第12話 幻の青ダイヤ
「そうでやすねぇ。やはり、ショーン様にお売りするなら、あの情報しかありやせん!」
「ほう! それはつまり、僕にとって重要度の高い情報がある、という事かな? 緊急性も高ければ、その分も値段に上乗せできる。いい売り込み方ですね」
「ありがとうございやす!」
いまにも揉み手を始めそうな口調なのに、チッチの目はどこか、ショーン・ハリューを値踏みするようなものだった。ショーン・ハリューもまた、そんなチッチの態度に気を大きくするでもなく、逆に気分を害するでもなく、情報ではなくチッチ本人を品定めでもするかのように、アルカイックスマイルに感情の浮かない目で見据えている。
「ショーン様。いま、冒険者の間では、あなたの杖の話題で持ちきりです。その噂が酒場に聞こえぬ日など、ここ一月ないといっても過言ではございやせん」
「ほぅ……? 僕の杖がどうしたんだい?」
心底意外そうに、ショーン・ハリューは首を傾げる。だが、その仕草こそ違和感だった。俺もそうだし、チッチやラダもまた、これには驚いたようで少し目を瞠っている。
それはそうだろう。いま、一部の界隈で有名になっているショーン・ハリューの杖には、巨大な青い宝石が嵌まっているのだ。そんなもの、手に入れるのも大変ならば、保管にだって気を遣うはずである。
だというのに、ショーン・ハリューはまるで、家の裏に立てかけていた箒の話でもするように、己の杖がなんなのかと問い返してきた。
俺とチッチ、ラダの三人は、互いに顔を見合わせる。それから、おもむろにチッチが話し始めた。
「いや、そのですね……。ショーン様の杖に使われているブルーダイヤ――まだあっしは、それが本当にダイヤなのか確認してねえんで、そう断言するのは憚られるのですが、すっかりそう認識されていまってるんで、この場では噂を前提に、ブルーダイヤだって事でお話ししやす」
説明の合間に、己の情報の精度に対する自負からか、不正確な噂の類であると注釈を述べるチッチ。それにショーン・ハリューが頷いたのを確認した彼は、言葉を続ける。
「その、巨大なブルーダイヤが、幻の【ホープダイヤ】なんじゃねえかって話が、出回ってんでさぁ」
「ホープダイヤ? スミソニアンの?」
「スミソニアン?」
「ああ、失礼。ここから遠く離れた土地にある、とある施設の名だ。知らなくても当然だ。話の腰を折るつもりはなかったんだ。ごめんね?」
そう謝ってから、チッチの話を促すショーン・ハリュー。チッチもまた、それに応じて話を続ける。
「【ホープ】ってのは伝説の代物で、それもあまりいい伝説じゃあありやせん」
「持ち主を次々に不幸にするとか?」
「知ってやしたか……。まぁ、その通りです。ですが、見た事もないデカさのブルーダイヤともなれば当然……」
「その希少さだけで、悪い噂を払拭するだけの価値はある、と……」
「はい。それに加え、好事家ってなぁどこにでもいるもんで、むしろそんな伝説があるからこそ、手に入れたいって輩も、一定の数いるんでさぁ」
「なるほど。そういう連中にとっては、呪いの伝説も足枷にはならず、むしろ購買欲を掻き立てられる。【ホープダイヤ】そのものは一つしかないのだから、そういう連中がいるだけで、価値は青天井というわけだ」
「そういうこってす。加えて、亡国の王家が所有していた時期に、その国の国旗が青をベースにしたものであったせいで、【ホープ】はすっかりその国の象徴みたいな印象を持たれてまして、いまでも国宝級だと」
「そんなところも似てるんだね……。それはなんて国だったの?」
「神聖ホープ王国です。百年くらい前に亡びた国でやすね。【ホープダイヤ】という名も、その国名が由来でやんす」
「ああ、そこは違うか。僕の知っているホープダイヤは人名由来だ」
「なるほど。同じ名のダイヤが二つもあるというのは、なかなか数奇なものを感じやすね」
「そうだね。とはいえ、呪いの宝石なんてものは珍しくはない。遠く離れた場所にあれば、名が被る事くらいはあるだろうさ」
「そうかも知れやせん」
立て板に水の受け答えを繰り返す、チッチとショーン・ハリュー。俺からすれば、もう今日は、商人たちとの会合で頭を使い過ぎたせいで、難しい言葉は右の耳から入っても、左から駄々洩れていく始末だ。眠くなってきた……。
「まぁ、伝説なんて所詮、無責任な噂話に過ぎないしね。僕の知っている呪いの宝石に残っていた伝説も、調べてみたらほとんど未確認だったり、大げさな誇張や、もっといえば明らかな嘘ばかりだったよ。ハリー・ウインストンなんて、ジョークのネタにしていたくらいさ」
「へぇ、肝が太ぇ方もおられたもんで」
おどろおどろしい呪いの逸話ばかりが残る【ホープダイヤ】の話にも、ショーン・ハリューは不敵に微笑み、まるでただの世間話をしているかのようだ。いや、まるでじゃない。たぶん、まったくそんな伝説を信じていないのだろう。それに対するチッチもまた、伝説を本気で信じてはいないのか、同じように笑っている。
俺なんかは、そういう話に心動かされちまう質なんだが……。こういうところが、いい歳してショーン・ハリューよりも、自分が子供に思える原因なのかも知れん……。
「だからまぁ、その【ホープ】を求めている連中の気持ちは、わからないじゃない。大きな宝石には、どういうわけかそういう呪いの伝説が付き物だ。求めているだけなら、悪い事じゃあないしね?」
「そうでやすね。しかし、だからといって、旦那には迷惑なお話では?」
「それはそうだけれどね」
苦笑するショーン・ハリューに、チッチも「へへへ」と笑う。【ホープ】のような宝石の持ち主であるショーン・ハリューにとっては、そんな連中の存在はやはり迷惑でしかない。それを狙って、胡乱な輩が群がってくるのだからな。
「まぁ、そんなわけで、ショーン様の杖にあしらわれている宝石は、本当に【ホープダイヤ】なのか。もしそうなら、売り払ったらいくらになるのか。噂の【白昼夢の悪魔】は、どこからそんなものを手に入れてきたのか……。アルタン中の酒場では、ここ一ヶ月の間、そんな噂で持ち切りなんでさぁ」
「なるほどなるほど。だから、欲の皮が突っ張った輩がウチに襲撃をかけてくるかも知れない、と。それがチッチさんの
「まさかまさか! 酒場にいけば誰でも手に入れられるこんな情報で、金を取ろうだなんて思いやせんよ。ここまでは、あくまでも話の枕。あっしが売りたいのは、それを前提とした情報です。この情報屋チッチを、あまり見くびらねえでくだせえ!」
憤慨するように、チッチは腕を組む。勿論、それはあくまでもポーズであり、本気で怒っているわけではない。ショーン・ハリューもまたわかっているようで、チッチのコミカルな仕草にクスクスと笑っている。
「ごめんごめん。それでは、本当に君が売ろうとしているものを、陳列棚に乗せてくれないかな。恐らくそれは、僕の求めているものと相違ないと、既に確信はしているよ?」
「へへへ……。流石は旦那。察しのよろしいこって。あっしがショーン様にお売りしたい商品は、そんな噂に踊らされて、動こうとしている連中の情報でさぁ」
「よし、買った!」
パンと机を叩き、あっさりと情報を買うと宣言したショーン・ハリュー。未だ値段すら提示されていないというのに、その即断即決の対応はチッチも意表を突かれたようで、ラダと合わせて驚いた顔をしていた。俺はといえば、なんとなくショーン・ハリューならやりそうだと思っていただけに、そこまで驚きはなかった。
とはいえ、流石に値段も聞かないとは……。あとから法外な値段を請求されたら、どうするつもりなのだろうか?
「まぁ、あとからぼったくるつもりなら、それをやってもいい。そんな度胸があるなら、ね?」
「いやいやいや! 是非とも、適性の価格でお売りしますって!」
してやったりとばかりに付け加えられたショーン・ハリューのセリフに、チッチは慌てて首を振り、それでも足りないとばかりに両手も振る。どうやらショーン・ハリューは、それもまたポーズだと思ったらしく、クスクスと笑っていた。
いや、たぶんアレは、本気でビビってたぞ……。
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