第113話 スターゲイザー
●○●
「ふむ」
私は最後にエルナトの技を受けた首を摩る。あの【大雷】は、私の肉体にそれなりのダメージを与えた。ダンジョンコアとしての強度で受けたからこそ、エルナトの決死の一撃はこの首を落とすには至らなかったのだ。これが、ショーンの依代であればどうなったか……。
もし仮に、ショーンとエルナトが戦っていた場合、あの子はきっと剣と斧とで打ち合うような、正当な戦い方は選ばなかっただろう。だがしかし、必ずしもすべてがあの子の思い通りに運ぶとは限らない。そうなれば、あの者の技量に押されて、依代を破壊される事もあり得ただろう。
やはり、私が相手をして良かった。まぁ、それを要求した裏には、やはり【八色雷公流】という武術に対する興味が大きかったが、多少なりともショーンに危害が及ぶ可能性も考慮はしていたのだ。
まぁ、それでも、あのエルナトにショーンが負けるなどとは、微塵も思わないが。最悪でも相打ちにして、
「あなたには、剣以外に見るべきところがないと、多くの者が評価していました。私もその意見には同意します」
私は胴と首が泣き別れた遺骸を見下ろしつつ、言葉を紡ぐ。それは死者への餞のようであり、あるいはその死を冒涜するようでもある。これを死体蹴りと評すか、あるいは――……なんでしょうね、刹那の思考合戦、陣取り合戦に興じ、互いに刃になにかを込めて競い合った相手への、死出の旅路の餞別と見るのかは、人それぞれでしょう。少なくとも私は、地上生命に優しい言葉などかけるつもりは、端からない。
「それでも、剣だけでも見所はたしかにありました。あなたの剣は、私のものとして、これから多くの地上生命どもを斬り伏せるでしょう。それをあなたがどう思うかなどには興味はありませんが、それでもたしかに、その技は受け継ぎました。見るべき所などない有象無象などが、これより幾千、幾万、幾億と私の記憶から零れていこうと、私が八色雷公流を使い続ける限りにおいては、あなたを忘れる事はないでしょう」
やや冗長になった。この高揚感が私の口を軽くし、いつもなら言の葉に乗せないような内心までもを吐露させる。
それくらい、この戦いは楽しかった――そう、楽しかったのだ。息吐く間もない、互いに真剣に己の力と技の粋を競い合う。そのひりつくような緊張感と達成感は、終わってみれば甘美とも呼べる時間だった。
学ぶというのも楽しければ、競うというのも楽しい。相手の一挙手一投足から情報を読み取り、その意図を汲み取って己の動きに反映し、次の手を決める。それを、どれだけ早く、効率的にできるか。その思考に没入している恍惚感といったらない。
腰を据えて研究をするのも、あれはあれで楽しいが、こちらはこちらで別種の楽しさがあった。
いつか、ショーンとも技を競い合ってみたいが、あの子はあれで、武芸には一線を引いているきらいがある。あるいは、己を諦めているとでもいおうか。
「さて、それではいただきましょうか」
最後の手向けも終わり、エルナトの胴体をダンジョンに呑み込む。岩肌の地面にずぶずぶと沈んでいく、先程までの好敵手に、最後の最後にほんの少しだけ口元が緩む。そうこうしている間に、その姿は完全に地面へと消え、そして――
「ほう、これは……なかなか……」
エルナトは、個人で一MDPに届かんばかりの生命力を内包していた。かねてより、ショーンと最上位の人間は一MDP程度の生命力が得られると見込めるという話はしていたが、なるほどたしかに、才能と健康状態が良好な人間は、一MDPに届き得るようだ。ダンジョンとしても、それは美味しい。
たった一人の上級冒険者を倒すだけで一MDPだ。あのエルナトが、たったの一〇〇〇人いるだけで一GDPになると思えば、上級冒険者に対する見方も変わってくる。
惜しむらくは、第二王国全体で見ても、それだけの上級冒険者がいるかどうか……。やはりDPは、中級冒険者を基本に溜めるべきなのだろう。いやしかし、騎士などの、本来ダンジョンを探索する為ではない人材も、ときと場合によってはダンジョンに挑んでくる。あれもまた、健康状態や身体能力、そして才能を鑑みれば、上級冒険者並みのDPが期待できるのではないか? しかもそいつらは、上級冒険者と違ってダンジョン攻略のノウハウなど持っていないのだ。より簡単にDPとして吸収できるのではないか?
そう考えると、人類に危険視されるというのも、必ずしも悪くはないように思える。まぁ、恐らくは、騎士といってもピンキリだろうし、この思考自体が油断に他ならない。エルナトだけをみて、上級冒険者すべてを同列に扱うのも間違っている。
私は益体もない事を考えながら、回収した物資の中から、エルナトが使っていた刀とその鞘を、保管庫経由で取り出す。それは、上級冒険者に相応しい、上質な刀剣なのだろう。
私の武器作製技術が、この刀に追い付くまでは、これを使わせてもらう。まぁ、今回の戦いで、それなりに傷んでもいるし、まずは手入れからだ。
そう考えつつ、私は同じく消耗した自分の武器を投げ捨てる。こちらは、折れた刀と同じく、一度ただの鉄塊に戻してから、新しい武器の材料にするつもりだ。
「さて、それではショーンの方はどうなっているでしょうか?」
一仕事を終えて、私はショーンと雑多な冒険者たちが戦っている場所へと視線を向ける。そこでは、いままさに、ショーンが侵入者たちとの近接戦を繰り広げていた。ショーンの近接戦は、まだまだぎこちない。やはり、エルナトとは相性が悪いだろう。
とはいえ、ただの冒険者どもに後れを取る程、拙い訳でもない。終始優勢に立ち回るショーンを遠目に確認しつつ、私はいまだ吸収していないエルナトの首を抱き、ゆっくりとそちらに歩んでいく。急ぐ必要などない。あれら、凡俗の冒険者が幾人集まろうと、ショーンを倒せるはずなどないのだから。
それでも、せめて弟の戦闘を間近で観察したいのが、姉心というものだ。あの子の、ダンジョンコアらしい戦いぶりを見られると思うと、戦闘とはまた違った高揚感が、沸々と胸に湧いてくる。
と、そこで侵入者どもが私の存在に気が付いたようで、こちらを向く者が二人。そして、私が抱えているモノを見て数秒固まり、再度信じられないとでも言わんばかりの表情で私を見る。
その動揺が伝播したのだろう、侵入者どもは次第に動きを止め、最終的には全員私と、そして私が抱いているエルナトの首へと視線が集中する。
「う――」
口火を切ったのが誰だったのか、私には確認できなかった。
「うわぁぁあああああああああああ!!」
「バカな!? エルナトがやられた!?」
「嘘だろ!? これもなんかの幻術なんだろ!?」
「そんな……っ!? そんなバカな! エルナトさぁん!!」
銘々悲鳴を上げつつ、後退を始めた冒険者たちを制すように、ショーンは手のひらをそちらに向ける。指の間からキッと鋭く敵を見据えた彼は、その手を天へと掲げると、大音声でソレを呼ぶ。
「スタァァァァゲイザァァァァアアアア!!」
逃げ腰の冒険者たちは、いっせいに頭上を見あげた。
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