episode ⅩⅢ 剣術
●○●
私はエルナトとかいう侵入者の前に立つ。
私はショーンとは違い、侵入者の精神になど微塵の興味もなければ、それによって己のモチベーションが変わるという事もない。あの子は、相手が本気であればある程嬉しいようだが、私にとっては相手が逃げ腰であろうと、命乞いをしようと、そこに感情を
――だが、いま、こうしてこの男の前に立っていると、高揚する思いがあるのは事実だ。
「そんじゃ、お嬢さん。とりあえず、踊ってみましょうか? せめて基本のステップくらいは覚えてんだろうな?」
エルナトの舐めた物言いにも、いまの私は寛大な気持ちでもって受け入れられる。その言葉を聞きつつ、私は腰から刀を抜く。反りの深いそれは、エルナトのものを意識して作った刀剣だ。
私は彼の一挙手一投足を
「甘ぇ!!」
力強い踏み込みから、エルナトがこちらの間合いを侵す。最適な防御に専念する私の剣と、エルナトの剣が打ち合わされる。――が、どうやらこちらの対応が一歩遅かったようで、体勢を崩され、数歩後退る。
なるほど、人間の間で【天剣】とまで呼ばれるだけの事はありそうだ。
「
その通りだ。たしかに我々姉弟は、いささか華奢に過ぎる。人間の第二次性徴目前の年齢に合わせた姿である為、それは仕方がない。ショーンの人間であった頃の姿が元になっているのだから私としては好ましいものではあるが、事戦闘においては、あまり望ましい体型とはいえない。
エルナトは続ける。
「軽いだけでなく、背も低いってのは、武術においては本当に致命的だ。活路を見出すなら、短剣なんかのリーチの短い武器で、速度と体躯の小ささを活かした戦い方がベストだな。相手の懐に潜り込み、間合いの中でワンアクションを加えてから、相手の攻撃範囲から離脱する、ヒット&アウェイだ。お前も、選ぶならあんな
訳知り顔で語るエルナトだが、その意見が間違っているとも思えない。なんとなれば、私が
エルナトは剣を構える。それは、剣を真正面に構える、この辺りの剣術とは明らかに違う構え。体の正面で構えた剣を、まっすぐ私に向ける構えだ。見た目としては
どこにどう打ち込んでも、容易く対応されてしまいそうな、変幻自在さを感じさせる。
「面白い構えですね」
私は思わずそう口にした。あるいは、攻め倦んだ腹癒せに、負け惜しみを述べたのか……。
「水の構えっていうらしい。まぁ、俺も師から教わっただけだから、偉そうにご高説垂れるような知恵はねえが、攻防一体の構えってヤツだ」
「そのようですね。他にも構えが?」
「そいつぁ、今後のお楽しみだ」
「ではそのように……」
くつくつと悪ガキのように笑うエルナトに、私も笑いかける。喋りつつもお互いの隙を探り合っていた我々は、それを皮切りに口を噤み、辺りには静寂が訪れる。少し離れたところで、ショーンともう一人の侵入者が争う音が聞こえるが、いまはその雑音が少し煩わしい。
ジリジリとすり足で移動しつつ、構えを
「……――ッ!」
今度は私から攻めた。下段に降ろしていた剣を斬り上げつつ、敵に迫る。エルナトもそれは読んでいたようで、こちらの斬り上げを剣で払いつつ、構えを上段に移行する。待ち受けるようにして、私たちは剣を交わした。
同様に打ち下ろした剣戟は、互いの胸元での鍔迫り合いになったが、先のエルナトの言葉通り、体重の軽い私の方が後ろに撥ね飛ばされる。鎧の重量で、長柄武器を振るうのは問題ないが、やはり体が小さいという事実は、物理的に踏ん張りが利きづらくなるようだ。
エルナトの言葉通りだ。体重が軽く、背も低いという事実は、近接戦闘においては生命力の理や装具で補いきれないハンデとなり得る。
「いくぜ! 【土雷】!!」
掛け声とともに、エルナトは片手真半身の打ち下ろしを放つ。この【土雷】は、オニイソメちゃんとの戦闘で確認した技だが、正面から対峙すると、まるで一瞬で間合いが詰められ、それだけの速度でありながら、全身の体重を乗せたような強烈な一撃になる。片手で放つ技でありながら、非常に重い。
「くっ――!?」
少々受け損ない、私は刀を盾にするようにして、エルナトの【土雷】をなんとかいなす。そのせいで、刀身にはかなりのダメージを負った。このまま打ち合えば、遠からず折れてしまうだろう。
なるほど、面白い。
この【土雷】は、攻撃にのみ専心した技だが、それだけに踏み込みの速さ、一撃の重さ、回避の難しさ、どれをとっても申し分ない。まぁ、弱点があるとすれば【土雷】を放つ当人が無防備すぎるという点だろう。
防御の事を一切考えていない、必殺の一振りだ。当たればいいが、当たらなければ途端に不利になる。
当然それを熟知しているエルナトは、【土雷】を放った直後の無防備な姿勢を、こちらから距離を取る事で即座に補う。こちらも体勢を崩していた為、その隙を突く事は適わない。
「いまのが、八色雷公流剣術の奥義、【土雷】で間違いありませんね?」
「お? どっかで八色雷公流の技でも見たか? まぁ、いまや俺は、師をも凌駕する使い手だから、どこぞの未熟者が使う【土雷】とはダンチだっただろ?」
こちらが、先程のオニイソメちゃんとの戦闘を観察していたとも知らず、得意げに語るエルナト。とはいえ、その技が見事であったのは事実。少々口惜しくはあるが、技の冴えは美しいと評してさえ、過言にはならない程だ。
「ええ、まぁ」
どこかぶっきらぼうに返す私に、エルナトは得意げに笑う。どうやら、内心を見透かされたらしい。人間の、こういう心理状態の機微に聡い所は、正直鬱陶しい。どうして、ずけずけと他者の内心を覗き見ようとするのか。
「そんじゃ、こいつは大サービスだ。八色雷公流剣術の奥義、全部見せてやるぜ! そして、俺様という天才の持って生まれた天稟に絶望し、膝から崩れ落ちな【陽炎の天使】!」
どういうわけか、事態は非常に私に都合のいいように運ぶらしい。こちらの求めるものを察しての、なんらかの罠を用意した可能性は〇ではない。だが、なにがどうすれば、技を披露して罠になるのか、まるでわからない。
ただの自己顕示欲の発露だと考えた方が、よっぽどわかりやすいが、流石に眼前のこの男が、そこまで愚かであると断ずるのは早計だ。足を掬われてからでは遅い。きっと、なにかしらの罠があるはずだ。
私は慎重に、されど多少の期待を胸に抱きながら、エルナトの次の挙動を待った。その一挙手一投足、呼吸や眼球の動きに至るまで、なにもかもを観察し続けながら。
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