第43話 バスガルのダンジョン探索
こっちは探索の準備をしつつ、ショーンという名の少年を盗み見た。
やけにセイブンが気にしており、フェイヴとも親しく付き合っているという、魔術師にして駆け出しの学者の少年。
駆け出しの学者ってなんだよ。それって普通、学徒じゃねえのかよとも思ったが、実際に目の当たりにすれば、なるほど駆け出しで、学者志望の人間というのはこういうものかと、納得してしまうところがあった。どちらかといえば、在野の研究者といった風情だ。
異名は、白昼夢の小悪魔。なんでも、敵対していたチンピラ集団を、数百人ぶち殺し、圧倒的な武威を見せ付ける形で相手を黙らせた猛者らしい。
だが、こうしてみている限りにおいちゃあ、どこにでもいそうな、ただの子供って感じだ。
「おーっす、シッケスちゃんおひさっす」
持っていく荷物を整理していたところ、間延びした声がかかる。振り返ればそこには、相変わらず胡散臭そうな細目のフェイヴが、へらへらとこちらに手を振っているのが見えた。
「フェイヴじゃん。おひさ~」
まぁ、久しぶりといっても、精々三日ぶりといったところだ。このダンジョンにもぐってからというもの、フェイヴもフォーン姉さんも、忙しそうにあちこち調べて回っている。特に、こっちたちの進む道になにか仕掛けられてないかを、入念に調べているようだ。
「はぁ、もうホント、ここんところセイブンのせいでクタクタっすよ。焦ってんだかなんなんだか、普段の慎重さが感じられねえっすね」
「まぁ、それだけドンチャラ仮説ってのがヤベぇって事っしょ?」
「ぶはっ! なんすか、ドンチャラって。貪食っすよ、貪食」
「貪食ってなによ?」
「……それは知らねっす」
こっちの無知を笑ってたくせに、自分も貪食の意味を知らなかったフェイヴは、誤魔化すように明後日の方を向いた。こいつはこういうところがある。ある意味、ィエイトに近いタイプのバカだ。
「まぁ、たしかにホントだったらヤベぇとは、こっちも思うけどね……」
だけど、正直なところ、こっちはこの仮説に否定的な立場だ。なにより、進行方向上の町や村をダンジョンが食らうというその仮説が本当なら、アルタンの一部はとっくに呑み込まれていなければおかしい。だが、こっちのそんな考えを、フェイヴはまたも笑い飛ばす。
「ハッハッハッ! たしかにダンジョンの主がシッケスちゃんくらい単純だったら、そうしてたかも知れねえっすね。でも、ンな事したら、俺っちたちはもっと早くに本気でこのダンジョンを狩りに動いていたっすし、国もワンリーやサリーさんの予定を中断してでも、こっちに派遣したっすよ」
「……つまり、ダンジョンの主はそれを恐れて、地上の村や町をこれまで見逃してた、と?」
「その可能性があるから、セイブンもショーンさんも、んで、なんとかいうお偉い学者先生も、こんなに大急ぎでダンジョンに這入ってきたんしょ?」
なるほど。そういえば、そのナントカ先生も言っていたっけ。『あると思えばあるとしか考えず、ないと思えば頭から否定してかかる』だっけ? たしかに、こっちはこれまで、ないと思って頭から否定していたけど、そういう可能性も考慮すれば、ある可能性は十分にある。そして、もしも本当にあったら、そのときこの町は本当にヤバいって事だ。
だからショーン君とナントカ先生は、真剣になってダンジョンについて調べようとしている。万が一にも、町の人たちに危害が及ばないように……。
「そういえば、ショーン君ってあんたと仲いいって聞いたけど、ホント?」
「仲……いいっすかね? ちょっとわかんねっす。俺っちとしては悪くないと思ってはいるんすが、正直親しみからいじられているのか、本気で軽侮されているのか、判然としないところがあるっす」
「なにそれ……。普通に付き合ってたら、そんなの明白でしょ? あんたって、そういうの察せないタイプだっけ?」
むしろ、人付き合いは得意な方で、巷間の噂話を集めたり、どこぞの組織に潜入するってなると、フォーン姉さんよりも腕は良かったはずだ。まぁ、フォーン姉さんの場合、周囲と軋轢を生みやすいのが原因でもあるけど……。我が強いからなぁ……。
「いやぁ、俺っちって、ショーンさんたち姉弟の工房に侵入した生き残りの一人っすから、手の内を知っているって事で、割と警戒されてんすよ……」
「……ああ、そりゃ仕方ないね。こっちなら、あんたが死ぬか喋れなくなるまで、絶対に警戒を緩めない」
「ちょ、それマジ勘弁して欲しいんすけど……。師匠に言われて、今後もある程度は付き合いを持たないとダメだってのに……」
よくわからない事を言うフェイヴだったが、事情に深入りするつもりはない。いくら仲間とは言え、ずけずけと人様の事情に首を突っ込もうとする程野暮じゃない。その代わり、こっちは気になる事を聞いていく。
「ねぇ、ショーン君って、強い?」
「へ? いやまぁ、強さでいったら普通じゃないっすか? 剣はお世辞にも上手くはなかったっすし、根っからの魔術師なんでしょうね。幻術の腕前はかなりのもんす」
フェイヴはそう称賛しつつも、どこか苦いものが混じる表情だった。やはり、二人の間にはなにかしらの事情があるのだろう。だが、そんな事は関係ない。
「へぇ……、強いんだぁ……。そんで、こっちとは違って、頭もいいときた……」
「って!? ちょ、シッケスちゃん、悪い癖出てないっすか!? 勘弁してくださいっす! こんなトコでダークエルフらしい本能に目覚めないでくださいっす!」
「大丈夫、大丈夫。きちんと確認するまでは、我慢してやるから」
「全然安心できねえっすよ、ソレ!」
こっちは知らず知らず、ぺろりと唇を舐める。そんな様子にフェイヴがなにか騒いでいたが、もうこっちの耳にはそんな言葉は届いていなかった。視線の先には、正直あまり似合っているとは言い難い、筋肉を表現したと思われる青黒い鎧を身に着けている、大きな杖を持った小柄な少年。
杖の先に光る、青い石がこっちを誘っているような気がした。
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