第48話 幻術師の戦い方
翌日。予定通り、僕らは昨日とは別方向の調査を開始する。昨日と同じく、ダゴベルダ氏もグラも、探索に余念がない。僕も、モンスターに関するデータは遺漏なく記載しているが、今日はそれに加えて軽く戦闘もしている。
というのも、普段あまり戦闘に携わる人と関わりをもたないせいで、僕らの戦い方は我流もいいところで、ハッキリ言って素人臭い。しかしいまは、一級冒険者パーティである【
そして、ダンジョンの入り口付近であるこの辺りであれば、モンスターは非常に弱い。戦闘訓練には、丁度いい環境だったのだ。
「ド素人! 死にたいならそのまま振り下ろせ」「愚鈍愚鈍! 見るに堪えん愚鈍! ホラ、また足運びを間違えた!」「剣線がブレている! その鈍らでは、あと三回も斬れば、ポッキリ折れるぞ! モンスターではなく、人間の肉相手でもな!」
教師役は、僕にィエイト君、グラにはシッケスさんが就いてくれている。互いの得物を考えれば至極当然の配役ではあるのだが、それを重々承知でなお、逆が良かったと思ってしまう……。
だいたい、僕の主兵装はこないだから短剣じゃなく長杖だ。ィエイト君の専門とは、ちょっと違う。まぁ、魔術剣士という点では、まさしくドンピシャともいえるのかも知れないけど……。
そう思いつつ、僕は自らが握る杖を確認する。
よくある魔法使いの杖という程、太く立派なものじゃない。ケシファナという樹木の枝を用いた、外見上はあまり加工もされていないように見える、ちょっと折れ曲がった杖だ。
特徴としては、杖の先に大きなインコのような嘴と、まるでそのインコが付けているバイザーのように、逆三角形のブルーダイヤの意匠が施されている点だろう。他にも細々と、銀細工やなにかの紐が巻かれていたりもするが、そのすべてに意味があるのだろう。
いうまでもないが、すべてグラが用意してくれたものだ。
「【
対峙するロックカミーリャンに向けて幻術を使う。あまりにもスムーズな起動に、むしろ発動を失敗してしまったのかと思ってしまう程だ。だが、たしかに術が発動した証に、あっさりと岩肌のカメレオンは、僕という標的を見失う。
ダゴベルダ氏とグラが勧めるだけはある。これなら、戦闘中だって【魔術】を使うのにそこまで隙は生じないだろう。まぁ、この杖は幻術に特化しているので、僕が他の【魔術】を身に付けたら、たぶん無用の長物にはなると思うが……。
このロックカミーリャンの厄介なところは、潜伏奇襲だ。岩肌に擬態し、数メートルは伸びる舌で不意打ちする。
だが、逆にいえばそれだけだ。発見後、舌での攻撃手段さえ封じてしまえば、怖いところなんてない。発見に関しては、フェイヴがいればまず心配する必要はない。つまりは、この探索においては、ただの雑魚といえる。
「おっと!」
視界を奪われたカメレオンが、やたらめったらに舌を伸ばして攻撃をしてくる。攻撃する為に近付いていた僕は、それを避けて一歩下がった。それを見咎めたィエイト君が、またも烈火のごとく罵倒してくる。
「愚か者! カミーリャンの頭を見ていれば、次にどこを攻撃してくるのかなど、丸わかりじゃないか! なぜいちいち、後ろに下がる。その場で避けろ。前に出つつ避けるのがベストだが、そこまではいまのお前に期待するだけ無駄だろうな」
無茶を言う……。たしかにカメレオンの頭の向きで、次に攻撃してくる場所は予想が付く。だけど、頭が動いてから舌を打ち出してくるまでのラグが、ほとんどないのだ。その場で避けられるのは、態勢が整っていたときだけだ。まして、前に出つつ避けるなど、いまの僕には不可能だ。
「踏み込みの際に体が流れている! 杖の重さに振り回されるな! もっと重心を落とせ!」
なるほど、重心か……。たしかにいまは、できるだけ早くロックカミーリャンに近付く為に、前のめりになってしまった。ィエイト君の指摘通り、そのせいで攻撃の際に、杖に振られてしまった感がある。
「…………」
重心を落として攻撃を再開したら、ィエイト君はムッツリとしたままだったが、なにも言わなくなった。うん、褒めてはくれない……。
グラの甘々指導が懐かしくなりつつも、厳しく教師役をしてくれるのは、ちょっと嬉しい。なんというか、グラの指導は懇切丁寧で、しかもスパルタではあるんだけど、精神的な厳しさというものがないからね。
僕自身、運動に才能はないと自覚しているだけに、戦闘技能に関しては厳しく、正しく教えてくれる人が欲しいと思っていた。
「【魔術】を使うタイミングが遅い! 相手の動きを予想し、できる事とできない事の取捨選択に慣れろ! その術式は、構築までに時間がかかる。戦闘中の使用は、好ましくない!」
「はい!」
僕が使う幻術の選択にミスったら、すぐにィエイト君の罵声が飛んでくる。たしかに、言われてみればこの選択は悪手だ。使おうとしてた【監禁】の理を解除し、別の術式の構築を行う。その為に、ロックカミーリャンの死角に入りつつ距離を取る。
できるだけ頭がこちらに向きにくい位置を確保し、それでも頭の動向には注意しつつ、僕は敵の恐怖心に応じて体がすくむ【金縛り】の幻術を構築する。不安材料は、幻術によって恐怖心を煽っていないという点と、そもそも知性の低いモンスターは恐怖心を抱きにくいという点だが、まぁいまならたぶん大丈夫だろう。
案の定、動きの鈍ったロックカミーリャンの脳天に、僕は腰から大王烏賊を抜いて突き入れる。岩肌の大きなトカゲは、それだけであっさりと絶命する。ただ、たしかに大王烏賊の刃に刃毀れができていた。
一度、グラに頼んで、一から作り直した方がいいかも知れないな。
「ふん。ダメダメだな。ダンジョンの奥深くに行ったら、大人しく後ろから【魔術】だけ使っていろ」
「ええ、自覚はしています……」
厳しい言葉だが、其の通りなので素直に受け入れる。そんな僕の態度が意外だったのか、ィエイト君はそれ以上なにも言わず、「ふん」とそっぽを向いてしまった。
そんなこんなで、僕の魔術師としての初戦闘は、かなり無難に終了した。
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