幕間 とある執事の受難・2
「こいつは……」
「…………」
ウル・ロッドの双頭、ウルとロッドが揃って目を丸くしていた。そこにあったのは、大きな金剛石をあしらった、金細工のネックレス。しかも二つだ。一つは見るからに女性用で、もう一つは意匠が華美ではない、男性用としても使えるもの。ハリュー姉弟からの、ウル・ロッド姉弟への贈り物であり、実際二人の共作らしい。
ハッキリ言って、これだけで一財産どころではない。物もそうだが、いま一部の界隈で熱狂的なコレクターも現れている【鉄幻爪】シリーズの製作者が特別に誂えたという付加価値も考えれば、出すとこに出せば豪邸が建つ程の値が付くだろう。
だが、件のショーン・ハリューはまるで、安物だから詫びの品としては不足だとでも言わんばかりに、申し訳なさそうに渡してきた。ついでに、ウルの指のサイズと好みを聞いてきたら、装飾付きの【鉄幻爪】を用意するとまで確約した。
そちらの方が、お詫びの品のメインだとでもいうような態度だった。それもまた、この首飾りにあまり価値を見出していなかったという事だろう。
常々思っていた事ではあるが、あの人の価値観はちょっと異常だ。
ウル・ロッド姉弟だけでなく、壁際にいた幹部たちもまた、動揺を顔に浮かべている。後々別の品も付けるという言葉から、今回の品は大したものではないと思っていたのだろう。
こちらとしても同意したいところではあるが、その驚きは最大限活用させてもらおう。ウル・ロッドが歓待をする事で主人を配下に認めさせようとしたのと同じく、こちらもまた、面倒を避ける為にも彼らには主人を認めさせたいのだ。
「どうでしょう? お好みには合いそうですか?」
「これまた、たいそうな品だね」
「それが主人の誠意というものでございます」
「はぁ、参ったよ……。これにケチ付けようってぇのは、流石にアタイの狭量さを喧伝するようなもんさ。ドタキャンに関しちゃ、これで手打ち。あとはグダグダ言わないよ」
「ありがとうございます。後日また、必ずや主人がお礼を述べに参りますが、私どもからも厚く御礼申し上げます」
「今度こそ、噂の【白昼夢の小悪魔】殿と顔を合わせたいもんだね。いろいろあった間柄だってのに、未だに一度もご尊顔を拝した事もないしね」
「たしかに。ロッド様は主人にお会いした事もありましたよね?」
俺が話を振っても、父親分のロッドは軽く頷いただけで、無言を貫く。ショーン・ハリューの話では、あまり口達者な方ではなさそうだが、気のいいおじさんだという事だったが……正直、この顔を見てそう思えたのなら、やっぱりウチの旦那は価値観がおかしい。
人か鬼かと聞かれれば、たぶん鬼に近いんじゃないか。ついついそのスキンヘッドに角が生えていないかを気にしてしまう程の強面だ。こうして対峙しているだけで、やはり緊張を禁じ得ない。
ウル・ロッドの前進であるマフィアの親分都幹部を、一夜にして皆殺しにし、その後も暴れ続けて組織を半壊させた剛の者。ウル・ロッドが有名になるまでは【
嘘か誠か、四級冒険者を殴り殺した事もある、なんて噂まであった程の人物である。実際目の当たりにすれば、嘘ではないかも知れないという説得力がある。
こんな人を捕まえて、近所のおじさん扱いなのだから、旦那はやっぱりどこかおかしい。
それからいくつか、世間話や情報交換に時間を割いてから、いよいよ本題に入る。
「――そんで? あんたらの計画にこっちも一枚噛めって話だったよね?」
「ええ。現在のカベラ商業ギルドを排除し、その後釜に我々が座ろうかと考えております。その為にいま必要なのが実績であり、その実績を得る為に、我々はいまご領主様やスィーバ商会、ブルネン商会以下、この町の奴隷商とも協力関係を築きつつあります」
「実績、ねぇ……。そいつぁ、一朝一夕で得られるもんでもないんじゃないかい?」
「おっしゃる通りではありますが、時間をかけてはカベラの連中の復権を許してしまいかねません。こちらとしてもそれは困るわけです」
「それはそっちの問題さね。言っちゃ悪いが、こちらには関係のない話だよ」
その通り。ただ実を言うと、この計画にウル・ロッドは必要不可欠というわけではない。それでも奴隷関係の問題や、事業の場としてスラムを使いたい点を考慮して、話を通しているに近い。
利益的にもローリスクハイリターンであり、ウル・ロッド的には利益しかない。問題がるとすれば、そのカベラの乗っ取りに関するゴタゴタに巻き込まれる懸念くらいだ。
だからこうして、その件には関わらないぞ、と釘を刺してきているわけだ。こちらとしても、変にヤクザ者が関わってくると、話が拗れかねない。ウル・ロッドに求めているのは、先方が嫌がらせをしようとした際の抑止力だ。
「はい。カベラの乗っ取り計画には、そちら様のお力は必要ありません。事業に関しても、スラムの一部を借りられれば良いですし、それはもうスィーバ商会を通してご領主様にご了承を賜れる段階にあるかと」
「ほぉ。つまりは、アタイらの出る幕はないが、奴隷とスラムに関する事だから、話だけは通した。名前だけ貸して、分け前も渡すから文句言うなって?」
正直にいえばその通りなのだが、そのまま口にできないのが下っ端の辛いところだ。案外ショーン・ハリューなら、ここあっさり頷いてしまうのかも知れないが、当然俺にそんな事ができるはずもない。
だが、大きな事を成す際には、裏にも表にも話を通しておけば、なにかとスムーズに話が進むのも事実だ。
ここで角を立てるわけにも行かないので、意を決してウル・ロッドの母親分に切り出した。
「その事に関してなのですが、少しお人払いをお願いしても、大丈夫でしょうか……?」
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