第40話 メンバー交代

 ●○●


 宿に戻った翌日にポーラさんが訪ねてきた以外、特段なにかあるわけでもなく、そろそろアルタンに戻ろうという段になって、少し問題が発生した。

 それは、僕と【愛の妻プシュケ】の二人がサイタンに帰還してから、四日後の事。再び冒険者ギルドに呼び出された僕は、ギルマスのフェイソフ・ウーさんに相談を受ける。会議室には、なぜかチッチさんとラダさんもいた。


「つまり、謹慎中の【愛の妻プシュケ】の代わりに、チッチさんたちを借りたい、と?」

「ああ。お前さんの言った通り、新しいダンジョンの探索に、腕っこきの冒険者は必須だ。特に、いい斥候ってなぁ、なかなか代替が利かねえ」

「まぁ、そうでしょうねぇ……」


 能力の高い斥候は、わざわざ特級の資格を与えてまで、ギルドで保護しているくらいなのだ。その貴重さから、中級までのパーティには斥候がいない場合もザラであり、腕のいい斥候ともなると、その価値は金銀に替えられぬものになる。

 斥候の能力で特級に列されている人の価値は、上級冒険者に至る武威を持つ者と同等と言って、なんら過言ではない。どちらも、専門の技能者であり、稀有な才能の結実である。

 まぁ、チッチさんやジョンさんは特級に認定されるような斥候ではないものの、腕がいいのはたしかだ。ギルド的にも、新しいダンジョンの攻略を確実にする為にも、どちらかはメンバーに加えたいのだろう。

 しかし【愛の妻プシュケ】の二人は、周囲への範を示す為にも加えられない。必然、白羽の矢が立つ方角は一方というわけだ。


「でもでしたら、お二人の了承があるのなら、僕らの許可なんていらないのでは?」

「いえいえ。あっしらは一応、ショーン様にアルタン=サイタン間の往復で、ウーフーらの能力査定と、お二人の護衛を依頼されてたんですぜ? 途中で勝手にサイタンで長期の依頼は受けられやせん」

「ああ、なるほど」


 まぁ、たしかにお願いしたのは行き帰りの道中の護衛、及びイミとウーフーの斥候能力の査定だった。だがそれは、あくまでも口約束というか、往路と復路で別々の依頼だ。実際、往路分の報酬は既に支払い済みで、そちらの依頼は完遂しているといっていい。

 そして復路の依頼の予定は未定なのだ。その間、こちらにチッチさんたちを拘束できるわけがない。サイタン滞在中に、別の割のいい依頼があれば、当然ながらそちらを優先しても構わないのだ。

 実際、僕らと一緒だったとはいえ、チッチさんたちはギルドからの依頼で、新ダンジョンの発見という依頼を受けている。


「律儀ですね。それで一応、こちらに一言断りを入れる必要があると?」


 苦笑しつつたしかめると、チッチさんは大袈裟に首と手を振りつつ答える。口元には笑みがあるので、別に焦っているわけではないようだが。


「いやいや、あっしらとしては、お二人には大変お世話になっておりやすもんで。もしも、多少なりとも支障があるってぇなら、それがどんなに僅かばかりな障りであろうと、このお話は一度お断りしやす。そんで、依頼を受けてお二人とアルタンに戻ってから、こっちにとんぼ返りして依頼を受けるって腹でさぁ。この界隈、不義理はなにより忌避されるもんですから」

「どの界隈でも、不義理は嫌われるだろうけどね」


 ともあれ、そういう事なら別に構わない。チッチさんたちには、元々僕らのダンジョンの探索要員として連れてきた面はあるし、是非ともこのままその任に従事してもらいたい。


「大丈夫ですよ。冒険者の本分はダンジョンを討伐する事ですから。チッチさんやラダさんの実績にもなりますし、報酬の面でもただの護衛よりかは高額なはずです」


 ウーさんを見れば、おどけるように口をへの字に曲げて肩をすくめていた。意味は、仕方ねぇからできるだけ奮発してやる、といったところだろう。

 冒険者を護衛として雇うのは、護衛費をケチりたい商人なんかの、言ってしまえばちょっとした裏技だ。たぶん当初は、非正規の依頼だったのだろうが、武力をたつきの道とする冒険者と、とても専属の護衛を付けられない行商人なんかの思惑が合致した結果、ごくごく短期間かつ安価な護衛として、冒険者が活用され始めたのだと思う。

 場合によっては、ジスカルさんのところのライラさんやシュマさんのように、冒険者から専属の護衛になれる事もある。ただしこの場合、護衛にかかる費用は五倍では利かないだろう。その分護衛も、命を懸けて依頼主を守らなければならないし、善悪よりも依頼主の意向を尊重せねばならない場合もある。

 そんなわけで、冒険者に出す護衛依頼というのは、依頼料がかなり安価なのだ。今回は、イミとウーフーの先生役の分の報酬も含まれるので、それよりか幾分はましだろうが、とてもではないが領主が報酬を支払う、ダンジョン探索依頼と比べられるようなものではない。

 言ってしまえば、冒険者にとって護衛とは副業で、ダンジョン探索こそが本業なのだ。


「その代わりといってはなんですが、【愛の妻プシュケ】の二人を護衛兼、我が家の使用人の斥候見習いたちの教導役として雇っても構いませんか? サイタン支部として、【愛の妻プシュケ】には、ひもじい思いをするまで追いつめてから、ギルドに泣き付かせ、上下関係を叩き込むつもりでしたら、まぁさっさと帰りますが」

「やるわけねぇだろ、んな事! あの二人に科してるのは、先日も言った通り新ダンジョンへの立ち入り禁止だ! 上級を目指してるアイツらにとったら、それが一番堪えるだろうからな」

「そうですか? 無法者も多い冒険者たちへの見せしめとするなら、それくらいやった方が、効果的だと思いますけどね。では、僕らの護衛として雇ってもよろしいという事で?」

「とんでもねぇ事考えやがるぜ……。ああ、もう! 護衛だか教師だか知らねえが、好きにしやがれ!」


 とかくウチは、不良冒険者たちから被った被害が大きいからね。そのくらいは言っても、バチは当たらんでしょ。まぁ、それで本当にウーさんが【愛の妻プシュケ】の二人を使い潰すつもりだったら、それこそ我が家専属の護衛兼教師役として雇うだけだけどね。ラベージさんという前例もあるし。


「ついでに、トポロスタンまで足を運ぶ予定なので、帰還はそれなりに遅くなりますよ? 下手すると、謹慎期間中はずっと僕らがお借りする事になるかと」

「まぁ、構わんだろ。こっちはアイツらに罰を下したって公表して、他の冒険者たちの気を引き締めさせるのが目的だからな。それに、傍から見ればダンジョンに入れない連中が、仕方なく安い依頼で扱き使われてるように見えるだろうしな」


 ウーさんとしても、なにがなんでもあの二人に罰を与えたいという感じじゃなさそうだ。あれが、【愛の妻プシュケ】の二人の独断専行だと知られていたら、もっと罰も徹底していたのかも知れないけどね。


「では、そういう事で」

「おう。お前さんも、程々にしておけよ」


 ウーさんの最後の台詞に首を傾げながら、僕は冒険者ギルドをあとにした。

 もしかしてあの人、本当は全部気付いてる? いや、そういうハッタリ? カマかけ? ただの皮肉?

……ちょっと判断がつかないな。これだから、経た年月が身になっていそうな、老獪な人間というのは厄介なのだ。二〇年に足りない、僕程度の内面なんてそっくり見透かされそうで、とても恐ろしい。

 とはいえ、流石のウーさんだって、人の心を持った人外の心境なんて、ちょっとやそっとで見透かせるようなものでもないだろう。逆に見透かして、人生の先輩らしい教えを授けてもらいたいものだ。


 ただまぁ、もしも本当にそうなったら、あの人を殺さないといけない。なので、本気で勘弁して欲しい……。



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