第42話 思いがけない品物

 ●○●


 グラと【愛の妻プシュケ】、さらにそこに【金生みの指輪アンドヴァラナウト】のラスタとラン、我が家の斥候見習い二人を加えた面々を送り出し、僕は自宅警備に就いた。

 なお、ラスタとランは女性であるグラへの配慮、という事になっている。【愛の妻プシュケ】の二人が気の迷いを起こさないとも限らないしね。とはいえその実情は、彼女らの所作から女性冒険者らしい立ち居振る舞いを学ぶ為である。僕だけだと、その辺おざなりになるからなぁ……。

 しかし、やはりというかなんというか、グラが心配で落ち着かない。依代という、残機が一ある状態だと、グラ自身の実力もあいまって、別行動時もまったく心配などしないのだが、どうにも心配でならない。依代よりはるかに高性能であり、内包するエネルギーにおいてはピンポン玉とサッカーボール程も違うのだから、普段よりも安心してもいい状況だというのに……。

 普段は時間がいくらあっても足りない研究にも、いま一つ身が入らないという有り様だ。なので早々に、地上で片付けておかねばならない仕事をこなし、地下へと戻りダンジョン内に侵入者がいない事を確認してから、ダンジョンコア本体へと憑依する。


 一行は、トポロスタンへの近道となる山中を行軍中だった。冬真っ盛りの山中を抜けるのは危険極まる行為だが、できるだけ早期に切り上げたい僕らとしては、あまり道程に時間をかけたくない。少なくとも、運河を遡上してガイタン経由でトポロスタンに赴くのは、安全であろうと要する時間から避けたい選択肢だった。

 そもそも、アルタン=トポロスタン間の山はパティパティア山系に属してはいるが、険しい山々に比べれば、ほとんど麓の丘みたいなものだ。冬に入ればたしかに危険を伴うが、夏場であれば冒険者でない猟師や農民なども分け入り、山の恵みを享受している場所だ。

 とはいえ、山を舐めるととんでもないしっぺ返しを食らうとの事で、【愛の妻プシュケ】や【金生みの指輪アンドヴァラナウト】、我が家の斥候見習いの面々は、真剣に探索に臨んでいる。防寒対策も十分だ。

 まぁ、僕らはそういった環境要因での死亡を心配しなくてもいい為、正直気を抜いているが……。


「お姉さま! 白湯が入りました! どうか温まってくださいっ!」

「私はあなたの姉ではないと、何度も言っているでしょう。物覚えの悪い頭なら、取り外しますよ?」

「申し訳ございません! 是非とも、グラ様のその白魚のような御手で、この素っ首を取り外してくださひ!!」

「やめなさい、ラン。すみません、グラ様……」


金生みの指輪アンドヴァラナウト】の魔術師、ランさんの襟元を引っ張っていく、同じく【金生みの指輪アンドヴァラナウト】の軽戦士ラスタさん。我が家の斥候見習い二人は、またやっているという呆れ顔だが、【愛の妻プシュケ】の二人はこの奇行にドン引きだった。グラも含めて、女性の多い一行に、出発時点では鼻の下を伸ばしていたんだけどね。

 なんというか……、外部から見ていたときには、グラにもそれなりの付き合いができているという点を微笑ましいと思っていたのだが、実際に体感してしまうと、ウンザリとするグラの気持ちもわかる。


「大変だね……」

「ええ」


 だから、心底からの労いの気持ちを込めて、声には出さずにグラに話しかける。グラもまた、口を動かさずにこちらの言葉に応えてくれる。


「そっちになにか変化は?」


 とりあえず聞いてはみたものの、別れてからわずか数時間。然したる変化などあろうはずもない。案の定、グラも問題なしと答える。


「ありませんね。下級のモンスターに数度出会した程度です。そちらは?」

「こっちも特になにも」


 アルタンに関しては、山中以上になにかある可能性は低い。精々、ならず者の襲撃があるかどうか――いや、最近はとあるウサギの襲撃の心配もしなくてはならなくなったか……。そう思うと、町にいるよりも山中の方が安全に思えるから不思議だ……。


「……美味しくない……」


 昼食に、狩った山鳥の丸焼きと黒パンを食べているが、味覚から伝わってくる情報に、ダンジョンコアの精神は美味という快感を生じない。この感覚だけは、ダンジョンコアに宿っている際のデメリットだろう。依代の状態だと、かなり人間に近い食の快感を覚えるというのに……。

 僕の愚痴に、グラが淡々と答える。


「ダンジョンコアは、食物による栄養というものを必要としませんからね。逆に、人間は生きる為に、糖分、脂質、タンパク質を美味と感じるようにできています。まぁ、私は依代でも食事には然して楽しみは覚えませんが。その辺りはやはり、個体差が大きいのでしょう。私の食事よりも、あなたの食事はいいのですか?」

「僕? いや、依代は休眠状態だと、別にお腹減らないし……」

「普段健啖家のあなたの食が細くなったら、不審がられませんか? 特に、私と別れた直後にそうなるというのも……」

「たしかに……」


 依代の燃費は悪くないのだが、毎日のようにダンジョンにモンスターを解き放つ作業を依代で行っている為、かなりのエネルギーが必要になる。その為、僕は周囲にはかなり大食いだと思われている。

 そんな僕が、いきなりグラのように一日一食あるかないかみたいな生活になったら、使用人だけでなく付き合いのある商人連中やウル・ロッドの姉弟も気にしかねない。

 まったく、面倒な……。


「じゃ、ご飯食べに戻るよ。なにもなければ、また一時間後くらいに戻ってくる」

「そこまで急がずとも、こちらもあまり変化はないでしょう。あなたは、あなたの好きな研究を優先してもいいんですよ? 普段から、あまり腰を落ち着けて励めないのですから」


 それができればねぇ……。まぁ、心配性な僕が悪いんだけれどさ……。

 そんな事を思いつつ、ダンジョンへと戻ってきた僕に、すぐさま呼び出しがかかる。ザカリーからの、来客の報告だった……。やれやれ……。


 ●○●


「いや、先日はウチのラヴィッティがご迷惑をおかけしたようで……」


 申し訳なさそうに、眉をハの字にして軽く頭を下げるセイブンさん。ダンジョンの外だと、本当に疲れた中間管理職のおじさんといった風情だ。ダンジョン内だと、モンスターよりモンスターしてる、イケイケおじさんなのだが……。


「いえ、まぁ……。以後気を付けていただければ、それで……」


 流石に、人間関係に際しては事なかれ主義の僕も、あれを社交辞令で『そんな事をありません』とは言えない……。男女が逆だったら、ティコティコさんがどれだけイケメンだったところで許されない言動なのだから、それも当然だろう。

 なお、利害関係や敵対関係者に対しては事なかれ主義ではない。その辺りは、舐められたら付け込まれるのだ。


「本日の御用件は、ご注文の鎧の受け取りですか?」


 ただまぁ、いくらパーティの副リーダーとはいえ、この人に責のある話ではない。いつもフェイヴとフォーンさん師弟、シッケスさんとィエイト君の問題児コンビ等の尻拭いをさせられているセイブンさんには、こちらとしても同情を禁じ得ない。ここにきてさらに、兎人族のパーティメンバーの尻拭いまでさせられているのかと思うと、本当にその姿に悲哀を覚えてしまう。

 本当、上からも下からも面倒をかけられて、大変だなぁ……。

 そんなセイブンさんの、哀愁漂う謝罪などはサラッと流して、本題に移ろう。アポなしの訪問なのだから、さっさと済ませるに限る。僕としても、できるだけ早くグラの元に戻りたいし。


「ええ、まぁ、それもあるのですが、本題はこちらですね」


 セイブンさんはそう言って、懐から片手からややはみ出すサイズの、高級そうな箱を取り出した。だいたい、一辺十五センチ程度の、やや大きめの直方体の小箱といった感じで、箱だけでも高級な代物である。

 はて、なんだろう? まさか、以前報酬として支払ったブルーダイヤかレッドダイヤだろうか? 既に、フォーンさんとサリーさんがアクセサリーに加工に出していると思っていたのだが……。報酬の頭割りに窮して、やはり片方は売却する事にした、という事だろうか?

 そう思って、受け取った小箱を開いて、僕は目を瞠った。その箱に安置されていたのは、パールのような七色の光沢を有する、野球ボール大の球体だった。


「バスガルのダンジョンの主の、核です。引き渡しが大変遅れて、申し訳ありませんでした」


 結局セイブンさんは、今度はギルドの尻拭いという形で頭を下げたが、いまの僕にはそんな彼を慮る余裕などなかった。



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