第46話 二人の世界
「グラ、どうした?」
「いえ、いまだ確証はありません。下手な憶測で話を進めるのは、混乱を招くだけでしょう……」
僕が訊ねても、彼女ははぐらかすように首を振り、僕やダゴベルダ氏と同じように行き止まりの壁に触れる。この壁がなんだというのだろう……?
「グラ君。君の描いていた地図と、アルタンの町の地図を貸してはもらえないか?」
「……ええ。どうやらあなたも、私と同じ懸念を抱いているようですね……」
「そうであろうな……。なるほど、これならたしかに、という方法ならば思い付いた。だが、それをダンジョンの主の耳があるような、この場で口にする事はできん。万が一違えば、我らのせいで多くの命が失われかねぬ」
そう言ってダゴベルダ氏はグラの地図とアルタンの地図を見比べ、ため息を吐いた。人間たちにも、ダンジョンの主という通称でダンジョンコアの存在は露見している。しかも、離れていようとダンジョン内の事を、ある程度感知できるというところまで知られている。
ダゴベルダ氏の言葉は、それ故にここで迂闊な事は言えないという判断なのだろう。グラもまた、敵に手の内を晒すのを極力控えるという腹積もりなのだと思う。
彼はそれらをグラに返すと、今度はフェイヴに話しかける。しばらくなにやら話し合っているようなので、僕もその二枚の地図を見比べた。
特に不審な点は見当たらない。しいていうなら、ダンジョンの地図はまだまだ入り口付近の部分しか記されておらず、比べるもなにもないような未完成の状態だ。アルタンの町の地図も、それなりに詳しく記されているものの、イマイチわかり辛い。建物の配置や、道に関してもかなり簡略化されている。縮尺の問題で、たぶんそこまで詳しく描くのは難しかったのだろうが、それ故に詳しく描き込まれているグラの地図とは比較がし辛い。
そんな事で、二人が深刻な表情になったとは思えない……。残念ながら、僕程度に二人の懸念を察する事は不可能なようだ……。
しばらくフェイヴとダゴベルダ氏が話し合った結果、もう少しこの辺りを探索したら、一旦拠点へと戻り、次は別方向の探索を急務とするという点で、話はまとまったらしい。忙しい事だが、その意見をグラも支持した為、誰からも反論はあがらなかった。
そこから少し戻った分岐を行き、まるで壁伝いのように道を進んでいった僕らは、何度か戦闘をこなしつつ、探索を続けた。グラは地図を描き、ダゴベルダ氏は壁や天井を観察し、僕はといえば出現したモンスターの傾向と数を記録している。うーん、僕だけにする、この役立たず臭……。
「今日のところは、このくらいで引き返しましょうっす。野営は拠点に戻ってから、でいいんすよね?」
フェイヴが何度目かの行き止まりにたどり着いたところで、復路に要する時間から、今日の探索の切り上げを提案する。本来であれば、他の中級冒険者たちと同様、僕らも拠点から離れた場所で何泊かする予定ではあったのだが、前述の通りその予定は変更された。
フェイヴの問いに、ダゴベルダ氏はローブの奥で頷いてみせる。
「うむ。グラ君、塩梅はどうであるか?」
「概ね、懸念の通りですね。むしろ予想外があった方が、この場合はいいのですが……」
「そうか……」
グラとダゴベルダ氏は、余人にはわからない会話を交わし、二人にだけわかる危機感に憂いている。……なんというか、ここまでくるとちょっと疎外感が強い……。これはあれだ、上の姉に彼氏ができたと知った小学生低学年の頃の感じだ。
身近な家族だった姉が、急に遠くの存在に感じてしまうという、よくあるアレだ。まぁ、その思いは弟の僕なんかよりも、親父の方が強かったらしく、中学生で反抗期真っ盛りだった姉にウザ絡みした挙句、彼氏に会わせろと迫ったせいで、急遽オーストリアにいた母が、帰国せざるを得ないまでに二人の喧嘩は激化した。最終的に停戦に至ったのは、母の尽力の賜物といっていい。
なお、当時小学生低学年だった僕は完全に戦力外通告で、もう一人の姉とずっと部屋の隅で震えていた。
閑話休題。
見た目はともかく、高校生の精神を宿している僕は、そういう嫉妬からはとうの昔に卒業しているので、拗ねるという事はしない。二番目の姉のときには、親父を宥められるくらいの成長を遂げていた程だ。
なので、ちょっとだけささくれ立った気持ちをしまい込み、僕は今日とった記録を整理する。こういうときは自分にタスクを課すと、心を落ち着けられる。できれば、釣り糸でも垂らしつつ、海原でも眺めていたいものだが、流石にそれは贅沢というものだ。
一人でいるのが気になったのか、そんな僕の背に好奇心の強そうな声がかかる。同時に、デスクライトにでも照らされたように手元が明るくなる。
「ショーン君、なにしてるの?」
「シッケスさん。今日遭遇したモンスターの数と種類を整理し、これまでこの近辺で倒されたモンスターの情報と擦り合わせていたところです」
見上げれば、そこにあったのは健康的な美貌。背中側から、座り込んでいた僕に覆いかぶさるようにして、シッケスさんが顔を覗き込んでいた。彼女の額にある鉢金からは、ヘッドライトのように光が発されている為、かなり眩しい。
どうでもいいけど、かなりパーソナルスペースの狭い人だな。別の言い方をするならフレンドリー。歯に衣着せぬ場合は、無遠慮だ。
ニヒッと笑う彼女を見ていると、二番目の姉の友達にいた、ギャルの人を思い出すなぁ。二番目も、割とそういうタイプだったし……。
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