第37話 渡世の義理と邪なたくらみ

 ●○●


「あ、すぐにこっちへ来てください。【誘引ピラズィモス】が影響した小鬼が、殺到して来かねませんから!」


 僕が声をかければ、二人は慌ててこちらへとやってくる。すぐさま出入り口に向かおうとすると、少しだけ名残惜しそうに足元の魔石を見ていた。

 まぁ、これだけの量の魔石なら、安く見積もっても一月から二月分くらいの食費にはなるだろうからね。とはいえ、回収している暇などないとわかっているのか、特に文句も言わずに出入り口へと向かう【愛の妻プシュケ】の二人。

 どうやらジョンさんが足を負傷しているらしく、その速度は迅速とは言い難がったが、一応は自力で歩けているので、手を貸すまでもない。僕はその間に、彼らの背後から押し寄せてきている小鬼たちを排除する。

 といっても、基本的に小鬼退治なんてのは飛び込んできた虫を、ハエ叩きで打ち返すようなものでしかない。両手の斧に加えて、水の尾という手数がある僕にとっては、然程の苦でもない。

 程なく、【愛の妻プシュケ】の二人がダンジョンを脱出し、僕もまたその背を追ってダンジョンから出る。ダンジョンの出入り口まで迫った小鬼たちは、こちらの脱出を機に、一気に闘争心を失くしたかのように、三々五々に散っていった。

 ふむ、興味深い。どうやら、いかに幻術を用いても、ダンジョンのモンスターを、ダンジョンの外に誘き出す事はできないようだ。

 まぁ、もしそれが可能だとすれば、受肉していないダンジョンのモンスターは、ダンジョン外に出ると同時に存在を維持できず、DPとして霧散し、自然のエネルギーの一部として拡散してしまうはずだ。攻略側は労せずダンジョン入り口周辺のモンスターを全滅させられるので、ダンジョン的にはある意味良かった。


「おっと!」


 しかし、それは裏を返せば受肉している場合は、その限りではないという事。僕はダンジョンから飛び出してきた小鬼に意表を突かれつつも、その矮躯を蹴倒して、腰の【鎧鮫】を投擲する。

 過たず、延髄を穿たれた小鬼は絶命するが、その体は霧散しない。まぁ当たり前だ。

 それだけ確認すると、僕は気を取り直してここ数日の拠点にしていた野営地に足を向ける。焚き火跡の側では、【愛の妻プシュケ】の二人が、喘鳴をあげて伸びていた。


「野生動物や野良モンスターの襲撃もありますので、あまり気を抜き過ぎないでくださいね。水と食料はありますから、足りなければどうぞ。一応、周囲の警戒はしますが、僕にチッチさんやジョンさんのような、万全の警戒なんて期待しないでくださいね」

「ハァ……、ハァ……――どーもぉー……」


 言葉少なにそう返すのが精一杯とばかりに、地面に転がったままのジョンさんが手を振って応答する。ケーシィさんは寝転がってこそいないものの、どっかりと地面に腰を下ろして、肩で息をしつつこちらに顔を向けて、軽く頷きつつ片手をあげる事で了承を告げてくる。どうやらこっちらは、言葉を発する体力すら残っていないらしい。

 ま、あれだけの強行軍を強いられれば、当然か。

 僕は、焚き火跡を囲むような位置取りで、二人が落ち着くまでは声をかけずに、周囲に睨みを利かせる事に専念する。気を取り直してから、水分補給や食事を取って、情報交換といこう。

――彼らが、僕のダンジョンに対して、どういう印象を受けたのか。大いに参考にさせてもらう。


「ハァ……、ハァ……――ぐっ――わ、悪かった……――」


 大の字になったジョンさんが、無理をするようにそれだけ言葉を発した。続いてケーシィさんも同じように謝ろうとしたので、手で制して僕は二人に言う。

 むしろ、こっちが居た堪れない感情に苛まれるので、このままなぁなぁにしたい。


「まずは回復に専念してください。その間は、僕が防衛を担いますので、それ以外の諸々は一旦後回しにしましょう」


 彼らがなにを謝ろうとしているはわかっているが、こちらもこちらの思惑があっての事。別に謝罪など必要ない。


「明日になれば、姉が迎えにきてくれますので、それまではここで待機します。姉に【転移術】でサイタンに送ってもらう事になります」


 それが最短の撤退であるが、グラが普通の魔術師であれば、かなりの負担である。【転移術】である事を差し引いても、消費する魔力量だけでもかなりのものだ。

 それだけ、この二人に対しての貸しも大きくなろうというものだ。

 本当は、グラの負担は最小限にしたいのだが、ぶっちゃけ依代の魔力容量を考えれば、数人分の【ポルタ】を開くくらいなら、然程の痛痒ではない。

 前述の負担云々は、あくまでも普通の魔術師の場合だ。


「「…………」」


 案の定、【愛の妻プシュケ】の二人は感に耐えないといった表情で、こちらを見ていた。精々、恩にきてくれ。


 ●○●


 回復した二人が、ようやく水と簡単な食事を摂っているのを眺めながら、僕は周囲への警戒を怠らない。

 いや、ホント、この辺りはモンスターも野生動物も結構多いのだ。この人たちを待っている間にも、なかなかの回数襲撃を受けた。


「なるほど……」


 食事がてら、ジョンさんからダンジョンについて聞き取りをする。まぁ、知ってるけど、それはね。彼らの所感も重要な情報だし、ね。


「恐らくですが、ジョンさんの言う通り、ダンジョンの主がモンスターを操っていたのでしょう。まず間違いないでしょうが、あのタイミングでダンジョンに入っていたのは、お二人と僕だけだったはずですから」

「ああ。せっかくの獲物を、取り逃したくねぇって腹だったんだろう。ついでに言えば、一、二層の段階では、ショーンの旦那が入り口に陣取っていたせいで、相手方も手出しを控えていたんだと思う」


 ジョンさんが肩をすくめつつ、ダンジョン側の思惑を推測する。

 いやまぁ、できれば二人には三層まで到達してもらって、実際に探索してもらった感想が欲しかったってのが、理由としては大きいんだけどね。


「俺たちが三層に至った事で、旦那との連携が不可能だと判断したダンジョンの主が、満を持して牙を剥いたってワケか……。アレは、二人じゃどうにもならんわな……」

「僕も、バスガルのダンジョンで経験がありますが、モンスターを物量でぶつけられた場合、対処には最低二パーティ、できれば三、四パーティは欲しいです。単純な頭数の不足は、ダンジョン攻略の最前衛には致命的です」


 まぁ、バスガルのときは、僕らは前衛どころか後方支援の位置にいたんだけどね。そこはまぁ、僕らの存在が、バスガルを刺激したという部分はある為、あまり参考になる話ではないか。


「なんにしてもここは、最前トポロスタンで発見されたものや、僕らやチッチさんが迅速な討伐に赴いたような、生まれて一週間以内のダンジョンという事はないでしょう。モンスターの排出が起こっている点でも、最低でも通常の小規模ダンジョンレベルかと考えられます。討伐においては、それなりの数の冒険者の手が必要になりますね」

「そうだな。ダンジョンの主の目を分散させない事には、同じ事の繰り返しだろうぜ」


 ジョンさんが疲れたように苦笑しつつ、片手を振ってみせる。そのジェスチャーの意味は、単独での探索など『二度とごめん』と『バカな真似をした』という反省だろうか。

 ケーシィさんも、功名心と欲に逸って命の危険を冒した事を反省しているようで、再び焚き火の周りには沈黙が落ちてきた。


「ところで、旦那」


 少し気まずい沈黙が蟠ったところで、ケーシィさんが話しかけてくる。こういうとき、口火を切るのはジョンさんの場合が多いので、少し意表を突かれた。


「なんですか?」

「なんだってあんたは、こんな場所に一人で残ったんだ? 無用の危険を冒してまで、勝手な真似をした俺たちを待つだなんて……」


 そこまで言って、ケーシィさんは口籠もる。まぁ、端的に言ってバカとかお人好し、下手をすれば、ダンジョンの出入り口で撤退してきた自分たちを狩って、労せず成果を横取りしよう、なんて最低の輩にも見えかねない。

 まぁ、結構いるらしいからね、そういう連中。特に下級冒険者に。僕も下級時代には、マジックアイテムを狙った下級冒険者に、良く追い回されたものだ。

 下級はホント、チンピラや犯罪者の率が高いからなぁ……。中級にもそこそこいるけど。


「先日ジョンさんが言ったように、一応はこのパーティの舵取り役を任されましたからね。尻拭いくらいは、仕事の範疇ですよ」


 などと嘯きつつ、チッチさんたちにも伝えた話を繰り返す。こうしておけば、まともな相手なら恩に着てくれるだろう。まともでなくて、恩も義理も感じてくれなくても構わない。

 所詮、こんな建前はグラを守る為の、聞こえが良さそうなお為ごかしでしかないのだから。

――と、思っていたのだが……。


「かたじけねぇ……。旦那に反発した俺たちの事を、それでもそんな風に案じてくれるだなんて」

「すまねぇ! 俺たち――つーか、俺ぁ、若くして上級冒険者になった旦那方に対する、嫉妬と反発心で焦ってたんだ!」


 ジョンさんがボロボロと涙を流し始めたのをきっかけに、ケーシィさんも男泣きを始める。

 いや、だから、こういうのどうしたらいいかわからないから、やめて欲しいんだって。こっちは最悪、君たちの事を殺すつもりでやってたんだっての。

 生き残っても恩に着せるつもりで――……いやまぁ、その思惑は達成できてるんだけど……。ああ、良心の呵責が……。



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