第86話 気まずい帰り道
●○●
僕が目を覚ますと、それを待っていた一行と、帰還の途についた。
十分なエネルギー源を摂取し、十分とはいえないまでも睡眠をとったいまの僕は、常の六割五分程度には回復している。正直、万全とは言い難い、常人ならいまだ休息が必要な程の消耗度合いだが、いまはそんな事も言っていられない。
帰還がかなったら、もう一度仮眠を取りたい。生命力が五割を下回ると、本当にキツいからなあ……。
「…………」
なんだろう。先行するフェイヴや、前衛のシッケスさん、後衛のィエイト君から、チラチラと視線を感じる。しかも、どこか憐れみの籠った視線だ。
「ショーン、疲れてはいませんか? やはり、消耗を回復しきれていないのでしょう?」
「え? ああ、まぁそうだけどね。やっぱわかるかい?」
「ショーンの事で、私にわからない事などありません」
自信満々に胸を張るグラ。その言葉に、なぜか【
「それでも、敵の手中にいつまでもいるより、その勢力圏から脱出を優先したい。十分に休息をとるのは、安全圏に戻ってからだね」
「そうですね。ですが、無理をしすぎてはいけませんよ?」
「大丈夫さ。この辺りには、もうほとんどモンスターは残ってないようだ」
さっきから、散発的なモンスターとの遭遇はあるものの、そのどれもが単体、あるいは少数だった。敵勢は既に、集団の体を為せていない。僕らに対する包囲網は、完全に瓦解したと見ていいだろう。
「ダンジョンの主と僕らの初戦は、こちらに軍配があがった。もしかしたら、セイブンさんたちの方で、なにかあったのかも知れないな」
他の面々も聞き耳を立てている為、表現を彼ら寄りにしてグラと会話を続ける。グラは頤に指を当てて数瞬考え込むと、こちらを見返して問う。
「ふむ。その考えの根拠は?」
「途中から、敵の包囲網が僕らの動きに対応できていなかった。いや、というより、完全に指揮を放棄されていたといっていい」
モンスターは、ダンジョンコアの意のままに動く。だがそれは、どこからでも、遠隔操作できるという意味ではない。モンスターにも各々意思があり、それは受肉の度合いによってだんだん強くなっていく。ダンジョンコアの命令に対し、モンスターは強い強制力を感じるが、その自我の度合いによっては、命令を無視する事すらあり得るのだ。
故に、モンスターの群れを意のままに操ろうと思えば、当然その動きをコントロールする為に、最新の命令を受諾した司令塔を、次々送り込まねばならない。
だが、あの集団には途中から、その気配がまるでなかった。どこかで命令がシャットアウトされて、臨機応変な対応がかなわなかったと見ていいだろう。
「なるほど。たしかに、我々が囮になった段階で、敵はなにかしらの動きがあって然るべきでした。しかし、むざむざと我らにあれだけのモンスターを殲滅するだけの猶予を与えた。いわれてみれば、不自然です」
「モンスターを倒して、あの包囲を抜ける事に必死だったから、なかなか敵側の動きの不自然さには気付けないよね」
「ええ。だから、初戦はこちらの勝利、という事ですか」
そういう事。たぶん、バスガルにとってはかなりの痛手なんじゃないかな。だからこそ、ここからは強力な抵抗が予想される。そんな戦況で、仲間と分断されているこの状況は面白くない。
早急に合流しなければならないとは、そういう事だ。
「吾輩も、ショーン君の意見に同意見である。思えば、竜の襲撃が途絶えたタイミングも、やや不自然だった。本隊の方が、巧妙に動いたのであろうな」
ダゴベルダ氏が頷きながら、僕らの会話に割って入る。たぶん、一般人に聞かれても大丈夫なように話せていたと思うが、大丈夫かと小心な僕は不安を感じてしまう。だが、ダゴベルダ氏はそんな僕の懸念を笑い飛ばすかのように、あっさりと話題を変える。
「ところで、ショーン君。先程話題になっていたのだかな」
途端、【
「なぜ君の幻術は、あれ程までにモンスターに通用するのか、という点が気になってな。もし差し支えなければ、理由を教えてもらいたいのだが」
ダゴベルダ氏の言葉に、【
しかし、僕の幻術がモンスターに刺さる理由か……。さて、どうするか。正直に話すという選択肢は、この場合ない。当然だ。
これは、ダンジョンコアの秘密にも関わってくるから明言したくないのだが、変に隠し立てするとそれはそれで不審を招く。嘘を吐くか、吐かずに沈黙するか。
暫時黙考する僕に、ダゴベルダ氏の視線が刺さる。仕方ない、バレる危険を承知で、ここはなんとか嘘で誤魔化そう。
そんな僕の決意は、幸いな事に無駄になった。直後、フェイヴの鋭い警告が、洞窟内に響き渡ったからだ。
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