第43話 筋肉鎧の似合う漢
「いやはや、ギルドとしても、もっと早くお渡ししたかったのは山々だったのですが……、ダンジョンの主の核ともなると、国家にとっても重要な代物です。普通は、民間の研究者の手に渡るものではありませんので、そこはご了承いただければ幸いです。今回、こうしてハリュー家へ引き渡す許可が下りたのも、バスガルのダンジョン攻略への貢献及び、ダンジョンの主の討伐者本人という立場、そこにトポロスタンの新ダンジョン攻略、秘密裏ではありあますが、蟻獅子の新ダンジョン攻略という功績があって、ギルド内でのお二人の評価がたしかなものとなった事。そしてさらに、先の戦での功績とグラ様が伯爵家の直臣となられた点を鑑みて、第二王国に仇為す人物ではないだろうという事で、お引渡しに許可が下りた次第です」
つらつらとそんな事を言っているセイブンさんの言葉を、右から左に聞き流しつつ、僕は相槌を打ちながらも、眼前のそれから視線を外せなかった。
いや、かねてより、早くこっちに寄越せ寄越せとは言っていたが、そうはいってもたしかに国にとっても戦略物資に近い代物である。そうである以上、審査にはもっと時間がかかると思っていた。
それが、思いがけず手元に届いたのだから、驚くなという方が無理な相談だ。
バスガルのダンジョンコア……。いうなれば、グラも含めたダンジョンコアという生き物の、剥き出しの本性である。グラもまた、人間たちに討伐されれば、このような姿に剥かれてしまう。
その事に、恐怖と憤りと同時に、強く強くそのような未来を拒絶する決意が胸に滾る。そうならない為にも、いますぐにでもこのコアを研究して、僕たちのパワーにプラスしたい。
それこそが、僕らの生存と、グラの大規模ダンジョン化、ひいては昇神につながるのだから。
「聞いてます?」
「ええ、勿論! 要は、僕らが倒したダンジョンの主の素材で国内の需要が満たされ、ついでに貴族の首輪も付いたので、引き渡しに許可が下りたという話ですよね?」
「…………。いえ、まぁ、もしかしたらあまり間違っていないのかも知れませんが……、身も蓋もないその要約は、外部では口にしない方がよろしいかと……」
歯切れ悪く肯定するセイブンさんの様子に首を傾げるが、あまり気にする事もなく僕は話を進める。正直、割とどうでもいい話だと判断する。
「わかりました。ところで、お話は以上でよろしかったでしょうか? 僕としては、いますぐこれの研究に移りたいのですが!」
「待ってください。私の鎧の方も、引き渡しをお願いします。本題はそちらの核ですが、こちらの要件も嘘ではありませんので」
「ああ、それもそうですね。ザカリー、運んできてもらえる?」
「一応、製作者及び実際に着用しているあなたから、注意事項その他を聞いてもいいですか? はぁ……。普段のあなたなら、例え即座に私を帰したいのだとしても、『至急の要件が出来しました』程度の社交辞令は口にできるでしょうに……」
む……。そう言われると、たしかに気が急いて対応がおざなりだったかも知れない。とはいえ、これだけの玩具を目の前に、お預けができる研究者が、どれだけいるというのか……。普段、ほぼ絶対手に入らないような代物であるとすれば、なおさらだろう。
なので僕は、できるだけ時間を節約する為に、ザカリーが帰ってくる前に諸注意を伝えておく。
「注意事項といっても、然程のものはありませんよ。要は、外部のプレートを使い捨てにしただけの鎧です。プレートを固定している留め具等が破損する惧れはありますが、その場合でもプレートが外れなくなる事はあっても、勝手に脱落する事はないよう設計してます。もしその例があった場合、すぐさま報告していただければ、無償での交換をお約束しますよ」
こっちとしても、僕の武装に関わる事態であるだけに、そういう情報は値千金だ。無料修理くらい、実質タダみたいなものだ。
まぁ、この鎧は炭化ホウ素プレートが頑強なだけに、それ以外の部分が弱点であるというのは間違いない。大きく破損した場合は、プレートごと鎧が剥がれてしまう惧れはあるが、もはやそれは鎧そのものの瑕疵ではないだろう。
戦術的に、大砲にプレートメイルで挑むのは、間違いでしかないのだから。
注意事項を伝えている間に、ザカリーが手ずからセイブンさん用の鎧を入れた
それが、炭化ホウ素というセラミックを主材料とする事で、彼でも予備のプレート含めた重量でも、それなりに苦労するものの、持ち運びができる重量となっている。その事に、改めてセイブンさんが驚いていた。
「一度、きちんと着てみてください。不具合があるようであれば、すぐに対処しますし、この場でそれがわかるなら、追加の料金も必要ありませんから」
なお、当然ながら一度引き渡してからの手直しには料金が発生する。とはいっても、数日以内に未使用の状態で不具合が発生したら、無料で見るつもりではあるが。物が鎧である以上、すぐに壊れたり不具合が生じるようでは、武装としての信頼性に悖る。製作者としての儀筒力にも疑義が生じかねないしね。
「ふむ……。やはり軽いですね……」
ギルドのお仕着せの上から、僕と同じデザインのマッスルキュイラスを装備するセイブンさん。悔しいが、僕なんかが着用するよりも、はるかに様になっている。まぁ、当然か……。
この鎧は、一番下は柔らかい革で、木材とクッション性の素材を挟み込み、その上にプレート固定用の機構が取り付けられている。なので、マッスルキュイラスという言葉で受ける印象程、薄い鎧ではないし古臭い見た目をしているわけでもない。
まぁ、鎧の外装として取り付けるプレートは、各筋肉に対応した形になっているので、セイブンさんもいまはマッチョなロボット、みたいな外見になっている。
あれだ、古い映画にこんな姿のサイボーグお巡りさんがいたような気がする。
なお、僕らが戦争で着用していたような、黄銅鉱の鎖帷子は用意していない。冒険中に、あんなジャラジャラうるさい装備をしていたら、探索そのものに支障が生じる。斥候であるフォーンさんやフェイヴにも、心底嫌な顔をされるだろう。
「より重い方が好みでしたら、別規格もご用意できますが? 革鎧部の内部に柔らかい素材として、鉄を用いる事もできますよ。ただ、強度は増しますが、重量と鎧の厚みも増しますし、鎧内部に不調が生じた際にはオーバーホールが必要になりますが」
まぁ、現状の木材も、文字通り木っ端微塵になる前には交換しなくてはならないのだが、多少壊れても位置さえ変わらなければ衝撃を逃がすという点では支障はない。むしろ壊れる事で、
まぁ、眼前のこの鉄人が、本当に鉄片なんぞで傷が付くのかという点は、また別の話である。この人を基準に鎧を作っては、一般人用として使えなくなる可能性が高い。
フリーザ軍の戦闘ジャケットでも持ってこいって話だ。あんな、体型どころか外見がまったく違う種族が混生する軍団が、同一規格の鎧を身に着けられるというのは、エポックメイキングもここに極まれりというものだ。彼の宇宙の帝王には、鎧の製作者にグッドデザイン賞及びボーナスを支給してあげている事を願う。
……そういえば、あれもまたマッスルキュイラスの一種か。
「鉄が柔らかい素材ですか……。いえ、軽い方が動きを阻害されないので、問題ありませんよ。強度の点では惹かれますが、この軽さと動きやすさには代えられません。強度に関しては、現状でも鋼鉄鎧以上なんですよね?」
「その点は保証します。まぁ、モンスターの中には、ここまでの強度があるプレートでも抜いてくるヤツはいますけど……」
それもまぁ、竜種くらいの大物からであり、普通に考えれば考慮する必要はない。ただ、セイブンさんの役割的に、彼は基本大物を相手にしなければならない為、これでもまだ強度に不安はある。まぁ、その場合従来の鋼鉄鎧に至っては、紙も同然なのだが。
セイブンさんがわざわざ、僕らに新しい鎧を注文してきたのも、炭化ホウ素プレートを用いた鎧であれば、多少防御力がアテにできるかも知れないと期待しての事だ。そうでないと、彼にとって普段着とプレートメイルに然して違いを見出せないからな。
あと、壊れたプレートを交換するという仕様が、お財布にも優しいのではないかという判断からだそうだ。板金をふんだんに使った鎧は高いからねぇ……。それを使い捨てにせざるを得ない彼にとっては、武装に費やす費用はバカになるまい。
「ふむ……。問題なさそうですね」
胴鎧の他にも、手足や腰鎧も一通り装備してから軽く動いてみたセイブンさんが、満足げに頷きつつ呟いた。僕の場合、腰には斧を装備して、平時はそれが鎧代わりの為、腰鎧はセイブンさん用に一からデザインした。といっても、あまりたいしたものではない。セイブンさんも、あまり動きを制限されるような鎧は好まないだろうしね。
「兜も一応ありますよ。まぁ、冒険者にはあまり使う人はいませんが……」
僕は、鎧櫃に最後に残されているアーメットを見やりつつ、ついでのように付け加える。そこにあるフルフェイスの兜は、僕やベアトリーチェが先の戦で着用したものだ。
冒険者に兜を用いる者が少ないのは、なにも危険を軽視しての事ではない。彼らは、ただでさえ視界を制限されるような環境――洞窟内や森林での活動が主の為、音や視界を十全に確保していないと不安なのだ。
視界はともかく、兜をしていても音に関しては、然程違いはないだろう。だが、ほんの僅かであろうと聴覚を制限され、そのせいで不意打ちを食らえば、兜で軽減されたものより、大きなダメージを負う事になる。視界の狭さによるデメリットなど、いうまでもない。
「そうですね……。では一応……」
セイブンさん自身も、あまり兜の着用は乗り気ではないらしい。まぁ、敵に肉薄して戦う彼にとっても、視界の制限は大きな枷に思えるのだろう。頭部への攻撃という心配も、生命力の理の使い手たる彼にとっては、視界を制限してまで恐れるようなものでもないようだ。
「ふむ。思っていたよりも、視界は確保されているんですね」
「ええ、まぁ。とはいえ、若干不便な程度には遮られますが」
「そうですね。もしかしたら、ここぞという場面において、使うかも知れません」
そう言って、セイブンさんは兜を鎧櫃に戻し、他の装備も外し始めた。使わないな、これは……。まぁ、前回のようにやむを得ず人との戦に参加する事になった際にでも使ってくれれば、無駄にはならないだろう。戦場では、セイブンさん程の実力者は暗殺もあり得るからね。
そんなわけで、セイブンさんに鎧を引き渡し終え、別れの挨拶もそこそこに僕は地下へと戻った。さぁ、バスガルのコアの研究だっ!
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