第83話 オニイソメというモンスター
「ショーン?」
心配そうなグラの顔に、僕はそちらを向いた。常の無表情が崩れ、彼女は本当に心配そうな顔で、僕を覗き込んでいた。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫……。ちょっとだけ、未練に囚われただけだよ。そうだね、地球のオニイソメに関しては以上として、僕らのダンジョンにおける階層ボスモンスターであるオニイソメちゃんに関しての説明に移ろう!」
空元気を振るう僕に、なにかを察してかグラはなにも言わずに頷く。それから、彼女から口火を切った。
「まず、体長が違い過ぎますね」
「当然だろう。モンスターでないオニイソメが、体長三メートルにもなるんだ。人間と戦う為に巨大化したオニイソメちゃんが、体長十メートルを超えてたって、なんらおかしな話じゃあない」
そもそも、オニイソメとは太さが違う。地球のオニイソメの直径が、精々三センチくらいなのに対し、こっちのオニイソメちゃんはなんと直径約一メートル。桁が違う。
それを説明すれば、グラは無表情に戻って嘆息する。
「それはそうかも知れませんね。なにより、あの侵入者どもが実証したように、【
「そうだね。【
あの落とし穴は、全域に属性術の【暗転】が施されている為、非常に視界が悪い。そんな環境で、逃げ果せたと思い込んでいる侵入者が、一休みする可能性はかなり高いだろう。
二階層の【
精々、あそこで血を流すと、溝を通って階下に排出されるだけの、ただの側溝だ。それを察知したオニイソメちゃんが、垂らされた血を伝ってまるで隠れるように壁伝いにのぼってくるという事はあるだろうが、それはまぁ、不可抗力というヤツだ。その為に、溝になにかが入り込むと、異物を押し流すように水の属性術が使われるが、それは本当にただの排水溝としての用途でしかない。
直接危害を加えるような罠なんかじゃない。
「本来のオニイソメと、あのオニイソメちゃんとで、一番の違いはやはりあの触手だろう」
オニイソメちゃんの話というよりも、【
「触手ですか?」
「そう。本来のオニイソメは、五本の触角で水中の獲物を察知するんだけれど、ウチのオニイソメちゃんの触手の先には複眼や、耳や鼻に相当する感覚器官が備え付けられている。ついでにというか、当然にというか、触覚もある」
詳しく説明するなら、二本の目の触手、二本の耳の触手、一本の鼻の触手である。そして、触覚もある事から、水を伝う振動にも敏感だ。その為、本来夜行性で視覚に頼らないオニイソメよりも、ウチのオニイソメちゃんは優秀なハンターになっているのだ。
まぁ、ダンジョン内で夜行性もなにもないのだが。
「……ホント、これがもしも海に逃れたら、どうしよっか……?」
海中の生物が激減してしまう恐れがあるし、下手をすれば大型の海生哺乳類も絶滅しかねない。救いがあるとすれば、個体が少ない事くらいか。でもなぁ……、ウチのオニイソメちゃんも、例に漏れず増えるんだよなぁ……。
「別に放っておいて構わないでしょう。地上生命がどうなろうと、我々には関りのない事です」
「いや、これ海中生命の話なんだけど……」
人間がどうなろうと構わないという、ダンジョンのスタンスは共感はせずとも理解はするが、さりとて海中にまで被害を及ぼしていいというスタンスには、断固として抗議をしたい。下手な外来種を生み出して、海中の神秘的な生態系が崩壊するという事態は、ハッキリ言って看過できない。
……まぁ、それはそれで酷いと思うが。なにせ、人間の命よりも海中の生物の命を優先すると宣っているようなものだ。
「つまり、当初の予定通り、オニイソメちゃんが受肉して地上に逃れようとした際には、飼い主の責任としてきちんと処分をしよう」
「はぁ……。仕方がありません。まだここが、地上生命どもにダンジョンであると察知されるわけには、いきませんからね。オニイソメちゃんが地上でどのような騒動を引き起こすのか、少しだけ興味はあるのですが……」
多少未練がましくも、グラは緊急時におけるオニイソメちゃんの処分を了解してくれた。ダンジョンとしては、受肉したモンスターは地上に放出がセオリーである為、不承不承ではあったが。
既に、一人の男にオニイソメちゃんの存在を知られてしまってはいるが、まぁ彼がひとりで騒いだところで、泥棒の戯言だ。【
さて、その他の侵入者たちはどうなったかな……?
●○●
【大盾】のチーキャンたちのパーティを見送った俺たちは、順次貯蔵庫の攻略を開始した。どうでもいいが、あのパーティの名を聞いていなかったな。まぁ、【大盾】でいいか。
最初は斥候に長けたパーティに、短時間だけ貯蔵庫を調査させ、何度も何度も繰り返した結果、比較的被害も少ない段階で、この貯蔵庫のタネは割れた。
わかってみれば、ある程度生命力の理で幻術を
「エルナト、貯蔵庫の先に続く扉があった。先の部屋の名前は【
「なるほど。あの、マスとかいう斥候の読みは外れたわけだ」
ウチのパーティメンバーの報告に、俺はフンと鼻を鳴らしてから、落とし穴の底へと向かった、【大盾】の斥候を思い出す。ヤツが言っていた、貯蔵庫が行き止まりで、死ぬまで延々探索させようって推測は、どうやら間違いだったらしい。
「いや、それはお前が言い出した話だ……」
「うん? そうだったか?」
よく覚えていないが、まぁ、どうでもいい事だ。そんな些事に拘泥せず、俺は仲間に問う。
「それで? その【
「まだわからん。全面が鏡張りで、なにかありそうな場所ではあるんだが、鏡像が乱反射してかなり視界が確保しづらい。暗かったり、霧があったりするわけではないんだがな。ただ、いまだに怪我人や死者がでたって話はない」
「そうか」
順次冒険者たちを送り出してはいるが、ここ攻め込んだパーティは全部で二三パーティだ。一パーティが本に囚われ、一パーティが地下へと赴いた。残りが二一パーティだ。いくらでも使い捨てできる程、数がない。二一の内の一つのパーティも前衛を欠いて、万全とは言い難いしな。
そうだな……。
「半分くらいの、十パーティを送り込んだ段階で、少し様子見をする。詳細な情報が返ってきてから行動を再開するぞ」
「エルナト。流石にそれはあからさま過ぎないか?」
他のパーティを捨て駒のように利用して、斥候を担わせるこの案に、そいつは難色を示した。だが、事ここに至って、この工房の全体指揮をとっている俺に、口答えができるヤツがどれだけいる? いたとして、そいつの首を刎ねちまえば、それ以降も文句を言おうとするヤツはいまい。
地上では、脱落を恐れて少々お行儀良くし過ぎた。そのせいで、俺を舐めているヤツもいるかも知れない。ここらでガツンと、甘くないところを見せなくてはならないだろう。
「構わねえよ。文句があるヤツは、直接俺に言いに来いって伝えな」
俺がそう言うと、そいつは不承不承、肩をすくめて後続に命令を伝えに行った。冒険者たる者、ダンジョンで指揮者に従うのは当然の心得だろうがよ。
バスガルでの己の振る舞いなど忘れ、俺はそんな事を考えていた。
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