第13話 旅籠磯巾着

 チッチたちから情報を買ったショーン・ハリューだったが、どうやら手持ちが足りなかったらしく、後々ハリュー邸に取りに来るようにという、ちょっと情けない形で商談は成立した。まぁ、大金を不用心に持ち歩かないというのは、当然の用心だろう。チッチの情報は、それだけ高額で買い取られたという事でもある。


「そうだ。チッチさん、ラダさん、もしよかったら今晩我が家で夕飯を食べていきませんか?」


 その提案に、当然の事ながらチッチもラダも顔を引き攣らせ、冷や汗を流した。いつマフィアが攻撃をしかけてきてもおかしくない、それに加えていまは【ホープ】狙いの盗賊まで押し入って来かねない場所に、晩餐に招待されたのだ。ビビるのも仕方がない。

 俺はいま、そんなところに寝泊まりしているわけだけどな……。


「まだ相手方の予定を聞いてないのでお約束はできませんが、これから【雷神の力帯メギンギョルド】のセイブンさんも夕食に招待しようと思っているんです。チッチさん的にも、顔繋ぎにいいのでは?」

「そいつぁたしかに……。しかし、危ねぇ橋は渡らねえ主義でして……」

「ウチにはィエイトさんとシッケスさんもいますし、僕やグラもいます。帰りもセイブンさんとご一緒であれば、安全は十分に担保されていると思いますが?」


 うん? ィエイトとシッケスってなぁたしか、エルフとダークエルフの使用人だったはずだ。なんだって、あの二人の名が? あれ? ィエイトとシッケスだと? どこかで聞いた覚えがあるな……。


「他にも【雷神の力帯メギンギョルド】の方が?」

「ええ、フェイヴさんとフォーンさんもお呼びできればいいとは思っているのですが、二人ともなかなかアポが取れ――」

「――ああっ!?」


 思わず声がでてしまった俺に、一斉に視線が集中する。混乱する俺は、そんなものにも構っていられる余裕すらなく、ショーン・ハリューに問いかけてしまった。


「も、もしかして、あ、あの、しよ、使用人って……――」


 あまりの驚きに、なかなか舌が回らない俺の意図を、なんとはなしに理解したショーン・ハリューは頷いて口を開く。


「え? ああ、はい。そうです。ラベージさんも顔を合わせている、あの使用人は、【雷神の力帯メギンギョルド】のィエイト君とシッケスさんです」

「はぁぁぁあああああああ!?」


 悲鳴なんだか感嘆なんだか憤りなんだかわからない感情で、店に響き渡るような大声を発してしまった。それはそうだろう。

 あの、俺たち冒険者の頂点とも呼ぶべき、一級冒険者パーティ【雷神の力帯メギンギョルド】の、双妖精がなんだって使用人なんぞに身をやつしてんだよ!?

剣山刃壁けんざんじんぺき】のィエイトと、【槍突撃アサルトランス】のシッケスだろ!? 金なんて、掃いて捨てる程持っているはずだ。っていうか! 俺、普通に使用人だと思って、頼み事とかしちゃったんだけどッ!? 自分よりも階級が上の上級冒険者相手に! 【雷神の力帯メギンギョルド】のメンバーを、顎で使っちまったんだがッ!!?


「……ッ!? だ……ッ!? で、……えッ!?」

「ラベージさん? どうしました?」


 言いたい事がありすぎて、なにから口にすればいいのかわからない。言葉にならない声を漏らしつつ、パクパクと口を開閉する俺に、ショーン・ハリューが心配そうな目を向けてくる。

 だが、こればっかりは印象の逆転は起こらない。この少年は、一級冒険者パーティの上級冒険者を、平然と使用人にしているのだ。お貴族様が引退した上級冒険者を、拍付けの為に護衛や武術指南なんかに雇うなんてのはあるあるだが、現役の、それも【雷神の力帯メギンギョルド】のメンバーをそうしているのは、純粋に頭おかしいとしか言いようがない。


「あ、もしかして誤解しているのかも知れませんが、あの二人を雇っているのはセ――」

「【白昼夢の悪魔】がいる店ってなぁ、ここかぁ!?」


 そんな混乱の渦中にある店内に、またも想定外の声が轟いた。見れば、店先には十数人の冒険者の姿があり、出入り口には七級冒険者の……たしか……、……あー……、……名前が思い出せん。顔は見覚えがあるんだが……。


「あー……、もしかしてアレが、【ホープ】狙いの輩、かな……?」

「まぁ、そうでしょうね。つっても、あっしの情報にも含まれてねえような、木っ端っすけど」


 ショーン・ハリューとチッチが顔を見合わせては、面倒そうにため息を吐いた。それから仕方なさそうに席を立つショーン・ハリュー。気分を切り替えるかのようにパンと手を叩くと、背後に控えている執事に向きなおる。


「ジーガ、僕は野暮用を片付けておくから、その間に支払い、済ませておいてね。ああ、ついでに、これから必要になる後始末の分、色を付けておくように」

「了解しました、旦那様」


 執事も執事で、ここからは仕事モードとでも言わんばかりの慇懃な態度で礼を取る。大仰な仕草にクスリと笑ったショーン・ハリューは、店の入り口に仁王立ちする男に向かって歩み寄っていく。


「はっはっは! 工房からでてきた魔術師なんざ、近付いてボコっちまえば――」

「あーあー、そういう能書きはいいよ。君みたいなの、これまでたくさん見てきたから」

「あん?」


 男の言葉を遮ったショーン・ハリューは、そのおかっぱの黒髪の奥に隠れていた、白銀のアクセサリーを撫でる。右耳についているイヤリングであり、左耳にも同じ意匠のものがあるのを俺は知っている。


「恐れよ――旅籠磯巾着ハタゴイソギンチャク

「――ひぃ!?」

「はい、次。慄け――隠隈魚カクレクマノミ

「あびゃびゃびゃびゃ!?」


 あっさりと、むくつけき男たちが、まるでお化けでも見た子供のようにへたり込む。顔からはあらゆる液体を、下からも様々なものが垂れ流され、思わず目を覆いたくなるような惨状が、一瞬でできあがった。

 だが当然、中級ともなれば幻術対策を心得ているもの者もいる。



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