第47話 ダークエルフギャルランサー

「それ調べると、なにかわかるの?」

「わかるかも知れませんし、わからないかも知れません。まぁ、十中八九あまり意味のない情報でしょうね」

「じゃあなんでやってんの?」


 キョトンとした顔で聞いてくるシッケスさんに、僕は少々バツの悪い思いで言葉を紡ぐ。戦闘でも考察でも役に立たない自分が、ちょっと嫌になっていたところに、無神経にも思えるシッケスさんの言葉が、カチンときたのかも知れない。その口調は、常よりも早いものだった。


「データというのは、最終的にはともかく、なにかを模索する際にはどのような些細なものでも、あって困るという事はありません。結論にとって必要のない情報というものはたしかに存在しますが、過程においてはそんなものは一毫もありません。解けなかった難問が、ゴミ情報の山に埋もれていた些細なきっかけで、すとんと解決する事もあり得ます。もしも最終的に『なにもない事がわかった』という結論に至ろうとも、それは徒労ではありません。少なくともそれは、暗中模索のなかに照らしだされた場所があったという事なのですから。言ってしまえばそれは、いま僕らがしているダンジョン探索において、行き止まりを見付ける事にも等しい行為です。そこが行き止まりであると知っていれば、撤退時にそこに逃げ込む惧れがなくなるのですから、無駄ではないでしょう?」

「なるほど、それはわかりやすい例えだね!」


 まるで言い訳のように言い募った僕の言葉に、なにがそんなに嬉しいのか、満面の笑みを湛えるシッケスさん。そんな顔を見ていると、毒気を抜かれてしまい、子供じみた自分の真似に赤面してしまう。

 いま発した言葉は嘘ではない。だが、ムキになって言葉を重ねてしまったのも事実。少し、自制しなくては……。


「そのイヤーカフの使い心地はどうでした?」


 少々あからさまではあったが、話題を変えるようにして、僕は少し前に交わした会話を思い出しつつ、そう問うた。不具合や使い心地が悪いようなら、いまここで微調整を加える事も可能だからだ。

 だが、そんな僕の問いに、シッケスさんは目を逸らして「あー……」などと口籠もっている。


「どうしたんです?」

「いやぁ、忘れてたわけじゃないんだけど、でてくるモンスターが弱すぎて、こっちが退く前に倒しちゃうんだよね……」

「なるほど」


 イヤーカフに施されたのは【霧中】だ。一定時間の間、視覚を遮る霧を発生させるだけの、身も蓋もない言い方をすると、何度も使える煙幕でしかない。FPSでスモークグレネードが無制限に使えると思えば、結構使い勝手の良い代物じゃないかと思って用意してみた。だが、実際はどうなのかはわからない。やはりコンバットプルーフというヤツは必要だ。

……なお、コンバットプルーフの使い方がこれで合っているかどうかは、自信がない。プルーフだったかプルーブだったかも、ちょっと自信がない。そっちにはあまり詳しくないのだ。


「そうですか。では、強敵が出現するのを待たないといけませんね」

「ハハハ。ダンジョンの中でその台詞は、流石に豪胆が過ぎるね。あるいは舐めてると思われるから、こっちの前以外では口にしない方がいいよ」


 ニヒッとイタズラっぽく笑い、僕の人差し指で僕の額を突いてくるシッケスさん。


「それは……、すみません失言でした」


 それはそうだ。戦闘をほとんどお任せしている分際で、強敵を待ち望むなど、愚かにも程がある。どの口でシッケスさんを無神経などと言えるのかという話だ。まぁ、口にはしていなかったので、セーフ判定だろう。

 僕の謝罪に、気にすんなとでも言わんばかりに手を振ってたシッケスさんは、次の瞬間には、そんな事はどうでもいいと言わんばかりに話題を変えた。


「まぁでも、こっちもちょっと気になってるんだよねぇ。このイヤーカフ? ってヤツっは、聞くだけでこっちの戦い方とドンピシャの性能だからさ。早く試してみたいっていう気持ちはあるよ」

「そう言っていただけると、僕としても作ったかいがあるというものです」


 どうやら気を遣って、フォローしてくれているようだ。こういう、あけすけななかにも気遣いができるところも、姉の友人だったギャルにそっくりだ。彼女らは、ズケズケとパーソナルスペースを侵してくるくせに、一番デリケートな部分は察して深入りせず、そのうえで気遣いもしてくるという、コミュ力の権化が多い。

 そのくせ、デリケートな部分以外は本当に無遠慮に撫で回してくるのが、本当にウザったい。特に、『友人の弟』などというものは格好の標的だ。たいして似合いもしない女装をさせられた恨みは、いまでも忘れていない。


「ショーン君ってさ、なんか不思議だよね」

「不思議ですか? 初めて言われましたね。僕は平々凡々を絵に描いたような存在ですよ」


 グラやダゴベルダ氏のように、頭は良くない。シッケスさんやィエイト君のように、戦闘能力は高くない。ごくごく普通で、とてもつまらない、どこにでもいる高校生。それが生前の僕、針生紹運という人間のパーソナリティだった。

 それはいまでも、特に変わりはない。ダンジョンコアや依代の運動能力は、人間としては並外れているものの、常人の僕にとっては、公道の上のスポーツカーでしかない。要は、持て余してしまうのだ。

 多少無理をして、この世界の言葉やダンジョンコアの能力、幻術を筆頭とする魔力の理、社会常識を覚えていってはいる。習熟にかけた時間は、たしかに非凡かも知れないが、それは僕の才能というよりも、ダンジョンコアという肉体があったればこそだ。そして、その過程で特筆するような、それこそ物語の主人公のような、なにか特別な才能が開花する事もなかった。


 そう。僕は凡人なのだ。


 ダンジョンコア、ダンジョンマスターとして転生しようと、根幹の部分はなにも変わらない。どうしようもなく、狂おしいまでに、平凡で凡庸で凡才の凡愚でしかない。

 その事に自覚的であるからこそ、グラの非凡さもわかるというものだ。だから僕は、彼女を神へと至らせたい。


「いやいや、ただ平凡なヤツだったら、ダンジョンの奥でこんなに落ち着けないって」


 だが、そんな僕の意見を、シッケスさんは笑い飛ばすように否定する。


「そうですか?」

「だってショーン君、全然態度変わらないじゃん。緊張してるってワケでも、怯えてるってワケでもない。まるで、屋敷で夕食後にお茶飲みながら、本でも読んでいるみたいな態度だよ? だからって、ダンジョンを甘くみてるってワケでもない。」

「まぁ、皆さんに守ってもらってますから。役立たずな僕は、でしゃばらない事が最大限有益な仕事だと心得てます」


 僕がそう言っても、シッケスさんはあまり納得していなかった。


「そういうところがもう、全然普通じゃないんだよ。まぁ、こっちとしても、なにが普通と違うのかと聞かれると、ちょっと困るケド……」


 最後は歯切れ悪くそう言い添えたシッケスさん。

 そこで僕は、どうして彼女が僕とこんな話をしているのか、ようやく察する事ができた。どうやらシッケスさんは、調査において役立たずな僕をも、フォローしてくれていたようだ。

 やはり、無神経なように見えて、気遣いができるタイプの人のようだ。残念ながら、フォローが漠然としすぎていて、長所を聞いた際に「いい人」と言われたような、内心ちょっと傷付くようなものでしかなかったが、気遣いそのものは嬉しい。

 なので「ありがとうございます」とお礼を言ってから、適当にこの話題は切りあげる事にした。

 そんな風に、僕はシッケスさんと話をしつつ、拠点へと戻った。往路で散々モンスターを倒したせいか、復路では戦闘そのものがほとんどなかった。

 イヤーカフの実証実験ができなかったのだけが、心残りだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る