第38話 サイタンの町のギルマスオヤジ

 ●○●


 すっかり打ち解けた【愛の妻プシュケ】の二人と、交代で睡眠をとりつつ野営をしていると、翌日のかなり早い時間にグラはやってきた。


「お昼って話だったよね?」

「早くて困るという事はないでしょう? 二人がいなければ、昼まで待って撤退すればいいだけの事。いるなら、できるだけ早く撤退するに越した事はないはずです」


 まぁ、それはそうだけど。それらしい理屈も、できるだけ早く僕と合流する為だというのが丸わかりな為、なかなかに白々しい。ま、グラも自分の本体であるダンジョンコアの安否が、気にかかったという事にしておこう。


「それじゃ【門】を開いてくれる? それと、もし魔力に余裕があるようなら、ジョンさんの脚に【回復術】を使ってあげて。あ、帰ってからでいいよ。【回復術】を使ってから、魔力切れになったら事だしね」

「ふむ。わかりました。ともあれ、ここは即座に撤退しましょう」


 二人の様子を確認しつつ、僕の言葉の意図を察したグラが頷く。後ろの二人の様子は、まぁ、見なくてもわかる。【転移術】のみならず【回復術】まで使えるグラに、自分たちの為だけに魔力を使わせるというのは、言ってしまえば有名な医者や技術者、社長なんかの時間を、自分の為に使わせるくらいには、心苦しいものだ。場合によっては、それだけで莫大な対価が必要になる。

 実際、神聖術師の魔力と時間を得る為には、王侯貴族ですら莫大な費用を要し、コネをフル稼働して予約を得なければならないのだ。グラの魔力と時間というものは、それに匹敵する価値があるというのを、五級冒険者にもなればわかっているだろう。

 なお、下級冒険者の場合、それすらもわからない者も多い。


「す、すみませんグラ様……」

「ありがとうございやす……」


 すっかり委縮してしまったケーシィさんとジョンさんが、謝罪と礼を述べて【門】をくぐる。その先は、サイタンの町の外の門の付近だ。一応、僕らは【転移術】を用いて、いきなり町内に転移をしないよう自主規制している。

 この辺り、法整備が整っていないのだが、そもそも転移術師は国にとっても希少かつ重要な存在である為、国も領主も法整備には腰が重い。そんな事をせずとも、ほとんどの転移術師は自分たちの管理下にいるのだから。

 勿論、外国の転移術師に対しては神経を尖らせているだろうが、その外国においても貴重な存在を、むざむざ前哨として使い潰すような事はしない。その為、あまり法整備の必要がないともいえる。

 久しぶりに二人きりになったグラが、無表情ながら僅かに口元を綻ばせて問うてくる。


「それでは、私はこのあと少し疲れた演技をしていればいいのですね?」

「うん。二人に恩を着せる為にも、他所から変なツッコミを入れられない為にも、なにより君の魔力量を他者に覚られない為にも、かなりの魔力を消耗したという事にしておいて」


 正確に言うなら、『グラ』のではなく『依代』のだが。その内包するエネルギーは人間など言うに及ばず、また消費できる分量すらも、人間の生命力とは扱いが違う。身バレのリスクは、できるだけ下げておきたいのだ。

 まぁそれも、バスガルのダンジョンにおいて、かなり大盤振る舞いをした為、どこまで秘匿ができているのかは、正直不明確だが……。あそこまで切羽詰まってなかったら、ダンジョンコア自ら敵地に赴く必要なんてなかったのだが……。


「わかりました。ダンジョンの方は?」

「あの二人以外の侵入者はなし。まぁ、別の開口部も人里から結構離れているし、そっちから外に出ているのは、小鬼や豚鬼だからね。まずそれで、察知される惧れはないだろう」

「まぁ、例え侵入者がいたところで、早々に四階層を踏破する事など不可能です。大規模な人員を投入しようと思えば、我らも知るところとなりますし、まず大丈夫でしょう」

「そうだね。だけど、念には念を入れないと。事は、君の身の安全に関わる事態だ」

「はい。同時に、あなたの身の安全にも関わる事態です」


 そう言って頷き合ってから、あまりに二人との時間差が生じると不審を招くとして、さっさとサイタンへと移動した。


 ●○●


 僕らはサイタンに戻ると、着替えもせずにギルドへと赴き、その足で会議室まで通された。すぐさま、そこそこの幹部みたいな人に尋問されたのだが、開口一番僕が――


「ギルドマスターにだけ話をします。それ以外の人に、どこまで話していいのか、こちらでは判断がつかないので、お手数ですがお呼び出しをお願いします」


 と、言い切った。そのギルド職員も、こちらのつっけんどんな態度に鼻白んだような様子だったが、流石に先の戦における立役者のハリュー姉弟である点、そして先日グラが正式な伯爵家の家臣入りをした点を考慮してか、時間はかかったがギルド支部長マスターを呼んでくれる事になった。

 時間がかかるようなら、一旦宿に戻って着替えや湯浴みをしてこれたのだが……。


「おう。お前らが、ギルドこっち側の命令を無視して、新ダンジョンに留まったってぇ三人かぁ?」


 サイタンのギルマスは、かつては筋骨隆々の冒険者だったのだろうが、流石に鈍りが窺える体付きの、五十代と思しき男性だった。ただし、その分有無を言わせぬような威厳と老獪さが窺えた。皺の一本一本が、彼の重ねてきた年月を物語り、その経験に裏打ちされた自信が、全身から漲っているうようだった。

 それにしても、正式な伯爵家家臣を前にしても、初対面で自己紹介すらしない辺りは、流石に豪胆を通り越して無礼に思えるが……。あ、チッチさんたちと帰還した際に、グラとの挨拶は終えていたのかな?


「オ、オヤジ、この人は――」


 ジョンさんが、自分たちと僕を一緒くたに罰しようとしているギルマスから、僕を庇おうと口を開いたようだが、僕はそれを手で制す。悪いが、ギルマスを呼び出した時点で、真実には嘘の暗幕の奥に死蔵するつもりなのだ。


「どうもこんにちは。僕の名前はショーン・ハリューです。四級冒険者、ハリュー姉弟の片割れを勤めています。どうぞ、お見知りおきの程を」

「サイタンのギルマス、フェイソフ・ウーだ。言っとくが、四級冒険者や伯爵家の家臣の弟だからって、手心を加えてもらえるだなんて思うなよ?」


 ギンと音がしそうな程に、鋭い視線で睨み付けてくるウーさん。どうやら、サイタンの冒険者たちからは『オヤジ』と呼ばれているようだ。アルタンのイケオジギルマスであるグランジ・バンクスさんと同様、元冒険者といった風情だが、未だ現役を名乗れそうなあちらと違い、こちらは完全に引退済みのおじさんって感じだ。


「重々承知しております」


 僕はそう言って頷いてから、わざわざギルマスを呼び出した理由の根幹を、彼に問う。


「ところでウーさんは、昨今あちこちのダンジョンから発見されているについては、ご存知ですか?」


 僕の問いに、ウーさんは方眉をピクリと跳ね上げさせるだけで、無言を貫いた。射貫かんばかりの眼光に、僕は盾を構えるような心持ちで営業スマイルを堅持する。


「……そういえば、お前らがアルタン近くの、生まれたてのダンジョンを処理したんだったか……。ダンジョンの主の死体の損傷が酷くて、アルタンの職員が嘆いてたって話だぞ?」

「申し訳ありません。ダンジョンの主といえばバスガルのダンジョンの主だったもので、最後の一撃の威力が大きすぎました」

「ふん。まぁいいわい。お前らが宝箱について知っているのは構わんが、それをこいつらがいる場所でバラしたってのは、どういう了見だ?」


 ウーさんが顎でしゃくった先にいるのは、当然【愛の妻プシュケ】の二人だ。彼らはまぁ、僕が知らせるまでもなく宝箱について知っていたわけだが、ここでそれをバラすのは、彼らにも、彼らに情報を伝えた人にも面倒な事態だろう。なのでここは――


「ええ。彼らには、新たに発見されたダンジョンに、宝箱が設置されているか否か、確認してもらう為に情報共有させていただきました。もしあった場合、かなりの緊急事態かと思いまして」

「守秘義務違反だな……。わざわざコイツらを残さずとも、【バクスタン】を残せば問題なかったはずだが?」

「その場合、【愛の妻プシュケ】は蚊帳の外におかれる事になります。同チームでありながらそのような真似は、決定的な亀裂になりかねないと思いまして。もっといえば、ギルドが紹介したこの二人は秘密を守れるだけの信用があるのだと、勝手に判断しました。申し訳ありません」


 そう言って頭を下げる僕を、ジョンさんとケーシィさんが止めようとするが、下げた頭で隠れるのをいい事に、睨み付けて制止する。


「……ところで、ウーさん。僕の耳には、昨今あちこちのダンジョンに『宝箱』が現れ始めたという情報が、ちらほらと入ってきております。冒険者ギルドにとって、これは由々しき事態のはず。できるだけ早急に対処する為にも、新たに発見されたダンジョンに、宝箱があるかないかは重要な確認事項だと思われます」

「…………」

「無論、だからといって独断専行、依頼内容の無視を正当化するつもりはありません。ですが、こちらも緊急依頼でトポロスタンのダンジョンの主を討伐したばかり。【雷神の力帯メギンギョルド】や【アントス】の方たちを、曖昧な情報で右往左往させたくなかったんです。その為にも、できるだけ正確な情報を掴んでおきたかったのが、その理由です」


 そこまでの弁明を終えて、言いたい事は言い終えた僕は口を閉じる。あとはギルマスの判断を仰ぐだけだ。

 まぁ、ここまで言っておけば、頭ごなしに【愛の妻プシュケ】の二人が罰される事はあるまい。こちらとしても、冒険者としての資格がなくなるのは勘弁なので、ある程度穏便な沙汰を願いたい。


「理屈は、まぁわかった……。たしかに、お前らがアルタンの近くで見つけた宝箱からこっち、あちこちのダンジョンで宝箱が出始めてる。ギルドはその対応に大わらわだ」

「やはりそうでしたか」

「そこで気になるのは、お前さんの持ってた情報だ。どこからのもんだ?」

「申し訳ありませんが、情報源は明かせません。ただ、市井一般に流れる類の噂ではありませんので、ご安心ください」

「ふぅむ……。ま、いい事にしといてやる。こっちも、手を突っ込んだ先に、カベラだのウル・ロッドだのがいたら事だ。まして【暗がりの手】だったりしたら、この歳で寝小便が再発しそうだ」


 それは、その歳だからという事はないかな?


「ハハハ。我が家も情報網はできるだけ広く張っているという事です。流石にまでは届きませんがね」

「…………。わかった、ここはこっちが折れてやる。そんでも、一応は契約内容に反した分のペナルティは背負ってもらう」


 ウーさんはそう言って、三枚の書類を書き上げた。内容は、僕と【愛の妻プシュケ】の三人は、しばらく新たに発見されたダンジョンに赴く事を禁ずるというものだった。上、中級冒険者にとっては、飯の種を取り上げるような罰だ。

 まぁ、こっちとしては全然構わないんだけどね。


「わかりました。謹んで承ります」

「おう。テメェらも文句はねえな?」


 最後にウーさんが、【愛の妻プシュケ】の二人にも了解を取る。二人は言われるがままに頷いていたが、覚悟していたよりも軽い罰に、胸を撫で下ろしているのが丸わかりだった。ウーさんはその姿を見てから、こちらにもジロリと視線を送ってきた。

 僕はそら惚けて笑みを作った。



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