第44話 来客と政治の話
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グラにバスガルのダンジョンコアが届いた連絡をしたのちは、その機序についての研究が始まった。といっても、グラが帰ってくる前に取り返しのつかない加工をするのは憚られる。貴重な品であるからこそ、使い道についても一緒に考えていきたい。
「ふむ……。普通の魔石と違って、内包されている魔力は然程多くないな……。これは、時間経過から魔力が抜けたからと見るべきか……」
独り言ちつつ、僕はダンジョンに吸収されないように隔離した空間内に安置した、バスガルのダンジョンコアについて観測を続ける。マジックパールみたいに、外部からの魔力を蓄える作用もなさそうだ。
こうしてみると、全然魔石とは違う代物だというのがわかる。あれはもう、ただの電池みたいな扱いだからな。
「そう考えると、人間たちがこれをなにに利用しているのかが、気にかかる……。まぁ、十中八九大規模な軍事用のマジックアイテムだろうけど……」
以前、サイタンの城壁上に設置されているものを、遠目に見たな……。家臣団の一員になったのだから、ああいう軍事機密的なものも、近くで観察したり、機能や構造の聞き取りをできないものか。
そんな感じで、楽しく検証を続けていたのだが、こういうときに限って来客というものはやってくるのだ……。宅配とかね……、もうホント、狙いすましたかのように手の塞がっているタイミングで訪れるのだ。
いやまぁ、僕が我が家に腰を落ち着けているからこそ、という理由でもあるのだろう。グラには、客への応対を任せていないから、留守番役としては落第点だからな。
「どぅもぉ~。過日の戦以来ですねぇ。お元気にしてましたかぁ?」
間延びした口調で問うてくるのは、またも【
アポなしだからと、とても無下にできるような相手ではない。
「ええ、元気ですよ。サリーさんもお元気そうでなによりです」
「はぁい。あちこちへと駆り出されてはおりますが~、元気ですよぉ」
ニコニコと、柔らかい笑みを浮かべて卒なく応対するサリーさん。【
「あちこち駆り出されるというのは? 戦争も終わったというのに、まだお忙しいのですか?」
「ええ、そうなんですよぉ……。やっと終わったと思えば、また新しい戦ですぅ……」
まぁ、恐らくは旧ヴェルヴェルデ王国領奪還の戦だろう。ナベニポリスとの戦を終えたばかりで動けない帝国のある西を背に、後顧の憂いなく東へとかかる腹だと思う。
案の定、サリーさんからは第二王国東部の話を多く聞いた。まだ明言はできないが、これも彼女なりの情報提供の一環という事だろう。自分が東部で動いているのだから、戦場は東であるという。
「なるほど。では東部のダンジョンへの対応が、急務になっているのですね」
「そぅなんですけどぉ……、ヴェルヴェルデ大公領の一部のダンジョンはぁ、いまだに立ち入り禁止状態でぇ、どうなっているのか良くわからないんですよねぇ……。戦になればダンジョンに軍を割くわけにもいきませんしぃ、どうするんでしょうかぁ……」
ヴェルヴェルデ大公か……。こっちに話を振って来ないよな? いやまぁ、流石に大丈夫か。いくらなんでも、帝国への抑えとして置いてある【ハリュー姉弟】という重石を、みだりに動かしたりはすまい。ヴェルヴェルデ大公が望んだとて、まずゲラッシ伯が許さないだろうし、第二王国の上層部とて難色を示すはずだ。
「ところでぇ、ショーン君はこの国の王位継承問題についてはぁ、どの程度ご存知です?」
「通り一遍の事しか知りませんね。先の襲撃で、直系王族がほぼ絶えてしまった状況で、なかなか次代が決まらない、としか……」
「まぁ、その通りなのですがぁ……、王族が完全に絶えたわけではないんですよぉ? 次期国王はその残った王族から選ばれるわけなのですがぁ……」
世間話にしては、やけに突っ込んだ話だなとは思ったが、サリーさんの王家にまつわる話を聞く。
まぁ、長いので要約すると――生き残った王族の中から次代の玉座の主を定めないといけない。候補は主に四人。
一人は、現フィクリヤ公爵の孫の元に降嫁した姫。血統的にもたしかで、当時の年齢的にも問題はなかった。フィクリヤ公爵が後ろ盾である以上、女王とはいえ当時の混乱した第二王国内においても、しっかりとした地盤での統治が可能だった。とはいえ、問題がなかったわけでもない。
一人は、シカシカ大司教のお嫁さん。こちらは当時で三十代前半、いまは五十代らしい。血統的には、先王の妹さんだそうだ。つまり、シカシカ大司教は先代の王様の義弟にあたる。
一人は、傍系王族の王子。血統的には先の二人に劣るものの、年齢的にも三十代半ばの働き盛りで、なにより男性であるという点では支持があったらしい。ただ、性格と能力に難があり、いまではすっかり神輿としての価値を失っているらしい。
詳しくはサリーさんも話したがらなかったが、どうやらかなり悪評の多い人物らしく、そのまま口にすれば王家への侮辱として、罪になってしまう可能性すらある事らしい。
そして最後の一人。筋目からすると、他にも多くいる傍系王族の有象無象よりさらに下という立場で、後ろ盾が非常に弱い、先王の庶子である王子だ。母親は貴族家出身ではない庶民で、下女だったとも踊り子だったともいわれている。なお、既に没しているらしい。おまけに、当時はまだ六、七歳の子供だった。
「どうして、そんな子供が王位継承戦に関わるんです?」
ぶっちゃけ、先の三名と肩を並べられるようには思えない。話の途中で口を挟む無礼を承知で、僕はサリーさんに問うた。
「ええ。その方は、血統や後ろ盾を思えば、普通なら継承権争いに加われる器ではありませんでした。ですが、それを押してでも玉座に据えたいという方が、それなりにいたのです」
「へぇ」
まぁ、その推薦者が選帝侯であったりすれば、その最後の王子様にも継承戦に加わる事ができるわけか。そもそも、第二王国の王位の決定権は、基本的には選帝侯にある。それがたしかに聖ボゥルタン王家からの血族だと認められるなら、傍系だろうが庶流だろうが立候補は可能だし、選定侯からの票が入れば王様になれる。
どうでもいいけど、最後の王子という字面は縁起が悪いな……。
「それで、どうしていきなりこんな話を?」
僕はあまり、第二王国の王位に興味はない。まだしも、ゲラッシ伯や王冠領の盟主であるヴィラモラ辺境伯の去就の方が気にはなる。そんな僕に、世間話とはいえわざわざする話ではあるまい。
サリーさんも、脈絡なくそんな話をしたわけではないようで、やや深刻そうな声音で続ける。
「実は、これは中央では既に発布されている事なのですが、聖ボゥルタン王選挙が始まっていますー。国内への周知徹底が急がれておりましてぇ、私もあちこち駆けまわっているんですよぉ」
「なるほど。まぁ結局、貴族籍にない僕らにはあまり関係ないように思いますが……」
「いえいえー。グラさんはもう、伯爵家家臣となられたのでしょぉ? だとすれば、主家の身の振り方を思案するのも、家臣の務めとなりますぅ。情報はぁ、できるだけ多く持っておく方がいいですよぉ。ここで、明らかに泥船である候補に肩入れすれば、お家を傾ける事にもつながりますからぁ」
「まぁ、なるほど……?」
まぁ、そうはいってもゲラッシ伯は王宮の派閥につくのだろうし、そもそも選挙権もない。大樹の陰にでも寄っていれば、この話はじきに終わるようなものでしかないだろう。新参の家臣であるグラが、そこに口を挟めるとも思えないし、僭越と反感を買うのが目に見えている。
加わるだけ損なのに、結果が思惑通りに運んだところで、得るものがない。
とはいえ、情報はできるだけ多く、というサリーさんの言はもっともだ。なにがどう影響して利益になるか、はたまた窮地に陥る落とし穴にもなりかねない。こうして世間話の態を取ってはいるが、これはお互いの情報交換の場なのだ。
貴重な情報には、僕もそれなりに貴重な情報を返さねば失礼というもの。あと、一応はダンジョンコアが早期に手元に届いたお礼も。国からの働きかけもあったみたいだしね。
その後僕は、サイタンの町からそこそこ近い場所に現れたダンジョンの情報と、いまそこを中、下級の冒険者で下調べに及び、モンスターの間引きがされているらしいという情報を返した。まぁ、特にウーさんに口止めされたわけでもない。割と新鮮な情報なので、サリーさん的にも、聞き応えがある話だろう。
あとはまぁ、最近暗殺者が多い点も、ついでに言っておいた。外に出るとすぐやってくるんだよね。アルタンの我が家にいる内は、まず来ないけどさ。
流石に、いつまでもダンジョンの肥やしにはなってくれないらしい。
なお、最後に恐る恐るといった様子で、サリーさんはティコティコさんについて聞いてきた。その後、暗い顔で俯きつつ「手遅れだった……」と落ち込んでいたが、どういう事かは詳しく聞いていない。
セイブンさんに話を聞くといって、風のように帰ってしまったからな。
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