第42話 ダンジョンコアの敵

「グリマルキン! グリマルキンよ!!」


 我の呼びかけに、沈黙していたゴーレムの顔が動く。どうやらようやく、こちらの声が届いたらしい。


「……どうしたんだいバスガル? 君からこちらに呼びかけてくるなんて、珍しいじゃないか」

「人間どもが襲撃をかけてきおった。それも、散発的なものではなく、ある程度以上の実力者を数百人規模で送り込んできた、本格的なである!!」

「へぇ。思ったよりも早かったね。といっても、だからといって慌てなくてもいいんじゃない? 本格的な攻略っていったって、人間のやり方だと中規模ダンジョンを攻略するのに何ヶ月もかける。ハッキリ言って、それじゃあ遅すぎだ。君はもう、あと半月もすればアルタンの町を呑み込んで、大規模ダンジョンに至る。そうなれば、半分しか揃っていない【雷神の力帯メギンギョルド】なんて、相手にもならないよ」


 まるで、すべて想定済みとでも言わんばかりのゴーレムの声音に、ややムッとするものを覚えた。一級冒険者パーティとやらを心配せずとも良いのなら、初めからそう伝えておけといいたい。

 だが、そんな余裕綽々のゴーレムの声音も、次に我が伝えた言葉には、驚愕が混じる事になる。


「それなのだが、人間どもに混じって、向こうのダンジョンの先兵と、ついでにダンジョンコアもいるのだ」

「なんだって!?」

「先兵は、以前にもこちらに侵入してきたものと同じ種類のモンスターであろう。反応が近い。だが、ダンジョンコアが人間に混じっているのも、それがこのタイミングで攻めてきたのも、実に不可解よ」

「なるほど……。君が連絡を寄越してきたのは、そっちが理由か……」

「うむ。よもや、ダンジョンコアが人間と一緒に攻めてくるとは思わなんだ。まさか彼の者は、誇り高きダンジョンコアでありながら、人間どもに迎合し、同胞を討たんとしておるのか!?」


 我は憤りも露に、吠え問うた。

 ダンジョンコアとして、それは到底看過されざる話だ。たとえ、同じダンジョンコアとの戦いに身を晒し、勝機の見えぬ状況おかれようとも、地上生命どもに助けを乞うなど、あまりにも愚劣。地中生命としての誇りがあるなら、絶対に犯さぬ愚行だ。

 もしも敵方がそれをするというのであれば、我はもはや一切の容赦なく、万難を排して裏切り者を殺す。人間どもへの対処も、超プレート級ダンジョンへ至る為の仕掛けも、いまだけは関係ない。

 そう決意したところに、鈍色のゴーレムから掣肘が入る。


「いやいや、そう決めつけるのは早計さ。まぁ、そういった例がないわけじゃないけど……」

「そうなのか!?」


 我は驚き問い返す。まさか、同胞の中にそうも裏切り者が生まれようとは。にわかには信じられぬ話だ。

 同じダンジョンコアに討たれるのであれば、その死はダンジョンコアという種の糧となる。地上生命輩に討たれるよりも、種の為になる。

 そも、我らは惑星のコア付近においては、争い合うが宿業。然れど、その闘争の果てに勝者は神へと至り、この惑星を支配する。我らダンジョンコア同士の闘争は、すべてがダンジョンコアという種全体にとって、益となるのだ。

 然れど、地上生命どもに討たれるという事は、そうではない。我らの溜め込んだ生命力はすべて奪われ、ダンジョンコアの骸すらも奪われ、加工され、我ら同族を攻撃する為に使われる。

 このような地上生命に迎合しよう輩が、早々おるわけもないと思っておったが、ゴーレムは我の考えを否定する。


「以前、二回だけそんな事があったよ。いや、一回目のときは、私も詳しく知っているわけじゃないんだけどさ。なにせ、とっても古い話だ。基礎知識からも削除された、忌まわしい記憶ってヤツだね」

「そんなものがあるのか……?」


 基礎知識は、ダンジョンコアにとって必要だと思われる知識を共有する手段だ。浅いダンジョンコアは弱く、脆い。独立独歩の気風が強いダンジョンコアが、そのような浅いダンジョンコアの面倒を見るなど、現実的ではない。

 しかし、浅いダンジョンを根切りにされては、種の存続も覚束ない。それ故に編み出されたのが、基礎知識だ。これは【神聖術】に近い理であり、多くのダンジョンコアが共有している情報を、一種の信仰として記録し、他の同族にフィードバックする代物である。


「よもや、歴史のような情報が、後から削除されるような事があろうとは……。下手をすれば、復元が不可能になるのではないか? どのようなものであろうとも、事実は事実として、残しておくべきではないかと思うのだが……」


 我が自信なさげにそう述べると、鈍色のゴーレムもその意見を支持するように頷いた。しかし直後に、その意見を翻すように、くるくると首を左右に振る。


「まったくもってその通りではあるんだけれどねえ……。私たちダンジョンコアは、寿命という概念がない生き物であるが故か、己の死というものを忌避する意思が弱い。そして、たとえ自らの命が潰えようとも、誰かが惑星のコアへと至るのであれば、それでいいと考える傾向が強い」

「うむ。そうであるな。我もまたそう考えておる」

「そうだね。バスガルはまさに、そういった標準的なダンジョンコアの考え方に近い思想の者だ。だったら君にもわかるんじゃないかな?」


 そこでゴーレムは、勿体ぶるように言葉を溜め、こちらの反応を窺うように仰ぎ見る。そしてなにかを確信しているような口振りで、続きを口にした。


「【確実に神に至れる方法】があるとしたら、その誘惑に抗うのは難しい。例えその方法に危険が伴おうとも、犠牲が伴おうとも、手を出してしまうダンジョンコアは必ず現れる。いダンジョンコアであるなら、なおさらだ」

「む、むぅ……。それはたしかに……。しかし、もしもそのような方法があるのであれば、多少の危険や犠牲は甘受すべきなのではあるまいか? ダンジョンコアのいずれかが、確実に神に至れるのであろう?」

「そうだね。理論上は、確実に誰かが神に至れる。しかしながら、これは私が生まれるはるか昔、いまから数えても数千年という途方もない昔に考案された方法で、そしていまだに神に至ったダンジョンコアは皆無だ。つい一〇〇年くらい前に、真似をしようとした者が現れるまで、誰も真似をしようとはしなかった。つまりは、そういう事さ」


 その言葉を聞き、我は失望も露に嘆息する。室内には、我の体から失われた興味を表すように轟々と火炎が荒れ狂い、ゴーレムの体表もてらてらと緋色が反射する。


「つまりは、机上の空論であったという事であろう。下らん」

「いやいや、蓋然性のある方法として、その案は実に魅力的なものだった。だからこそ、一度ならずも二度も試みられたんだしね。問題は、その計画には人間を組み込まないといけないという点であり、その人間というファクターこそが、この二度に渡って試みられた計画が頓挫した原因なのさ。一種のアクシデントといっていいが、インシデントの段階で対処する事は、十分に可能に思えるという、非常に危うさを秘めた計画なんだよ」

「ふむ……。つまり?」

。二度ともね」

「……なるほどな」


 計画に必須の人間という要素が、我らダンジョンコアに敵対する存在である。そんなものはやはり、机上の空論と呼ばざるを得ないのではないか……? 詳しくは知らぬからこそ、我はやはりそう思う。


「さて、プレートを超えていないダンジョンに語れるのはここまで。ここから先の話は、この計画が上手くいってから教えよう。問題は、ダンジョンコアでありながら、人間に協力した者は、以前にもいたという点だ」

「そう、それよ! 敵方は、人間と協力してダンジョンコアに対抗しておる、痴れ者ではあるまいか?」

「さっきも言ったけど、早合点するのは良くない。判断は、もう少し情報を集めてから下そう。私的にはたぶん、二度も例の手駒を失わない為に、ダンジョンコアが直接引率しているんじゃあないかなぁと、思うわけだよ」


 むぅ……。それはたしかに……。

 以前倒した向こうの手駒は、生命力の量ではギギ系統よりもはるかに多かった。一体で、小規模なダンジョンと同等の生命力を秘めていたといっていい。とても、小規模ダンジョンの手勢だとは思えないような質のモンスターだった。

 あんなものが生まれたてのダンジョンに、二体も三体もいると考える方が、無理のある考えよ。だとすれば、いま連れてきたそれこそが、最後の切り札であろう。手厚く守りを固めるのも、頷ける話だ。

 雑多なモンスターを送ってこちらの手の内を探ろうとすれば、確実に消耗戦になる。そうなれば、生まれたての浅いダンジョンコアに勝機などない。そういった雑兵をあしらえる強兵を、斥候として放ちつつ、自らも前線にでてその手駒を守る。危険を恐れず、自ら前線にでてくるを厭わぬとは、なかなかに豪気。


「しかし、ダンジョンコアとしては、いささか……」


 ダンジョンコアの本分とは、手勢を指揮し、ダンジョンを構築し、その威容をもって敵を呑み込む事こそ至上。一騎駆けを任せる立場であり、するべきではない。


「まぁぶっちゃけ、こちらの動きがなさ過ぎたんだろうね。そりゃあ、開戦から何日も経っているのに、ろくに先兵すら送らないで、ダラダラと時間だけが過ぎていけば、向こうだって焦れるよ。ただでさえ不利なんだから、普通に考えれば自分たちに有利な、自分のダンジョンで迎え撃とうと構えてただろうしね」

「……たしかに」


 つまり、本来であれば敵方は、ダンジョンコアの本分を全うしようとしていたのに、我がまったく兵を動かさないから、様子を見にきたという事なのか。たしかに、あり得る話よ。


「そして、ダンジョン攻略である程度の功績を立てれば、改めて人間社会に深く手駒を送り込めるという算段もあるんだろう。ま、私も割とよくやるよ。自分は貢献しているフリをしつつ、人間どもを仲違いさせて計画そのものは失敗させるんだ」

「なるほど……。なかなか良い手よな……」


 侵入したダンジョンには生命力を与えつつ、ダンジョンの攻略そのものは失敗させ、ついでに人間社会に深く潜り込み、情報を得る。一挙動で三つの得を得る、なかなかの良作。まぁ、かといって我の手駒でそれが再現できるかと言われれば、まず無理だろうがな。

 怪しまれたり、下手に介入して事が露見したら、手打ちにされる可能性もある。そうなれば、せっかくの生命力も台無しだ。

 常々考えていたが、いま我らと敵対しているダンジョンコアと、このゴーレムの向こうにいるグリマルキンとは、なかなか思考が近いのではないか? もしかすれば、同種のダンジョンコアという可能性もあり得る。

 鈍色のゴーレムを眺めつつそんな事を考えていたところ、そのゴーレムは体を軋ませて我を仰ぎ見つつ、問いかけてきた。


「それで? 君はその侵入者たちをどうするんだい?」


 そう問われて、我も考える。即座に討たんと憤っていた思いは鎮火したものの、それでも危惧は完全には拭い去れておらぬ。また、我らはいまだ、敵対関係である事は変わらない。

 まずは、敵の様子を窺う他あるまい。この者も言っておった、情報収集だ。向こうがどの程度本気であるのかも、それで知れるであろう。


「まずは、そこそこのモンスターを差し向けよう。それを率先して討つようであれば、要注意ぞ」

「なるほどねえ。私もしばらくは、君とそのダンジョンコアとの関係がどうなるか、観察させてもらうよ」


 我は「勝手にせよ」と吐き捨て、敵方に差し向けるモンスターを生み出す。

 さて、敵はダンジョンコアに仇成す輩か否か、見極めさせてもらおうぞ……。



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