第17話 ハリュー姉弟勧誘合戦

 ●○●


「くそっ! ただの魔術師風情がッ!」


 私は苛立ち紛れに悪態を吐き、安宿の食堂にて酒を呷る。栄えあるヴェルヴェルデ王家の家臣であるネーメト様の家来である私が、こうまで悪し様に扱われねばならぬのか……。

……まぁ、名乗っていない以上、先方が我々をヴェルヴェルデ王家の使いとわかっていないのは理解するが……。しかし、よもや平民に面会を断られ、さらには商人風情よりも後回しにされるなど……ッ!! このようななおざりな対応は、いくらなんでも無礼極まるものだ。


「フェレンツィ」

「ラヨシュか……」


 私が憤りつつも、木製のジョッキをテーブルに叩き付けていると、同じくネーメト様の家臣であるラヨシュが歩み寄ってきた。私はそれを見て、宿の主であり酒場の店主である親父に、新たに料理と酒を注文する。

 こいつらは、遠路はるばる大公領から、命令を届けてくれている。しかも最近は、密に連絡を取る為に、何人もの使いが何往復もしているのだ。恐らくは、かなり疲れているだろう。


「ハリュー姉弟との面会は?」


 声をひそめつつ、ラヨシュが問うてくる。私はそれに、憤懣やる方ないとばかりに吐き捨てる。


「明日だ」


 私の言葉の棘に気付いたのだろう。ラヨシュが眉を顰め、なにかを言おうとしたが、そのタイミングで宿の女将が料理を運んできた為に、口を噤んだ。

 わかっている。ネーメト様からは、ハリュー姉弟に対して丁寧な扱いを心掛けるよう、厳命されているのだ。だからこそ、このようなぞんざいな扱いをされても、黙って堪えているのだ。


「……大丈夫なのか……?」


 女将が離れていったのを確認して、ラヨシュがジョッキで口元を隠しながら問うてくる。読唇術を使える間諜を警戒しての事だろう。流石に、この騒がしい酒場で聞き耳を立てているような者はいないだろうが、それでも最低限の気は配らねばなるまい。

 ハリュー姉弟の周りには、帝国や公国群、もしかすれば法国の間諜まで跋扈している惧れすらあるのだから。


「大丈夫だ。主からの命令に逆らうような真似はしない」

「……頼むぞ。事と次第によっては、ドゥーラ大公やラクラ宮中伯との暗闘も起き得る状況だ」

「……そこまでするような人材とは思えないがな……」


 姉弟がそれなりに有名になったのは、先の暴動紛いの騒動と、例のダンジョン騒動においてだ。だが、暴動騒動は幻術でパニックを起こしての自滅だって話だし、ダンジョン騒動は【雷神の力帯メギンギョルド】が主導して片付けたと聞いている。


「たかが幻術師だろう?」


 ジョッキで口元を隠しながら言うと、ラヨシュはなにもわかっていないとばかりにため息を吐きつつ頭を振る。

 幻術というものは、胡乱者や、医者なんかが痛み止めとして使うものだろう。要らないとは言わないが、わざわざこれだけの人数を動員してまで、勧誘するような事か?


「……ハリュー姉弟の姉の方は、陛下のお抱えになってもおかしくない程の魔術師だ。属性術や結界術、幻術に転移術まで使える魔術師のようだ」


 ラヨシュが言うは勿論、ボゥルタン王などではなくヴェルヴェルデ王の事だ。まぁ、言うまでもない。いまの第二王国の玉座は空位なのだから。

 しかしなるほど。姉がそこまでの使い手だというのなら、わざわざ我々が動くのも納得はできる。


「弟の方も、幻術師だがその実力は戦闘向きのものだそうだ。件の、死神を召喚する幻術とやらも、どうやら弟の方が作ったオリジナルの術式らしい」

「……死神ねぇ……」


 正直、眉唾にしか思えない話だ。まぁ、こいつがこうまで警戒している以上、それなりにたしからしい情報を掴んでいるのだろう。


「そうそう。死神で思い出した。どうやらハリュー姉弟、教会と揉めそうだぞ」

「なにッ!?」


 私の言葉にラヨシュがぎょっと目を剥いて声を出し、その後ハッとして周囲を窺ってから、改めて聞いてくる。


「それはどこまで正確な情報だ?」

「さぁな。私はそこまで詳しい話は知らん。お前の前の連絡役が、次の者にそう伝えてくれと言っていたのを、伝言したに過ぎん」

「なるほど……。ならばかなりたしかな筋か……」


 そう言って考え込むラヨシュに、私はため息を吐く。こいつは間諜であり、私は使者。畑違いの分野に嘴を突っ込むつもりはない。ただまぁ、随分と迂闊な事をしたなと思う。

 教会と揉めるというのは、非常に面倒臭い。ややもすれば、陛下であられようとも、教会にはそれなりに気を遣わねばならぬのだ。

 そんなものと気軽に事を構えるなど、軽挙妄動に過ぎる。下手をすれば彼の姉弟、陛下の幕下に収めるどころか、教会と諍いを起こし、物も買えないような事態に陥りかねんぞ。

 まぁ、そうなったらそうなったで、恩を売る形で援助し、篭絡の足掛かりにすればいいか。だがやはり、それはそれで教会とのしこりとなりかねん。


「厄介な火種を抱え込む事にならなきゃいいがな」

「火種……?」


 私の呟きに、ラヨシュが首を傾げる。そんな間抜け面に、私は最悪の想定を伝える。


「教会と揉めに揉めたあと、我らがその姉弟を引き取る形になれば、当然教会との関係は悪化するだろう。ゲラッシ伯爵もまた、あまり良い顔はすまい。自らの領地で騒動を起こした挙句、その領地の戦力を引っ張っていったわけだからな。そして当然、ドゥーラやラクラの連中は、姉弟という戦力を引き抜いた我々を脅威とみなす」

「……なるほど」


 ドゥーラやラクラとの対立は想定内だが、ゲラッシ伯や教会との対立ともなると、私たちのような陪臣では判断のつかない話だ。それこそ、陛下のご判断を仰がねばならない。

 だが当然、遠く離れた大公領との連絡には、時間がかかる。現在でも、できる限りの家臣を使って、緊密に連絡を取っているのだ。それは、陛下やネーメト様の方針を正確に汲み取って、現場に反映させる為である。

 だが当然ながら、現場で判断せねばならない事も多い。緊急の際には、独自の判断で物事を決めなければならない状況も生じる。そんなときに必要なのが、陛下やネーメト様のご意思だ。それを知っているのと知らないのとでは、荒野で地図を持っているかいないのかくらいの違いがある。

 少なくとも私は、陛下やネーメト様の逆鱗に触れる惧れのある判断を迫られたくはない。だからこそ、ラヨシュたち間諜には、正確にネーメト様との仲立ちをしてもらいたい。


「……主に聞いてみよう」

「頼む。とりあえず、明日は顔繋ぎ程度だと思っておいてくれ」

「わかった」


 そう言って頷き合い、二、三情報を共有してから、俺たちは別れた。

 さて、明日はその姉弟との面会だ。鬼が出るか蛇が出るか……。いや、出てくるのは悪魔と、決まっていたか。



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