第11話 情報屋ペア

 食後、俺たちはただの雑談を交わしつつ、茶をしばいていた。話題は主に、俺の経歴について。これもまた、冒険者の基礎を学ぶ一環だと言われた。

 だが当然ながら、俺に寝物語の冒険譚のような経験はない。どれもがいたって普通の、無難なモンスター討伐の話だ。当然、個人的に命の危険を覚えた事はいくらでもあるし、何度ももうダメだとも思った。

 だが、そんなチンケな経験は、眼前にいるダンジョンの主を討伐して、一気に上級冒険者にまでのぼり詰めたショーン・ハリューに語れる程のものじゃないだろう。軽めの失敗談や教訓話として、注意点を誇張して語るにとどめた。

 ただ、どうやらショーン・ハリューや執事見習のディエゴにとっては、それなりに面白い話だったらしく、子供のように――実際子供だったな――目を輝かせて話を聞いていた。それから、俺が語った経験談から、対策じみたものをあーでもないこーでもないと語り始めるショーン・ハリューとディエゴ。二人とも、いまさら冒険者なんてヤクザな商売なんぞしなくても、生活は安定しているだろうに。

 俺は彼らの対策会議の間に用を足そうと、離席する旨を伝えて席を立つ。そして、わかっていた事でもあるが、そのタイミングで接触を図ってくるヤツがいた。

 俺が便所に入り、戸を閉めようとしたところで、二人分の影が狭い便所に無理に押し入ってくる。


「おい、ラベージ! お前と一緒にいるの、あの【白昼夢】だよな?」


 小人族ではないと言い張っている、身長一五〇センチ程度の小男の方は、俺と同じく五級の冒険者、チッチだ。彼は、冒険者の他に、もう一つ副業を持っている。いま話しかけてきたのも、その副業の為だろう。


「なにがあった? ウル・ロッドにでも弱味握られて、傘下に入ったとかか?」


 もう一人は、チッチの相方であり、チッチとは真逆の印象を受ける見た目の女だ。長身でやや逞しい体付き、その分胸も大きい。頬に大きな爪の傷跡があるものの、凛々しい美人である。名はラダ。昇級していなければ、彼女はまだ六級だったと思う。


「まさか、ラスタたちとの揉め事で、パーティから追い出されたから、マフィアの下っ端になったなんて言わねえよな?」

「いや、噂のハリュー家の使用人って線かも知れないよ。ホラ、警備の私兵も兼ねて」

「ああ、それならあり得る!」


 狭い個室に押し入ってきた、仲のいい男女にのべつ幕なしに質問なんだか、二人の掛け合いなんだか、よくわからないものを見せられて、俺は心底ゲンナリする。勘弁してくれ……。

 それにしても、流石チッチ。もう俺が、パーティから追放されたという事は知っていたのか。だが、流石にマフィアの一員になったという噂が立っては困る。俺はその点を、即座に否定した。


「違う。ギルド……というかグランジに頼まれて、彼に冒険者の基礎を教える手筈になってんだよ。いまはまぁ、その依頼外ではあるが、護衛って名目でお付きをしている」


 俺の言葉に、チッチは得心したといわんばかりに腕を組んで頷き、ラダもまた『へぇ』なんて言いながらドアの向こうのショーン・ハリューの方へと視線を向けた。


「ははぁ、なるほど。まぁ、たしかにハリュー姉弟はとんでもねぇ早さで昇級したからな。その分、足りてねえ知識や経験を積ませようって腹か。ギルドとしても、自分たちが上級にした冒険者が、他所で中、下級みたいなヘマやらかされたら、そっちにまで飛び火するって感じか?」

「そういうこった、チッチ。変な情報流すんじゃねえぞ?」

「たりめぇだろ! ガセなんぞ流したら客が離れらぁ!」


 チッチは憤慨するように鼻を擦りながら声を張る。情報の精度に対しては、一家言あるらしい。

 彼は、冒険者でありながら、その界隈の情報に長けた、一種の情報屋でもある。割と正確な情報を掴み、脚色などをしない為に、俺も重宝している。だからこそ、俺はチッチに一つ提案をしてみた。


「なぁ、チッチ? もしお前が良ければ、ショーン・ハリューを紹介してやろうか? 金回りはいいし、いい顧客になると思うぜ?」

「は、はぁ!?」


 俺の提案に目を丸くしたチッチは、しかし即座に考え込む。いろいろな点で恐れられてこそいるが、ハリュー・ショーンと繋ぎを持っておく事自体は、悪い話じゃない。情報屋であるのなら、なおさらだ。

 ショーン・ハリューが無駄に恐れられている一因は、外部との接触が足りず、公になっている情報があまりにも不穏過ぎるからだ。チッチを介して、彼の穏健な部分が少しでも伝われば、いまの腫物を扱うような対応も、少しは和らぐと思うのだ。

 チッチとしては、近付き過ぎて火傷をしないのか心配しているのだろうが、俺が接触した感じじゃ、ショーン・ハリューは大抵の事なら笑って許してくれる度量はある。チッチもまた、不用意に踏み込み過ぎない程度の分別はある。この二人の取り合わせは、そんなに悪くないと個人的には思っている。

 勿論、悪魔の逆鱗に触れたら火傷どころか、消し炭すら残らないだろうが……。


「敵対さえしなければ、あの人は割と人付き合いのいい性格だ。だが、敵も多く、必要としている情報も多い。客としても、いい相手だと思うぞ?」

「ふぅむ、なるほど……。で? お前は俺を仲介して、どんなメリットがあるんだ?」

「信用できる情報屋を紹介するのも、仕事の一環だろう。下手なヤツに当たったりしたら、大惨事になりかねねぇ。あの人の場合、本当に町一つ潰しちまいかねないだろ?」

「そ、そらぁ、まぁ……」


 俺の言葉に、悪い情報屋に騙されたショーン・ハリューが、なにをするのか想像をしたチッチが、震える声で頷いた。


「それでもまぁ、俺のメリットがあった方が安心ってなら、払いのいい客を紹介した俺に、いつか酒を奢ってくれればそれでいい。平穏が一番の報酬ってヤツさ」

「そらまた、熱心な教育係だねぇ」

「まぁな」


 チッチは意味ありげに笑い、俺は肩をすくめる。相方のラダは、そんな俺たちにため息をついて腕を組む。というかラダ、お前女なんだから、さっさとここから出てけ。

 便所から戻ったその足で、ショーン・ハリューの前に、二人を連れていった。どうやら俺たち三人が同じ便所に入ったところを目撃したようで、ショーン・ハリューとその執事、そして幼い執事見習までもが、気まずそうに目を逸らしている。

 いや、別にいかがわしい事なんてしてないぞ?


「あー……、ショーン様。こいつがチッチで、こっちがラダ。冒険者仲間で、チッチは情報屋もやっているんです。それなりに精度の高い情報を扱っているヤツなんで、俺も良く情報を買っています。適当な輩に頼るよりかは、こいつの方がアテになりますんで、この場で紹介したいと思ったんですが……」

「へぇ。なるほど、情報屋かぁ。そういう人脈もあった方が、冒険者としてはいいんですか?」


 呑気そうに聞いてくるショーン・ハリューに、俺は頷く。


「そうですね。特にショーンさんの場合は、繋ぎを持っておいて悪い事はないかと。事前に危険を察知できる可能性は、あった方がいいですよ?」

「なるほど、それはたしかに!」


 納得したのか、ショーン・ハリューはチッチに対して席を勧めた。席が足りない為、俺はチッチの相方であるラダと一緒に、彼の後ろに立つ。そうなると当然、執事と執事見習も座っているわけにいかないようで、ショーン・ハリューの後ろに立った。


「それではチッチさん、僕に売りたい情報はありますか? あなたの商品、僕に見せてください」


 ショーン・ハリューはそう言ってから、まるで料理を待つ美食家のような態度で、内心を読みにくい笑みを浮かべて手を組んだ。



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