第18話 助っ人と杯の受け渡し
●○●
「いやぁ、まさかこうも早く再会がかなうとは思わなかった」
「不躾にもお呼び立てしてしまい、申し訳ありませんポーラ様」
彼女は騎士らしい爽やかな笑顔で首を振り、その赤髪を揺らす。
手紙を出したのは昨日で、今日の呼び出しだ。人によっては無礼だと叱られかねないアポの取り方だ。いやまぁ、どうしても都合の付かないようなら、断ってくれても良かった。
「いやいや。状況は我々ゲラッシ家としても座視はできん。むしろよく知らせてくれたと、礼を言いたいくらいだ。手出しできない程に状況が推移してからでは、父上に大目玉を食らっていたところだ」
そう言って快活に笑ってみせるポーラ様。竹を割ったようなその性格は、正直嫌いではない。勿論、それが彼女の人心掌握術である可能性はあるが。
好意と警戒という、本来相反する感慨を抱きながらも、僕は微笑んでお礼を言う。
「ありがとうございます。そうそう、グラスの方が既にできていますが、お持ち帰りになりますか?」
「ほぅ、もうか。うむ。ではいただこう。請求は、後程代官の館に来てくれ。いまは持ち合わせがない」
「かしこまりました」
まぁこれは、呼び立ててしまうのだからという、お詫びの気持ちで最優先でグラに作ってもらったのだ。
なお、特になんの変哲もないワイングラスだが、切子加工を施したような透明な酒杯である。クリスタルガラスの表面に、直線と曲線で描かれた模様は、きっと北大陸で一般的なワインを注げば、なかなか映える事だろう。
まぁ、いつものように材料を光の糸に変えて編み上げたものなので、実は本来の切子細工とは別の手法で作られた器だが。
「ほぅ……。これはまた雅な……」
ミルに持ってきてもらった箱の中に収められた広口のグラスを眺め、ポーラ様は嘆息する。いまの北大陸のガラス工芸の流行は、より透明度が高く、薄い器だ。勿論、グラの技術で、飲み口はとても薄く作った。そして、どうせならと思って、ボウルの部分を切子にしてみたわけだ。
「うむ……。ありがとう。大切に使わせてもらおう」
ポーラ様がそう言うと、ミルの手から彼女の使用人へと箱が受け渡される。彼女は、今日は流石に一人ではない。この前のように、顔合わせ程度の雑談ではすまないだろうからね。
それを示すように、嬉しそうにグラスを見送ったポーラ様は、途端に真剣な面持ちとなり、事務的な口調で話し始めた。
「それで? なんでもヴェルヴェルデ大公の使いが参るのだとか?」
「はい。僕らは『然るお方から』としか伝えられてはいませんが、カベラ商業ギルドのジスカル様からの情報提供によると、どうやら……」
「なるほど。しかし、よりにもよって選帝侯のお一人か……」
眉根を寄せて、難しい表情となるポーラ様。流石に、ゲラッシ伯爵家の末っ子という身分で相手をするには、相手が大きすぎると思っているのだろう。まぁ、彼女が正対するのはその使者であり、身分的には彼女の方が高くなる。実際大公に対峙するのはゲラッシ伯か、その上にいるヴィラモラ辺境伯か、もしくは王家となるだろう。
「目的がなんだかわかるかい?」
真剣な表情のまま、ポーラ様は僕を見つつ問うてくる。だが、いまだ使者とも顔も合わせていない、遠く離れた大公領のお偉いさんの思惑など、僕にわかるわけがない。
素直に首を横に振りつつ答える。
「いえ、さっぱりですね。ポーラ様のように、僕らの力量を測る為かなと当たりはつけていますが、あまり自信はありません」
「そうか。まぁ、私はわかるような気がするぞ」
へぇ。それは意外だ。この人、そういう貴族的な視野は広くないと思っていたが、どうやら侮っていたようだ。
得意げというよりは、どこか悪戯めいた笑みを浮かべるポーラ様は、少し勿体ぶるようにして、己の予想を口にする。
「そうだな。これはあくまでも私の予想であり、てんで的外れかも知れない。それを予め了承してくれ。恐らくだが、ヴェルヴェルデ大公の目的は、君たち姉弟の勧誘だろう」
「勧誘ですか?」
驚いてはみたが、なるほどその可能性はあり得ると納得する。僕らは良くも悪くも、注目を集め過ぎた。
力を示して、有力者に取り入るところまでは想定内だが、国を跨いで信仰されている宗教だの、王なのか大公なのかいまいちハッキリとしない選帝侯だとかにまで、アピールしてはいない。ゲラッシ伯爵やスィーバ商会と、強いつながりが持てれば良かったのだ。
流石に、先の騒動は動いた人数が多すぎて、不要な耳目まで集めてしまった……。早期に事態を察知できていれば、対処もできていただろうが、あとの祭りか……。
これ以上目立って注目を集めてしまうと、どこからボロが出てきて、僕らの正体がバレかねない。それだけは絶対に避けたい。
「どうやら自覚はないようだが、君たち姉弟はいま、各方面から注目を集めているようだぞ。まぁ、私はそういう方面に疎いから、詳しいところはわからんが」
「注目ですか……。できれば勘弁して欲しいのですが……」
弱り切った僕のセリフに、しかしポーラ様は苦笑して肩をすくめるだけで応えた。自分にはどうしようもないというサインだろう。まぁ、それはたしかにその通り。ヴェルヴェルデ大公だけでも手に余るというのに、それ以外もフォローするなんて一代官である彼女には不可能だ。
そうこうしている内に、どうやら使者とやらがやってきたらしい。はぁ、気が重い……。
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