幕間 とある執事の受難・3
「人払いだって……?」
「テメェ!? 俺たちが信用ならねえってのかッ!!」
ウルが方眉を跳ねさせて問い返してきたのに合わせて、若い幹部の一人がまたも食って掛かってくる。だがそちらを無視し、俺は真剣な面持ちで彼女を見つめ続けた。幹部はなおもこちらに罵声を浴びせてきていたが、俺は努めてそちらを無視し続けた。
当然ながら、そのプレッシャーはすさまじいものがあった。
どれくらい経ったか。額とシャツが冷たい汗を吸ってじっとりとしてきた辺りで、ウルは深々とため息を吐く。
「いいよ。あんたら、少し席を外しな」
「ママ!?」
「事が起こるまで、聞く耳は少ない方がいい。そういう類の話もあるもんさ。情報管理が笊な相手よりも、こういう手合いの方が安心できる。これはその、正当な対価ってヤツさ」
「……うす」
ウルが説得すれば、若い幹部は不承不承ながら頷いた。その他は、あまりこの件に思う事はなさそうだ。どうやら、若い方はこちらを威圧する意味で加えられた、本来幹部として扱うような人材ではないらしい。
「悪かったね」
「いえ。ただ、主人がここを訪れる際には、ああいう手合いは排除した方がよろしいかと。主人はともかく、姉君のグラ様は
「……肝に銘じるさ。ただ、ああいう手合いの反発心を抑えたくて呼ぶんだって事も、料簡しておくれよ?」
「見せしめとして殺したい、という事であればこれ以上はお止めいたしません」
「……、……そんなに聞き分けのない娘なのかい?」
「……」
主人の姉の悪口を言うわけにもいかず、笑顔を作って無言を貫く。グラ・ハリューは決して扱い辛い主人ではない。こちらに一切の関心も持っていないらしく、また常に地下にこもっている為に、命令はほぼない。ただし、弟であるショーン・ハリューの扱いに関しては、かなり過保護だ。
以前は主人の意向で適当だった食事が、彼女の一言で三食きっちり用意されるようになったのは、俺としては嬉しい命令だった。だが、その際に脅されたキュプタスは、あの歳で寿命が縮む恐怖に苛まれたのだから笑えない。
「申し添えておきますと、我が主ショーン・ハリューは幻術師である事はお聞き及びの事かと存じますが、姉であるグラ・ハリューは魔力の理全般を修めており、主人に言わせれば天才、自慢の姉との事です。敵には回さぬ方が良いかと、差し出口を申し述べておきます」
「忠告、痛み入るさ……。そうか……。つまり、あそこの地下は、そんな二人の工房だったって事かい?」
「工房に関しましては、我々も足を踏み入れた事はございませんので、なんとも……。しかしながら、恐らくはそうでしょう」
「了解さ。あんな場所、二度と行くのはごめんだよ。それで、人払いまでさせて話したい内容ってのは?」
「はい。事業計画についてです」
ここからが俺の本領だと、襟を正す思いで話し始める。
「まずは、我々がなにをしようとしているのか、端的に申せば畜産です」
「ちくさん? 悪いがこっちは学がないんだ。それがなんなのかから、教えておくれな」
「えーっと、俺も学がないんでもしかしたら間違ってるかも知れないんですが、主人から聞いた限りでは、家畜を育ててそこから肉、乳、卵、毛皮だのなんだのを得る仕事の事のようです」
「はぁ!? あんたら、この町で放牧でも始めようってのかい?」
「いえ、俺もそう聞いたんですが、放牧ではなく、養鶏だそうです」
「……詳しく話しな」
「はい。このアルタンの町は、巨大港湾都市であるウェルタンから、国内ではサイタンまで続く、通称スパイス街道の宿場町です」
「そうだね。そこから帝国にまで延び、最終的には帝国の首都まで到達するのが、スパイス街道さ。海のない帝国にとっちゃ、陸路であろうと最短で香辛料を得られる、重要な道さ」
「はい」
ドワーフたちの国、ジグ・ドリュッセン帝国とは別の、人間が国主となっているネイデール帝国には海がない。その分、水と平地に恵まれた豊かな国なのだが、だからこそ塩と南方のスパイスを運ぶスパイス街道は帝国にとっては重要な道だ。塩は他の国や自国産の岩塩もあるのだろうが、スパイスだけはどうにもならない。
アルタンの町は、その街道沿いにある宿場町である。帝国に向かう馬車は、必ずアルタンに停泊する。勿論、帝国以外に向かう旅人もまた、アルタンを利用する。
取り立てて産業のないこの町が、十万人にも届こうかという人口を維持していられるのは、そういった交易の重要性からだ。
「ですが、他所のおこぼれにあずかり続けるというのは、町的に面白い状況ではありません。なんとなれば、王家直轄領のウェルタンも帝国も、ご領主様の影響下にはありません。なれば当然、ご領主様は王宮からも帝国からも影響を受けやすい立ち位置になってしまう……」
「まぁ、なまじスパイス街道が重要だからこそ、ご領主様も難儀な立場だねぇ。で? まさか、そんなお上の事情に嘴を
面倒な政治的ゴタゴタに巻き込むつもりなら承知しないとばかりに、鋭い眼光をこちらに向けてくるウル。無言のロッドからも、怒気と殺意が放たれた。
が、正直グラ様の視線と、土壇場での旦那の恐ろしさに比べれば、役者が違うと言いたくなる。
「まさかまさか」
俺はお
「いまのは、ご領主様がこの計画に乗った理由をご説明差し上げたまで。要は、アルタンに確固たる地盤――自分の足で立てるだけの産業があればいいのでは、という事です」
「ふむ。たしかに、ウェルタンと帝国の間で交易の利益を食んでいるより、影響を受ける度合いは低くなるだろうね」
「はい」
勿論、だからといって王家や帝国との関係を悪化させてもいいわけではない。それに、事が上手く運べばウェルタンや帝国にも、それなりに利益にはなるだろう。
「んで、ようけいだっけ? 字面的に、鳥を育てるんだろう?」
「そうです。家禽を育てて卵、肉、羽毛を得ます」
「なるほど、卵か……」
思案顔で頤を撫でつつ呟くウル。
「なるほどねぇ……。ビックリする程斬新なアイデアってわけでもないが、言われてみればどうして養鶏? これを生業にしてるもんがいないのか、不思議なくらいさね」
ウルが目から鱗が落ちたとでも言わんばかりに、苦笑している。まったくもって同感だ。
「卵は貴重なもので、安定的に得られるものでもありませんが、家鳥は珍しくもないからでしょうね。我々には、卵が欲しければ家鳥を飼うもの、という意識が根付いていました。ご領主様のお屋敷にも鳥用の小屋があるのですから、それは同じでしょう」
「まぁね。ウチにもあるよ。だが、やっぱり臭くってね。汚物の処理も手間だし、そういった面倒を除いて、安定的に得られるなら、正直そちらの方がありがたい」
疲れたように呟くウルに、ロッドも頷いている。もう一つ、様々な理由で夜が遅くなるであろうこの二人にとって、早朝からやかましくがなり立てる家鳥は、厄介な騒音源なのだろう。
そういった厄介事から解放されるなら、多少割高でも卵だけ欲しい、という輩は少なくないだろう。料理屋だって、卵が安定供給されれば、客に卵料理を提供できるようになる。
そうなれば、アルタンの名物にまでなるかも知れない。
おっと、これはまだまだ皮算用だな。
「なるほどねぇ。たしかに意表を突かれたけど、それでもその養鶏には数百人の奴隷が必要なのかい? 多く見積もっても、四、五〇人もいれば十分なんじゃないのかい?」
「ああ、そういえば規模を伝え忘れていました。主が想定している家鳥の飼育数は、最低でも数万羽、多ければ数十万羽を育てたいとの事です」
「はぁ!?」
途方もない数に、ウルの素っ頓狂な声が響いた。それを受けて、ウル・ロッドの幹部たちが応接室に飛び込んできたのには、心底参った……。
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