第41話 周辺調査

「そぉいや、これ、ありがとね」


 そう言って、シッケスさんはパイロットキャップの耳当てをめくってみせる。そこには、サラサラと流れる銀糸の髪と、彼女の健康的な褐色肌の間に、キラキラと黄金の輝きが混ざっている。

 彼女の、後ろに伸びた笹穂耳にはいま、金製のイヤーカフが取り付けられている。それを作ったのが、誰あろう僕だったりする。当然、ただのアクセサリーではなく、装具――マジックアイテムである。施されているのは、【霧中】の幻術である。

 そういえば、同じ術式を刻んだインバネスは、使い勝手が悪くてあまり使ってないな。装備と接触しやすいコートなんかを、マジックアイテムになんてしない方がいいという教訓にはなったが、ちょっと勿体なかったかも知れない。なんなら、売り払おうか。


「いえいえ、今回の件は誰にとっても、急務ですから。お役に立てたなら幸いです」


 今回のダンジョン探索は、表向きには彼ら【雷神の力帯メギンギョルド】の要請を受けて、僕らが出張った形ではある。だがしかし、既に彼らの仲間であるフェイヴやフォーンさんは知っている通り、このダンジョンが広がる事は、表向きにも実際的にも、僕らにとって害がある事なのだ。

 最大限、彼らの攻略をサポートするのは、僕らにとっても利のある事だ。


「フォーン姉さんが愛用している、なんだかいうあのゴツい指輪も、あんたの作なんだろ? あんた、魔導術にも長けてんの?」

「まぁ、手遊び程度には……。それと、いまフォーンさんが使っている、装飾のある【鉄幻爪】はグラの作ですよ。僕のはもっとこう、実用一辺倒な護身用具です」


 魔導術というのは、一般的には魔力の理を利用して、物を作る技術だと思われている。その実は、先日ダゴベルダ氏の話にも出た【理】を解析し、そこから魔術的な意味を抽出し、用途に適した【術式】に成形する技術である。

【魔術】とは魔導術の事である、なんて言われるくらい、結構どの【魔術】にも通底する分野だ。なので、魔術師で魔導術を知らない者というのは、理解の程度の差はあれ、まずいない。


「シッケスさんは、今回の探索で戦闘をしましたか?」

「いんや。まだまだこっちの出番はないね。こっちとしても、できればこれを使ってみて、使い心地を確かめたくはあるんだけれどねえ」

「そうですか。まぁ、中級冒険者たちの小遣い稼ぎの邪魔は良くないですからね」

「んま、そーだなぁ」


 クヒヒと笑うシッケスさんに、僕も笑みを返す。どちらにせよ、いずれは僕らも戦わねばならない。だとするなら、ここで焦って戦闘に赴くのは、徒労でしかない。


「そういえば僕、最近フェイヴさんやフォーンさんを見ないんですけど、あの人たちは元気なんですか?」

「ああ、フェイヴとフォーン姉さんは、いまがまさに出番だからね。むしろ、ここから先はあんまり出番がなくなる。でも、重要な役目なんだぜ?」

「ああ、なるほど」


 僕の中では、ダンジョンの中でも立派に戦う二人が印象的だから忘れていたが、彼らはそういえば、名うての斥候だった。すなわちその役目は、こういう状況における、安全な道筋の探索だ。

 おっしゃる通り、いまがまさに出番なのだろう。本格的にダンジョンの攻略に動き出せば、メインは戦闘になるだろうから、ここから先に出番が少なくなるという言にも頷ける。


「そぉいやさ、なんだっけ? ナントカ仮説っていうのは、どうなったの? なにかわかった?」

「いえ。ここで議論しても、空理空論ですからね。実際問題、少し調べてみたくはあるのですが、いつ招集がかかるかわからない身ですから、あまり勝手をするのも……」

「でも、今回の探索が早まったのって、そのナントカ仮説があったからでしょ? だったら、その確認は最優先じゃねーの?」

「そうなんでしょうか……?」


 だとしたら、僕ら姉弟とダゴベルダ氏が暇を持て余しているという状況は、いささかまずいのかも知れない。


「正直に言うと、僕らはダンジョン探索そのものが初心者で、攻略ともなると完全に門外漢です。あまり勝手な真似はできません」

「だからってなぁ……。セイブンも、せめてなんか指示してやればいいのに……」


 そうは言っても、彼は彼で大変だろう。数百人の中級冒険者たちの采配を振るって差配しているのだ。なにより、たぶんあの人的には、そんな仮説はこのダンジョンを討伐してしまえば、杞憂で終わるという考えなんだと思う。

 じゃなければ、もっと悠長に僕らに調査依頼という形で、こんな大規模な攻略計画をいきなり早めたりはしなかったんじゃないかと思うのだ。

 とはいえ……、やはり【貪食仮説】については、僕も気になる。もしそんな事が可能になったのだとすれば、ダンジョンにとっては大きなパラダイムシフトになりかねない。もしも、例の一層ダンジョンのダンジョンコアがそんな方法を思い付き、なんらかの理由でバスガルもそれを知り、同じように動いているのだとすれば、相手はアルタンの町に住まう数万、下手をすると十万に届くかもしれない住人を糧にできるという事だ。

 そんな相手と、まともに相対なんてできるはずがない。こちとら、一〇〇人一〇〇〇人程度のDP規模なのだ。彼我の生命力量に、覆しようのない差が生じてしまう。


「シッケスさん、もしよろしければ、調査に同行していただけませんか?」

「調査?」

「ええ。といっても、なにかがわかるだなんて保証は、まったくありませんが……」


 なにか劇的な発見があって、【貪食仮説】の是非が判明するだなんて期待されても、ちょっと困る。ぶっちゃけ、この仮説を証明する方法というものが、僕にはさっぱりわからない。

 もし本当に、わかればいいな、程度の期待で行う調査だと思って欲しい。


「へぇ、いいじゃん。こっちもちょっと、退屈していたところさ。ついでに、ィエイトも連れてこう。こっちだけじゃ、あんたら放って怪我されかねないしぃ」


 僕の提案に、獰猛な笑みを湛えて答えるシッケスさん。どうやら、本当に退屈していたらしい。ただ、その内容は正直勘弁して欲しい。以前、このダンジョンで死んだ身としては、洒落にならない。


「では、そのように。僕は姉とダゴベルダ氏に話を通しておきましょう」


 二人とも、たぶん調査には乗り気になってくれると思うし。


「んじゃ、こっちはィエイトと、ついでにセイブンにも話をしておくよ」

「お願いします」


 セイブンさんにも、あまり期待しないように申し添えてもらおう。真相は、まずわからないだろうから……。

 そんなわけで、僕らは明日、中級冒険者が掃討している範囲内で、調査を行う事になった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る