第44話 正しい嘘の吐き方

 〈11〉


 僕、グラ、ダゴベルダ氏の、後衛プラスお荷物組と、シッケスさん、ィエイト君、そして僕ら三人の身を案じ、セイブンさんが押し込んできたフェイヴを入れた、前衛プロ組の計六人は、予定通りダンジョンを探索していた。


「いやぁ、お久しぶりっす、ショーンさん」

「そうですね。フェイヴさんも、今回の調査に参加を?」

「ええ、セイブンのヤツに言われて。最近はもう、あいつに扱き使われまくって、全然顔も出せずに申し訳ねえっす!」


 どうやら不義理を詫びているらしいのだが、僕としては一級冒険者パーティの斥候なんて、できればダンジョンには近付いて欲しくない。そう思って、笑顔で返答する。


「いえ、別に予定があるのなら、無理にウチに来なくてもいいですよ」

「相変わらず、なぜか俺っちにだけは辛辣なんすね……」


 まぁ、第一印象がアレだったからね。あれ? よく考えたら、セイブンさん以外の【雷神の力帯メギンギョルド】って、第一印象最悪じゃなかったか? そこにいる問題児二人組も、僕を襲った挙句、ウチのシャッターを壊してくれたわけだし。フォーンさんも、いきなり傍若無人に【鉄幻爪】の売買を求めてきた。

 なんで僕は、フェイヴの事をこんなに軽んじているんだろう?


「まぁいいか。どうでも……」

「なんかまた軽んじられた気がするっす……」

「そんな事より、フェイヴさんは【貪食仮説】についてはどう思います?」

「そんな事……。そんな事……っすか……。い、いえ、その、俺っちにはそういう、難しい話はちょっと……」

「ま、そうですよね。前もそうでしたし」


 なにか知らないが、フェイヴがちょっとショックを受けているらしい。流石に軽んじ過ぎただろうか。今度からは、少しくらい優しくあしらおうと反省する。


「せめてフォーンさんが来ていたら……」


 あの人はあれで、結構博識だし経験も豊富だ。【貪食仮説】や一層ダンジョンについての知見がなくても、冒険者や斥候としての視点から、役に立つ話が聞けたかも知れない。


「ああー……、それが……」


 フェイヴが歯切れ悪く、ぽつぽつと語った内容に、僕はしばらく腹を抱えて笑ってしまった。なにか異変があったのかと、グラが駆け寄ってきてしまった程だ。


「……どうしたんですか、ショーン。あなたらしくもない。いまはダンジョンの探索中で、いつ危険に見舞われるかもわからないのですよ。緊張感を持ってください」

「ご、ごめ……、ごめん……。ちょっとおかしくて……」


 僕が笑っている理由は、たしかに面白さもあるのだが、同時に安堵も含まれている。気付かぬ内に犯していた危険を、フォーンさんが深読みしてくれたおかげですり抜けていたと、知ったのだ。

 よもや、ダンジョンコア本体に戻った僕をグラと勘違いして、僕が本当は死んだと思っていたとは……。そしてグラが、その悲しみを誤魔化す為に、僕のフリを? いや、たしかに整合性は取れているし、実際僕が死んだら、グラはそれくらい不安定になると思う。

 だから、フォーンさんの危惧は、あながちあり得ないともいえない。一切合切を道連れに、ボンバーマンになる可能性の方が高いけど、そこは指摘する必要はないだろう。

 それにしても、良かった……。僕らの見分けが付く人がいると事前にわかっていたのだから、迂闊な行動だったといまならわかる。今後は気を付けよう。

 いまはまず、整合性を取った嘘でフェイヴを丸め込むのが先決だ。僕は声を潜めて、周囲に聞こえないようにフェイヴに耳打ちする。


「あれは、グラ用の依代に僕が宿っていただけです。僕用の依代は、直前の探索で壊されてしまいましたから、予備がなかったんですよ」

「あ……、ああ! なるほど、よく考えたら、それはそうっすよね!」


 声がデカい。周囲に聞かれたくないから声を潜めてるって、なんでわかんないかな、こいつは。どこかに矛盾があって、嘘がバレたりしたら大変な事になるんだよ。


「まぁ、本体で会いに行けば良かったという話ではあるのですが、死の反動で動ける状態じゃなかったんですよね。奥の手の弱点を晒すのはアレなので、詳しくは言えないんですけど、依代に宿っていても死ぬような強いショックは、本体側にもフィードバックがあるようで……」

「な、なるほど……」


 流石に他聞を憚る事情だと察したフェイヴも、声を潜めて相槌を打ってくる。こう言っておけば、後々矛盾に気付いたとしても、依代の弱点を隠す為の方便だと思ってくれるだろう。はぁ……。嘘を吐くというのは、疲れるな……。


「――そうだ」


  話題を変えるかのように、フェイヴは普通の声音で話し始める。『ように』ではなく、それ以上こちらの手札を晒すような会話を、そこで打ち切ったのだろう。


「ショーンさんには、ちょっとシッケスちゃんに気を付けておいて欲しいんす」

「シッケスさん?」


 僕は周辺を調べている、褐色肌の健康的な美女に目をやる。別に、家にいたときと変わらない、むしろ地上よりどこかイキイキとしているように見えるが、体調でも悪いのだろうか?


「まぁ、いいですけど……」

「頼むっすよ。シッケスちゃん、ダークエルフっすから……」

「え? ダークエルフだとなにか――」

「――フェイヴ! 敵襲だ!!」


 僕の問い返しは、鋭いィエイト君の声に遮られ、先を紡ぐ事はできなかった。のちのち、このときダークエルフという人種について、詳しく聞いておかなかった事を後悔する事になるとは、このときの僕は露とも知らなかった。


 知っていたところで、たぶん結果そのものはなにも変わらなかっただろうが……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る