第41話 お留守番の約束

 〈4〉


 アルタンの町に戻ってきた僕らは、【愛の妻プシュケ】の二人に報酬を支払いつつ、宿として我が家の客間を提供した。この方が、用があるときは連絡が付けやすいしね。

 僕らはというと、さっさと地下に戻っていろいろと用意を進める。


「さて、どうしようか……」

「どうしよう、とは?」


 四層のさらに地下に設置した、僕らの研究室。そこで少々考え込んでいたら、独り言を聞き咎めたグラが声をかけてきた。僕はクルリと椅子を回転させ、彼女に向き直ると、笑いかけながら話す。グラもまた、自分の机を背にこちらを向いていた。


「ほら、トポロスタンのダンジョン跡への調査があるだろ? だけど、僕らのダンジョンは既にいつ、侵入者が現れてもおかしくない状況だ」

「そうですね。いよいよですか……」


 ようやく、まともなダンジョン運営になるとばかりに気合を入れているグラには悪いが、まだしばらくは生まれたての小規模ダンジョンのフリをし続けなければならない。

 本気で対処をすると、サイタンの中、下級の冒険者など、下手するとあっさり全滅しかねない。かつてのグラなら「それになんの問題が?」と問うてきただろうが、いまはその行為が冒険者ギルドや国からの警戒を招き、巡り巡って自分たちの窮地につながると理解してくれている。

 ダンジョンがなによりも恐れるのは、人間たちの総力を結集しての物量戦だ。要は、質も量もそろえての総攻撃である。これを単独のダンジョンで打倒するのは、ハッキリ言って至難である。

 やるなら、相応のリソースが必要になってくる。つまりは、大規模ダンジョンに至らねばならない。いや、もし大規模ダンジョンに至れたとて、本当に【雷神の力帯メギンギョルド】のような、一級冒険者パーティを相手にできるかというと……、正直自信はない。

 なので、いまはまだまだ雌伏のときなのだ。人里離れた場所にひっそりとある、ただの小規模ダンジョンのフリをしつつ、じっくり力を蓄えたいのだ。


「でもトポロスタンは、僕らのダンジョンの範囲外だ。そうなると、いざというとき対処に困るだろう?」

「なるほど。であれば、どちらかが残る事になりますね」

「それもなぁ……」


 トポロスタンのダンジョン跡からDPを抜く作業は、正直疑似ダンジョンコアにはかなり負担だ。それは依代に宿ったグラであろうと同様だろう。だとすると、ダンジョンコア本体で赴く必要があるわけだ。

 つまり、残るのは僕という事になるわけだが、ダンジョンという防壁のない状態で、ダンジョンコア本体でグラを外界に出すのが、本当に不安だ。いまさらながら、僕が最初にダンジョン外に出ると言った際に、グラが難色を示した理由が良くわかる。

 だが、そうしなければならないというのも、わかっている。ここで僕がゴネても、ただの駄にしかならない。既に何度か本体でダンジョン外に出ている以上、ここで必要以上に心配するのは、過保護といわれても反論できない。

 とはいえ、それはそれとして心配なものは心配なのだ。


「なので、侵入者がいない事を二時間ごとに確認しつつ、僕もダンジョンコアに宿って同行する。これは決定事項だから」

「まぁ、私としては別に、それを拒む理由などありませんが……」


 どこか呆れるような声音のグラ。やはり、過保護だと思っているのだろう。


「侵入者がいた場合はどうするのです?」

「一、二層までなら、変わらず二時間ごとの観察。三層に至っていたら、忸怩たる思いだが、僕はダンジョンの防衛に専念。グラも、できるだけ早い帰還を心掛けて」

「了解しました。そういえば、あの二人に三層はどうだったのです?」


 グラの質問に、僕は腕を組んで首を傾げる。


「正直、ハッキリと断言できるような成果はまだないかな。実験データが少なすぎる。ただ、すぐに露見する事はなかったかな」

「ふむ。まぁ、まだ一例ですからね。とはいえ、あなたが手掛けたモンスター群です。私はまず、なんの問題もないと確信していますがね」

「だといいけど……」

「四層はどうなっています?」

「基本的に変わりなし。といっても、あちこちで自然に任せた生存競争は起こっている。個人的に気になってるのは、森林部が虫系モンスターに占拠されつつある点かな」

「ふむ。……たしかに」


 グラが眼前に【フェネストラ】を開いて確認し、唸るように呟く。


「少々、アリ系統のモンスターへの改編が手厚すぎたのでは? 虫系というより、アリ系の活動範囲拡大に伴って、他の虫系の分布が広がっているように思えます」

「たしかに。ふむ……。だったら、アリ系モンスターにはアントミルという弱点を付与しよう。ある程度拓けた場所で発動する、自死機構のようなものだ」


 いま現在活動しているアリ系には、この弱点は付与されないが、活動に伴って自然と世代が入れ替わるだろう。問題は、それまでにどれだけ活動範囲が拡大するかだが、まぁ、それも自然の摂理という事で。

 アリ系のモンスターはホント、運用に慎重を期さないといけないから手間だな。


「森林部内での行動抑制はしないのですか?」

「あまり手を加えすぎるのもねぇ……。それこそ、変な分布の原因になりかねない。それに森林地帯はいくらでもある。一部が虫系に占拠されたとて、別種のモンスターは別の場所での育成を試みればいいさ。アリ特攻のモンスターにはアテもあるし、新規でなくても爬虫類系を配置しとけば大丈夫だと思う」


 アリを抑制するなら、それを餌とするモンスターを配置すればいい。カエルとかトカゲを重点的に排出するエリアを作れば、分布拡大には歯止めがかかるだろう。そうなると、必要なのは水場か……。

 他の虫系に関する抑制はいらないかな……? うん。たぶん大丈夫だろう。ならさっさと、アリクイのモンスター創造に取り掛かろう。細かな部分から作り込むと、結構時間がかかるのだ。


「わかりました。では、そのモンスターの運用も、実際にダンジョンに組み込む際には、一部の森林部での仮試験を行ってからにしてください」

「わかってる。下手な事をして、せっかく作った生態系を滅茶苦茶にしたくないからね」


 僕も【フェネストラ】を開いて、四階層の他のフィールドも確認する。一度肉眼で確認したのち、データ化された情報にも目を通す。特筆するような変化はないが、やはり平原部の鬼系たちの活動には興味がそそられる。

 あとはまぁ、サイタンでの活動において関りのあった鳥系か。ただ、こいつらは受肉した端から、パティパティア山脈の奥地に作った開口部から排出しているので、然程見るべきところがない。

 なお、この開口部は断崖絶壁に開き、なおかつなんの手掛かり、足掛かりのない円筒状の縦穴があるのみで、転移術者でもない限りは通行もままならない。いや、そういえば以前にも、風の属性術の応用で、我が家の【迷わずの厳関口エントランス&エグジット】の縦穴を降下した術者がいたか。

 まぁ、そういう術者が降下を試みても、道中で鳥系モンスターに一方的に攻撃を加えられるだろうし、安易な直通路にはならない。我が家の縦穴も、四層が出来た為に既に直通の弱点は改善したしね。

 ついでに、今日もオニイソメちゃんたちは元気だ。受肉したモンスターらを誘導して餌にしているので、お腹も十分に満たしているだろう。まぁ、その分受肉したオニイソメちゃんたちをどうするかって話なのだが、階層ボス級の彼女たちが受肉するのはまだまだ先の話だ。


「しかし、ここまでしてモンスター間での生存競争を持続させる意味が、本当にあるのですか……?」


 グラの、呆れとも疲労ともとれる呟き。それはこの疑似世界の管理という、労多く、得るものの少ない作業の意義を問うものだ。だがしかし、それこそがダンジョンコアがイマイチ、発展できない原因だという事には、流石の彼女も気付いていないようだ。


「いいかいグラ? ダンジョンにとって人間は糧だ。人間はダンジョンを絶滅させても問題ないが、ダンジョンは人間を絶滅させられない。この点は、君も見解を同じくするところだと思う」

「ええ、まぁ……。世の不条理だとは思いますが、糧となる生物を絶滅させれば、己も亡びる他ないというのは摂理でしょう」


 そう。ダンジョンと人間との闘争においては、人間が有利なのだ。なにせ、相手が人間側を全滅させないよう、手心を加えているのだから。対して人間側は、相手の根絶を厭わない。

 魔石というエネルギー源の枯渇というデメリットこそあるが、僕はそれのない世界で人間が繁栄していた事実を知っている。多少社会は混乱するかも知れないが、人間はダンジョンが亡びても生きてはいけるのだ。

 だが、ダンジョンは人間がいないと亡びてしまう。糧を人間以外の地上生命に頼るのは、ただでさえ取り合いとなっているパイそのものを小さくする真似であり、安定した供給が絶望的になるという事だ。それは、ダンジョンコアという種全体の衰退を意味する。


「そんな人間たちにとって、地上に解き放たれたモンスターの脅威というものは、無視し得ない。多くの人々が頭を悩ませ、日夜冒険者たちが血道をあげて駆除にかかっている。しかし、そうまでしてなお根絶など夢のまた夢だ」

「ダンジョンコア側が、積極的に排出していますからね」

「そう。それも大きな要因だ。そして、人間たちに与えるその被害が、巡り巡ってダンジョン側のエネルギー不足の原因ともなっていると、僕は思う」

「ほう」


 大仰に言ってみたが、要は地上にあるモンスターの脅威に人手が取られ、さらにはそのせいで生産力が下がるせいで、ダンジョンに回すだけの人材が育たないというだけの話だ。特に、農村部への被害はダイレクトに食料自給と出生率に関わってくる。

 これは人間たちにとっても頭痛の種だろうが、同時にダンジョンにとっても痛恨事なのだ。


「なので僕は、地上におけるモンスターたちを抑制するモンスターを育てたいと考えている。地上でのモンスターの脅威が減衰すれば、その分人口も増え、ダンジョンの糧となる人数も増えるだろう」

「大丈夫ですか? それはつまり、ダンジョン攻略にあたる戦力の増加も意味すると思うのですが……。それこそ、人間どもがダンジョンの根絶に動くのでは?」

「まぁ、その危険がないとは言わない」


 なによりヤバいのは、母数が増える事によってセイブンさんやポーラさんのような【英雄】が生まれる確率が高まる可能性だ。だが、それを許容してなお、人口増加にはダンジョンにとってメリットになる。


「ただ、結局のところ、ダンジョンに侵入する者を増やそうと思えば、方法は二つ。より人類にとっての脅威となるか、人間そのものの数を増やすか、だ。そして、前者はより大きな危険を伴う。安全策とするなら、後者だ」

「たしかに……」

「なにより、人間なんて放っておいても殺し合って人口調整をするだろう。それによる環境破壊に目を瞑れば、ダンジョンにとっての脅威度は、然程高くはない。問題は、ダンジョンコアの存在理由を人間が知った場合だが……」


 ダンジョンは惑星のコアへの到達と、それによる昇神が目的だ。人間がそれを知る可能性はまずないと思うが、知られた場合は総力を結集してのダンジョン討伐に動いてもおかしくはない。その場合、人間の人口を増やす行いは、危険につながる……。


「でもまぁ、そうなったらモンスターという地上の脅威を再び解き放てばいい。生態系の覇権を、人間と争う程の脅威を、ね」

「できますか?」

「その為にやっているのが、四階層の鬼たちだろう。現時点では人間たちの脅威にはなり得ないが、このまま成長させていけば……」

「そうですね。現時点はともかく、将来的には人類の脅威となり得る種と言えるかもしれませんね。あなたの作った鬼系モンスター、は」


 そう言って、グラは口元に笑みを作る。【愛の妻プシュケ】の二人が、ただの小鬼と豚鬼と判断した、三層に配したモンスター。それが解き放たれれば、人類の大きな脅威となり得るのだが、彼らはそれに気付けなかった。

 その事に、あのグラをしてほくそ笑んでいるのだろう。ちょっとした悪戯に、ターゲットがかかるのを待つ心持ちなのだろう。

 いや、切羽詰まらないと外には出さないよ? 前述の通り、下手に解き放つとこっちの食い扶持まで減っちゃうからね。



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