第87話 サルコテア=ギギ一〇六号

「敵! 中型! 二体!! かなりの速度っす!」


 フェイヴの声には、明らかに警戒の焦燥があった。

 中型二体というのは、別段多いわけでも大きいわけでもない。ビッグヘッドドレイクのような、大型の足音が聞こえたならその警戒もわからないではないが、中型であればダブルヘッダーや、ディジネススネーク程度だ。勿論、油断できる敵ではないが、そこまで切羽詰まる理由にはならないだろう。

 だが、ここにいる誰もが、既にフェイヴの斥候能力に対しては、全幅の信頼をおいている。故に、即座に応戦の構えを取り、接敵に備える。

 やがて、その影が見えてくる。フェイヴがなにを警戒しているのか、そこでようやく理解した。


「速い……」


 フェイヴがかなりの速度だと言っていた通り、視界に入ってすぐに、その影は僕らの眼前へと到達する。しかも、影の片方は空中を滑空するように移動していた。つまり、飛行能力持ちだ。

 おまけに、僕はその影の片方に、見覚えがあった。

 赤い角鱗状の皮膚をもつ竜人の肉体に、飛膜の翼。カマキリのような、三角形の頭に大きな複眼。以前、バスガルからの使者として下水道で会った、ギギさんだ。もしかしたら、僕の会った一〇六号さんじゃないかも知れないが。


「ありゃ、バスガルのダンジョンにおける階層ボス、ズメウっす! でも、俺っちが調べてたヤツとは、姿が違うっす! 未発見の階層ボス、十分に警戒してくださいっす!」


 ズメウ? あの、銀色の鳥頭も、ギギさんと同じ種類のモンスターという事か? とてもそうは見えないんだが……。


「同じ種類で、あれだけ姿形が違うモンスターがいるものなんですか?」


 素直な疑問をダゴベルダ氏に問うと、彼はこくりと頷いた。


「いない事もない。だが、彼奴は階層ボスだからの。有象無象のモンスターと同列にはできん。バスガルのダンジョン独自のモンスターを、とある英雄譚に登場する竜王になぞらえて、そう呼んでおるのであろうな」

「なるほど。階層ボスは特別、という事ですか」

「うむ。規模の大きいダンジョン程、階層ボスには特別なモンスターが据えられる場合が多い」


 まぁ、ありきたりなモンスターでは、人間側も攻略しやすいだろうしね。余裕があるなら、ボスモンスターくらいはDPも出し惜しみせず、手の込んだものを用意するだろう。

 しかし、それがズメウとは……。ネーミングセンスは、ダンジョンコアよりも人間に軍配があがるようだ。まぁ、人間の感性を持つ僕が、虫リザードマン呼ばわりしていたので、一概には言えないだろうが。


「戦闘能力的にはどうですか? いまの戦力で、ズメウ二体と戦えますか?」


 こういう事は、ダゴベルダ氏よりも前衛の方が詳しいだろうと、そちらに訊ねる。だが、【雷神の力帯メギンギョルド】の面々は口籠り、ハッキリとした答えはなかった。


「元々強力な階層ボスであるうえ、未発見だからの。確実な事は言えん。とはいえ、戦力的にはかなり厳しいであろうな……」

「やはりそうですか……」


 ダゴベルダ氏が、深刻そうな声音で僕に教えてくれる。

 やはりどう考えても、この人数で階層ボス二体を相手にするというのは、厳しい状況らしい。

 というか、階層ボスならボス部屋で待ってろよ。ダンジョンは要所要所を階層ボスに守らせているので、本来彼らはそこから動かない。そんなヤツがいま、向こうからやってきて二体も揃っているのだから、イレギュラーもいいところだろう。

 そんな事を考えていた僕の前で、ギギさんがその赤い腕を伸ばす。いや、あれは腕ではなく、道の先を指したのか。


「ドド、ここ、我任された。お前、向こう行く」


 ギギさんが喋った事に、僕ら姉弟以外の面々は驚いたようだ。まぁ、事前に知っていなければ、僕も驚いただろう。とても、喋れるタイプのモンスターに見えないからな。


「…………」


 ギギさんにドドと呼ばれた、銀色の鳥頭は無言のままこくりと頷くと、ギギさんが指し示した先へと飛び去った。これには、僕も驚いた。まさかここにきて、戦力を分散させるとは思っていなかったのだ。

――あるいは、ギギさんたちの目的は、僕らじゃない?

 てっきり、包囲作戦の失敗を穴埋めし、消耗した僕らを全滅させる為の戦力だと思っていた。だが、ギギさんの様子から、そうではない懸念が生じる。


「……グラ、向こうの目的は読める?」

「いいえ」


 声を潜めながら訊ねるも、やはり彼女もわからないらしい。敵の目的がわからないというのは、非常に気持ちが悪い。


「地上生命、許さぬ。我が主の大望、阻ませる、ない!!」


 ギギさんは拳を握ると、腰を落として構える。翼が広がり、カチカチと顎を鳴らす。どうやら、以前のように問答をするつもりはないらしい。まぁ、変な事を口走られても困るので、僕としてもそれが一番ありがたい。

 まぁ、顔を合わせたのは二度とも、五号くんだったから大丈夫だろうけど。


「くるっすよ!」


 フェイヴの声に触発されたわけでもないだろうが、途端に距離を詰める赤い影。対応に動いたのは、白黒の影――ィエイト君だ。


「一簣之功!!」


 細身の剣に生み出した盾で、ギギさんの一撃を受け止めるィエイト君。衝突の衝撃はすさまじく、ィエイト君も以前のようにすぐさま反撃に移れないでいた。だが、その隙を見逃す程、もう一人の前衛も甘くはない。


槍衾ファランクス!!」


 二人の対峙に飛び込んだシッケスさんが、槍を繰りだす。その穂先が無数の光の穂先へと分裂し、ギギさんに迫る。

 たまらず飛退いたところに、ダゴベルダ氏が属性術を撃ち込む。


氷柱撃スティーリアコンイエクトゥス!!」


 無数の氷柱が、ギギさんを目掛けて飛来するも、どうやらそちらは眼中にないらしい。避ける素振りすら見せないギギさんは、何事もなかったように着地をする。丁度そのタイミングで氷柱が到達するも、やはりというべきか、なんら痛痒を与えた様子もなく、砕け散ってしまった。


「……どうやら、吾輩の属性術では、まともにダメージを与えられぬようだな」


 然して悔しくもなさそうに、ダゴベルダ氏はため息を吐きつつ肩をすくめた。

 残念ながら、ダゴベルダ氏はダメージソースとしては、脱落のようだ。もしかしたら、別の属性や絡め手は有効かも知れないが、期待薄だろう。

 というか、魔力の理全般効かないとか、言わないよね?



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