第39話 似合わない笑顔とお似合いの冗句

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 その後、ダンジョンについての情報を【愛の妻プシュケ】の二人が伝え、ウーさんもそれを紙に記していく。

 一層は小鬼ばかり。二層は小鬼に豚鬼が混じる。三層はそこに、大鬼まで加わる。三層に辿り着いた自分たちを、ダンジョンの主が排除にかかり、撤退を余儀なくされた。

 報告内容を要約すれば、そんなところだ。あとは、彼らが通った三層までの順路であるが、ダンジョン内の模様替えは容易なので、あまりアテにはならない情報だ。


「――だが、これじゃあ鳥系モンスターの出現に説明がつかねえぞ? 三層までにはいなかったのか?」

「そうなんだよ、オヤジ! 俺たちもそれぁ気になっていたんだが、行けども行けども鬼ばかり。そもそも、洞窟内で鳥系は自由に動けねえ。んなモンを、ダンジョンの主が使うかって話でよ!」


 ギルマスがペンの尻でこめかみをグリグリしつつ呈した疑問に、ジョンさんが同意して捲し立てる。ケーシィさんもそれに同意するように頷いて、情報の蓋然性を担保していた。


「となると、三層以降に鳥系モンスターが巣食う層があるって事か? 思っていた以上に、規模のデカいダンジョンなのか? だが、人里から離れ、これまで誰にも見付かっていなかったダンジョンで、それだけデカくなれるもんか?」

「それは、俺たちにもわからねえよ……。鬼系ばかりだから、ダンジョンの主は鬼系なんじゃねえかって思ってたんだが……」

「三層だって、出来たての小規模ダンジョンにしては、結構広いなと思ったくらいだ。もしかしたら、俺たちが見付ける前に発見したヤツらは、全部餌食になってたってオチかもな」

「それらしい未帰還者がいたって話は聞かねえが……。運悪く、下級の連中が立て続けに突っ込んでたら、ない話でもねえのか……? あるいは、帝国領辺りから流れてきた、山岳民族が餌になったってぇ線もあるか……。いや、そこら辺は先の割譲で、まつろわぬ民ごとこっちの分担になったんだったか? 面倒臭ぇ……」


 深刻そうな表情と声音で話し合う三人を、僕とグラは第三者的立ち位置で見守っていた。だからといって、けっして傍観者に徹していたわけではない。これも重要な情報収集である。

 一般的に、五層程度が小規模ダンジョンにおける階層だといわれている。まぁ、普通のダンジョンは下へ下へと規模を拡大していく為、ダンジョンの広さというものはそこまで重視されない。精々、侵入者への妨害になる程度の広さを用意する、程度の認識だ。

 これが深くなると、ダンジョンの強度を保つ為に、ある程度の広さが必要になってくるのだが、地表付近でそんな配慮は必要ない。まして開口部を有する一層であれば、僕らが最初に作った地下室程度のダンジョンであろうと、問題なく存在できる。

 その後もディスカッションを続け、わかっている事、わからない事の情報共有を終えて、彼らもようやく一息を吐く。僕もまた、付近のモンスターや野生動物の情報を提供したので、まるで役立たずではなかった。

 話し合いで乾いた喉に、ギルド側が提供してくれたお茶を流し込みつつ、僕らは雑談に興じていた。その一環として、僕は今後の予定をウーさんに伝えておく。


「それにしても、丁度良かったです。実は、討伐を終えたトポロスタンのダンジョン遺跡へ、ダンジョン性エネルギーの研究の一環で赴くつもりだったんですよ。伯爵家での用事を終えたらと思っていたのですが、今回の一件で時間を取られるようだと困った事態になるな、と」

「ったく、ぬけぬけと言いやがって。まぁどの道、宝箱もない、いるのは鬼系ともなれば、しばらくは上級冒険者の出番はねえ。中、下級を使って、ダンジョン側のリソースを削らなきゃなんねぇが、現場までもかなり距離がありやがる。なかなかに面倒なんだよ」


 ウーさんはそう言って嘆息する。まぁ、こっちとしてもその辺りは、狙ってあそこに開口部を作ったところはあるので、内心で狙い通りとほくそ笑みつつ、表面では苦笑してみせた。

 下級冒険者は、浮浪者やチンピラに毛の生えたような者や、食い詰め者や口減らし紛いの子供も多い。そんな連中が、食い扶持を求めてダンジョンに殺到した場合、高確率で道中、モンスターや野生動物の餌食となる。

 しかも、それが続けばダンジョンまでの道は、そいつらにとってと認識されかねない。そうなれば、不必要な危険が生じ、ダンジョン攻略に遅れが生じかねない。

 そうならないよう、ギルドは下級冒険者を使って、ダンジョンまでの道を整備する腹積もりのようだ。まぁ、流石に街道のような立派なものを用意するのではなく、多少マシな獣道程度になるようだが、木を切り倒し、できるだけモンスター等が身を隠せるようなものを排除して、道中の安全を担保する腹積もりらしい。

 やはり、人里から離れたダンジョンへの対処はかなり緩慢だ。まぁ、僕らが知る冒険者ギルドのダンジョンへの対処は、アルタンの町中に現れたバスガルのダンジョン、アルタンの町付近に現れたミルメコレオのダンジョン、そして先日のトポロスタンのダンジョンのものだ。緊急度が段違いなのだろう。

 やはり、人間の集落の近くに生まれるのは、リスクが大きいだけだな。


「【愛の妻プシュケ】の二人抜きでも、手は足りていますか? 戦闘能力でも、探索能力でも、お二人は中級の中でもかなり上澄みのように思いますが」

「そらまぁ、他の五級がいないわけじゃねえ。手は足りてらぁ。ただまぁ、調子に乗るからあまり言いたかねぇが、サイタンの冒険者の中では、こいつらがピカ一ではあらぁな」


 ウーさんが無精ひげを撫でつつそう言うと、【愛の妻プシュケ】の二人も照れたように頭を掻く。なお、サイタンにいる上級冒険者は、僕らだけだ。といっても、アルタンに【アントス】や、【雷神の力帯メギンギョルド】のメンバーの一部がいる以上、緊急時に呼び出す手は足りていると見られている。

 まぁ、隣領であるトポロスタンに呼び出されるくらいなので、上級冒険者はどこでも引く手数多であり、各町に一パーティを配するようにはいかないのだろう。精々、領地に一、二パーティといったところだ。


「だからこそ、他の冒険者の規範になってもらわにゃならん。テメェらが規律を軽んじれば、他の奴らも軽んじる。ただでさえ、無法者も混じってるような連中だ。タガが外れりゃ、俺たちゃただの無法者集団だ。そうなりゃ、ご領主様も手を下さざるを得ねえ。サイタンの冒険者の頭ぁ張るつもりがあるんなら、そこら辺を肝に銘じやがれ」

「「へい……」」


 結局説教される事になって、小さくなっている二人を、ウーさんは男臭く笑った。その豪快な笑いに、どういうわけだか僕も、父を思い出して胸が締め付けられ、鼻の奥がツンとした。


 ●○●


「ふぅ……。ようやく終わったぁ……」


 ギルドの扉を出て、伸びをしつつ言葉を吐く。なんだかんだ、ここ数日の疲労でくたくただ。できれば、さっさと宿に戻って一眠りしたい。もしくは、本体のコアに戻って作業したい。

 あっちは睡眠が必要ないからね。依代を休眠させつつ、本体で作業する事も可能なのだ。……なんだか、我ながらかなりブラックな環境だな……。


「「旦那ァ!!」」


 などと考えていたら、背後から大声がかけられる。振り向いた僕はぎょっと目を剥くハメになった。

 よりにもよって、ギルドを出たばかりの天下の往来で、【愛の妻プシュケ】の二人が地に頭をつけて平伏していたのだ。

 時刻は昼を過ぎたばかりの、人通りはかなり多い頃合い。冒険者ギルドがあるのは、町の中心部というわけでもないが、別に寂れた一角に佇んでいるわけでもない。当然、この奇行には衆目が集まる。


「――ちょ、なにやってるんですか!?」

「いえ! これくらいしねぇと、俺たちも立つ瀬ってもんがありやせん!」

「俺たちがバカやって、その尻拭いどころか、罰の軽減と肩代わりまで……ッ」


 ケーシィさんが声を詰まらせている。昨日の男泣きを思い出して、正直いますぐこの場を逃げ出したい気分だ……。なにより、周囲からの視線が痛い……。


「本っっっ当にっ、すいませんしたァ! お世話になりやした!」

「この恩は絶対に忘れません! どうか、手が必要なときは俺たちに声をかけてください! 一も二もなく駆け付けますんで!」

「わかったから! 遠慮なくこき使うから! とにかくそれやめて! ホラ! 探索と野営続きで、ろくなもの食べてないでしょ! これで、酒場にでも繰り出して、地の匂いと、ついでに森と土の匂いを、酒で洗い流して来てよ!」


 僕はそう言って、懐から革袋を取り出して彼らの前に投げる。依頼前に、コインの種類で話題になった報酬であるが、契約違反の彼らの取り分はかなり減額されている。まぁ、それは僕も同じだが、それとは別に財布くらいは用意している。

 サイタンでは、いま現在ネイデール金貨が使いにくいのは、ギルドの言う通りだろうしね。元々、その報酬も寝かせる予定だったし。


「こ、こんな……、流石に受け取れねぇよ、旦那。これ以上借りを作っても、こっちは返しきれねぇぜ」

「対外的には、君たちは僕の依頼でギルドからの契約を蹴った形になる。この程度の報酬は、まぁポーズとして受け取っときなよ。じゃないと、君たちをタダ働きさせたって、僕の方に悪評が付くんだ」

「で……、でもよ……」

「ジョン。ここは受け取っておけ。ここでそれを返される方が、旦那としても格好が付かねえよ」


 なおもジョンさんが言い募ろうとしたのを、ケーシィさんが止めてくれる。その事で、ジョンさんは周囲からの視線を意識したのか、バツが悪そうに苦笑する。


「さぁ、それじゃあさっさと立って、酒場にでも繰り出してください! サイタンを代表する冒険者が、いつまでも地に膝なんてついてないで!」


 パンパンと手を叩くと、ようやく二人は立ち上がった。やれやれだ……。

 僕はこれ以上は勘弁してくれとばかりに、ジョンさん、ケーシィさんの腹を軽く叩く。それから、最後にちょっとハリウッド映画を意識したニヒルな笑みで振り返ると、そのまま歩き出した。我ながら似合わない事は自覚している。


「旦那! だったら、旦那も一緒に呑みやせんかっ!?」


 なおも食い下がってきたジョンさんに、苦笑して振り返る。やはり、僕のアルカイックスマイル程度では、場を締めるには力不足だったか……。

 アルカイク美術には、あまり詳しくないんだよ……。足りないのは、知識ではなく、酸いも甘いも噛み分けた、大人の渋みであるという点には目を瞑ろう。


「見ての通り、酒はあまり得意じゃないんだ。それに、そろそろおねむの時間だ。大人は大人で、楽しくやるといい」


 そう言って、今度こそ引き留められないよう、後ろ手に手を振りつつそそくさとその場をあとにする。ニヒルな笑顔よりも、外見を揶揄した冗談の方が、場を収めるのに適しているこの体が少々恨めしい。

 終始隣りにいた、グラの無表情を見るのが、いまばかりは心底気まずい……。


「……あまり悪い事ばかりしていると悪魔が出るぞー、の方が良かったかな?」

「あなたが悪魔と呼ばれる事を良しとするなら、別に良いのでは?」


 うーん……。それはそれで面倒事が増えるんだよなぁ。サイタンの住民には、割とウケがいいんだけど。



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