け反る形でヤツの間合いから逃れるが、僅かに鎧に剣筋が刻まれる。その技の鋭さと連携の滑らかさは、俺に匹敵する――否! 俺は、誰よりも強い!


「おらぁあああ!! 【稚雷】ィィィ!!」

「【裂雷さくいかづち】」


 胴薙ぎと逆胴の奥義が、俺たちの間でぶつかり合い、火花を上げる。

 クソ、クソ、クソ……ッ! そんなわけがない。そんなわけがないんだ。俺がこれまで積み上げてきた努力のすべてが、こんなガキに、見ただけで真似されるだなんて事、あるわけがねえんだ!!

 師匠の顔が思い出される。最初は満面の笑みで教えてくれた。初めて奥義をきちんと放てたときなど、大いに喜んでくれた。そんな師も、次々と奥義を修得していくうちに、次第に笑顔が翳っていき、最後の奥義【土雷】を覚えた頃には、骸骨のような絶望の表情を浮かべていた。

――違うッ!! 俺はあの男とは違う!!

 あんな、腑抜けて、剣も握れなくなったような者とは違い、俺は天才なのだ!! この自負が俺を支え、自負に足る己足らんと欲する心が、どこまでも俺を高めてくれる。俺は天才だ。それ故に、俺は負けない!


「ふむ。では、こうでしょうか? 【八色太刀やさかのたち】」

「あああああああああ!? ヤ、【八色太刀】ィ!!」


 よもやヤツは、まだ俺が使っていない【八色太刀】を放ってきた。それに対応する為、俺もまた同じく奥義を放つ。

 初手は同じ【土雷】。即座に下段の【山雷】まで同じ。次に火の構えから、どう来る? 俺は【野雷】、ヤツは平正眼の構えから【大雷】。

 これは相性がいい。俺の打ち下ろしで、片手を奪われかねないと判断したグラ・ハリューは、即座に構えを解いて【大雷】の味である追撃をキャンセルした。

 次に俺は【野雷】からの流れで、相手を横薙ぎにする技を放つ。これは、相手の回避した方向によって、【裂雷】か【稚雷】のどちらかを選ぶ事になる。

 グラ・ハリューは俺の右手にいる。つまり、採るべきは【稚雷】だ。


「――――ッ」

「――――」


 再び【稚雷】と【裂雷】が互いの間でぶつかり合う。グラ・ハリューはなんと、片手で【裂雷】を放ってきた。たしかにそのセンスは卓越しているものがあるが、流石に体勢が悪い。

 せめぎ合いを制したのは、俺だ。即座に金の構えに移行し俺は――しかしそこで、俺が剣を弾いた勢いのままに、くるりと身を翻したグラ・ハリューが、大上段、火の構えでこちらを見下ろしている姿を目にする。

 クソ。片手での【裂雷】はその場しのぎと、俺の技を誘う為の餌か。

 俺は慌てて【山雷】で迎え撃つ。グラは【野雷】。斬り上げた俺の剣と、グラの刀が鎬を削る。火花迸り、互いの武器が悲鳴をあげる。

 そこに頓着する余裕などなく、すぐさま【大雷】に移行し、相手も【黒雷】の体勢に入る。

 互いの刺突が交錯し、火花が迸り、そして――彼女の刀が本来の【黒雷】とは違い、剣を寝かせて放たれている事に気付き――横に払われた。俺も、相手の首を狙う。

 頭の隅で、ここまでくれば相討ちでも構わないかという、どこか達成感じみた思いもあった。お互い、技の粋のすべてを出し合った末の結末であれば、それはそれで面白かったのではないか。なんというか、幼い頃、師の自慢話のような武者修行で、互いに競い合った剣豪たちのようではないか。

 ああ、そうか。俺が憧れた剣士の原風景は、こうして命を賭して技を競い合う、武芸者だったのだ。冒険者なんぞになって、穴倉で化け物を相手にするよりも、こうして人間同士で剣を交えた方が、何倍も面白く、有意義だ。もしそうしていたら、俺の剣はさらなる上を目指せたのだろうか。

 いや、未練など抱くべきではない。この一刀に集中しろ。己の最期の一刀。自分にも相手にも、そして師にも恥じぬ技にしなければならない。

 お互いの刃が、お互いの首に迫る。吸い込まれるようにして、俺の剣がグラ・ハリューの白く細い首に届き――俺の首にもグラ・ハリューの剣閃が到達する。

 この一刀は間違いなく、俺の人生でも五本の指に入る【大雷】だった。

 そして――


 カン。


 は?

 俺の思考は、そんな硬質な音を最後に、途絶えた。



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