第17話 不可解な状況と戦力分析の成果

 ●○●


「――生殖能力云々については、以上でいいでしょう。それでは、次の話です。というよりも、本題です」

「僕がどうして、予定を切り上げてトポロスタンから帰ってきたか、だね?」

「はい。あなたが帰ってきてからは、留守中の出来事と、新たに現れた【雷神の力帯メギンギョルド】のメンバーについて説明しただけでしたから。こちらは、どうしてあなたが予定外の帰還を果たしたのか、さっぱりわからないままです」


 グラはそう言ってから、大きくため息を吐いてから険のある目つきで睨んでくる。まぁ、すわ緊急事態かと思えば【雷神の力帯メギンギョルド】の新メンバーと会談で、その後は依代の生殖機能の話だ。グラからすれば、振り回されている感があるのも無理はない。

 僕は素直に謝罪しつつ、依代から抜け出して本体に宿る。グラの精神の不安定さは、どうやらしばらく離れ離れだった点にもあるようだ。……まぁ、すぐに依代に宿り直して、ジーガとディエゴ君の代打を務めないといけないのだが。


「ふぅ……」


 本体にて、久しぶりに二心同体となった途端、安堵のようなため息を吐くグラ。僕もまた、こうしているのは気分がいい。正直、ずっとこうしていたくもあるが、これは炬燵から抜け出せない心理に近い。己に活を入れて、トポロスタンのダンジョンコアと、その最期について話し始める。


「――なるほど……。何者かの意図があって、そのダンジョンコアはトポロスタンの町の近くに、ダンジョンを拓いたと、あなたはそう見ているのですね?」

「うん。で、その理由を考えた場合、アルタンからある程度の戦力を引き離す事だと思ったんだ」


 彼の末期のセリフは、誰かが意図的にあの状況を整えたのだろうと予測できるものだった。ただ、正直その目標が未だに不明瞭なままだ……。


「てっきり、僕や【雷神の力帯メギンギョルド】のメンバーをアルタンから引き離す策だと思ったんだけど、この様子だとアルタンには特筆するような事態は起こっていないみたいだし……」


 グラ単体を狙っての事かとも危惧したが、それもほとんど動きらしい動きがない。せいぜい、ティコティコさんとジューさんが訪問してきたくらいだ。まぁ、彼女がずっと地下の研究室に籠っていたからという理由もあるが。


「騒動なら、あの厚顔兎のせいで大騒動だったようですよ。私はまったく関知していないので、詳しくはジーガ辺りに聞いてください」

「まぁ、ある意味そのおかげかも知れないね。ィエイト君が屋敷に詰め、フォーンさんがちょくちょく顔を見せていた家に、町全体が上を下への騒ぎになった元凶であるティコティコさんとジューさんが訪問して、秘密裏に君に接触するのを諦めたのかも」


 だとすると、かなり杜撰な計画だったようだ。僕らが【雷神の力帯メギンギョルド】とそれなりに親交があるのは、ちょっと調べればわかる。ティコティコさんとジューさんの訪問は予定外だったものの、それ以外は予想できた事態だ。

 それすら知らずしてちょっかいをかけてきたのだとしたら、あまりにも迂闊だ。


「ただ、ダンジョンコアを動かしている以上、相手もダンジョンコアかその眷属であると推察できる。だとすると、情報収集が多少ザルでも仕方がない」

「ええ、そうですね。私が言うのもなんですが、ダンジョンコアはその精神の根幹からして、人間とのコミュニケーションに向きませんし、社会というものにも馴染みません」


 生態の根本から、社会を必要としていないからね。だからある意味、それは致し方ない事だ。


「まぁ、件のグレイだったら想定していただろうけど……」


 聞く限り、バスガルを使嗾したグレイという存在は、かなり人間社会の情報収集にも長けているようだ。ただ今回は、バスガルのときに比べて、やり方が場当たり的すぎる。


「今回は、グレイ案件ではないと?」


 グラが思案気に問いかけてくるも、僕は曖昧にしか答えられない。相手のやり方が拙いからと、グレイではないと断定する事はできない。


「そうなんじゃないかなぁ。となると、別のダンジョンコアの眷属が起こした事態だという話になるけど……」


 あるいは、以前話し合ったこちらに敵意を持つダンジョンコアという事もあり得る。ただしこれは、確証をもっていると断言できない以上、ここで言及するものではない。


「正直、今度のやり方はグレイであろうとなかろうと、ダンジョンコアのやり方ではないと信じたいです……。わかいダンジョンコアを、使い捨てのように犠牲にするなど、愚劣にも程があります」

「まぁ、たしかにねぇ……」


 僕もその辺り、ダンジョンコアのやり方として違和感がある。ぶっちゃけ、かなりダサい。

 ダンジョンコアはもっと格好いい生き物だという認識が、僕にはある。孤高であるが故に、己に恥じるような生き方をするのをなにより忌避するのだ。勿論、善悪の基準が己の認識のみであり、独善になりかねない在り様ではあるのだが……。

 だが、今回の一件はそういったダンジョン勢のやり口からは、かなり程遠い印象を受ける。……もっといえば、かなり人間臭い……。


「だけど、人間がダンジョンコアを唆したというのも、信憑性に欠ける話だろう? 僕らは、ダンジョン内に入り込んだ人間と、ダンジョンの眷属とを、感覚的に見分ける事ができる。トポロスタンのダンジョンコアは、おそらく自らを嵌めた存在がいると確信していた。だからこそ、言葉を交わさずとも僕を、他のダンジョンからの使いであると認識して、注意喚起の意味合いでそれを伝えてきた。人間が、眷属に化けて接触したというのは、かなり無理筋な推論だ」

「はい。話を聞く限り、そのダンジョンコアの振る舞いは、実にらしいものです。同じ立場におかれれば、私も種の為に情報を残そうとするでしょう。他のダンジョンコアを、意図的に地上生命の脅威に晒す存在など、放置はできません」

「そうだね。その点は僕も同意だ」


 勿論、グラと違って僕は、ダンジョンコアという種そのものの生存に、そこまで重きをおいているわけではない。正直、グラが神様になる為なら、他のすべてのダンジョンを犠牲にしても構わない。……まぁ、人殺しに躊躇していた自分が、実際にそのときになってから、躊躇をしない自信はないが……。ルディと知り合ってしまったいまとなっては、なおさらだ。

 それでも、ダンジョンコアを騙して嗾けるような輩が相手となれば、微塵の躊躇もせず斧を振り下ろせる。その相手が、地上側だろうと地中側だろうと、生かしておけば、グラにも害が及びかねないのだから。


「セイブンさんと【アントス】の人たちには、トポロスタンの冒険者ギルドにて、近隣のダンジョンやモンスターに関する情報収集をお願いしてる。もう少ししたら、僕ももう一度あちらに赴いて、ダンジョン視点での情報収集を行うつもり」

「ふむ。秘密裏にという事であれば、今度こそ私も赴いてもいいですよね?」

「まぁ、そうだね。なにより、できればそのダンジョン跡からDPを抜いて欲しい。自然にDPが抜けてしまう前に、同じダンジョンコアに取り込まれた方が、あのコアにとっても本望だろう」


 僕は、あのヌートリア型のダンジョンコアの最期を思い出しつつ、そんな事を言う。正直、それが本当に彼の為になるのか、望みに適う弔いのやり方なのかは、人間の意識が強い僕にはわからない。ダメなら、ここでグラが制止してくれるだろう。

 だが、それはそこまで忌避感のある真似ではないのか、グラはあっさりと肯定しつつ、僕が拘泥しているような事など、端から考慮の埒外だとでも言わんばかりに、実務的な話を進める。


「そうですね。となると、依代よりも本体で赴くべきでしょう。問題は、トポロスタン近郊の地下には、我らのダンジョンは版図を広げていないという点ですが……」

「ああ、うん、そうだね……。やっぱり、ダンジョンからDPを吸収する為の擬似ダンジョンコアを作るべきじゃない?」

「……パティパティアトンネルの一件ですか……」


 そう。戦争の後始末を言い訳にして後回しにしていたが、パティパティアトンネルからDPを抜かれていた一件は、未だに謎のままだ。一応、僕ら二人の共通認識として、こちらに敵意を有するダンジョンコアがいる、という結論には至ったが、ではそれが誰か、どこにいるのかという点は、完全に不明のままだ。解決の糸口すらない。

 独自で調べるのにも限界があるうえ、この件に関しては人間を使うわけにもいかない為、手詰まり感が強い。

 一応、いまもパティパティアに詰めているウカには、他所から接触を受けたら、最優先にこちらに連絡をするよう厳命しているし、身を守る手段も、以前より充実させた。なんと【黒神チェルノボーグ】を施した装具を渡している程だ。かなり死神術式に近い術式が用いられている為、少し躊躇する思いはあったが、重要なのは【死を想えメメントモリ】の方なので、最悪外部に流出しても構わないだろう。無論、秘匿が叶うなら、それに越した事はないが……。

 別名、撒菱幻術である。逃走にはおおいに役立つはずだ。問題は魔石の消費が大きい点だが、パティパティアトンネルは一応ダンジョンなので、しばらく練習すれば自家消費用の魔石くらいは自作できるようになるだろう。


「こっちは、まだグレイ案件である可能性は捨てきれない。レヴンの言っていた、地上に生きるダンジョンコアという線もある。……地上案件なのに、地上生命以外も気にしなきゃいけないのが、本当に面倒だね……」

「はい。ただ、グレイがその地上に生きるダンジョンコアであれば、随分と話はスッキリしますよ?」

「その場合、トポロスタンの方がグレイ案件ではないという僕らの見解的に、まったく関係ないダンジョン勢が、あのダンジョンコアを使嗾し、使い潰したという事になる。それはそれで面倒じゃない?」

「むぅ……。たしかに」

「僕的には、パティパティアトンネルの一件はグレイ案件、トポロスタンのダンジョンに関しては、地上に生きるダンジョンコア案件じゃないかと思っている。まぁ、どちらもなんの確証もないけど」

「なるほど……。そういえば、その一件に関して、レヴンは使えないのですか?」


 グラの問いに、なるほどそれもアリかと考える。ニスティス大迷宮のダンジョンコアの眷属で、地上に生きるダンジョンコアに関する情報を収集している彼なら、トポロスタンの情報収集には使えるかも知れない。パティパティアトンネルに関しては、あそこは緊急時の僕らの避難場所である以上、他のダンジョンコアに場所を知らせるわけにはいかない。

 既に何者かに、存在そのものは知られてしまったようだが、それでも開き直って誰も彼もに触れ回る必要まではない。


「うん。グラの言う通り、レヴンにも協力を仰ごう。ただ、アイツはたぶん、しばらくはヴェルヴェエルデ大公領にいると思うんだよね。宝箱関係で」

「そういえば、それもありましたね……」


 大公領内のダンジョンにて、宝箱という客引き手段を周知させる為、恐らくレヴンはニスティス大迷宮のコアに駆り出されているはずだ。アルタンに戻ってくるのは、いつになる事やら……。


 その後も僕らは、今後の対策と警戒について話し続けた。ジーガから、商人たちとの折衝に向かってもいいかという連絡が入るまで。気付けば、今回のダンジョン攻略の目的である、セイブンさんと【アントス】の面々の戦力評価の話がすっかり後回しになってしまっていた……。


 まぁ、セイブンさんに関しては、当初の懸念通り、僕の物差しでは正確な戦力分析はできなかったわけだが……。



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