第103話 バカンスの終わり
まぁ、ポーラさんに関しては、ダンジョンに攻めてくる可能性は低い。代官だし、領主の娘だし、ダンジョン攻略を担う冒険者でもない。いまのところは、それでいい。
うちのダンジョンが見つかって、領主や国が本腰入れて攻略に乗り出すまでは……。
「さて、それでは帰りましょうか。タチさんたちはどうします? あなた方もうちの船でお送りしましょうか?」
「いや、我々はまだこの島で情報の収集と操作の役目があります。ご厚意はかたじけないですが、同道はできません」
「そうですか」
まぁ、ゴルディスケイルのダンジョン内でかなり暴れたらしいし、その罪を大公側の間諜になすりつける為の工作が必要なのだろう。少し意外だったのは、パティパティアに通すはずの
既に対抗の手勢はほとんど全滅しているわけだし、情報工作だけなら部下の人たちに任せればいいだろうに……。完全に外部と閉ざされた船上という空間は、密談するにはもってこいのシチュエーションだと思ったのだが……。
まぁ、タチさんにはタチさんで思惑があるのだろう。あまり拘泥しても仕方がない。
「あ、そうだ。タチさん、できればうちの使用人には【
「ふむ。まぁ、我々としても下手な人間がお二人にちょっかいをかけて、帝国との仲が拗れても困ります。その程度の情報の流布であれば、請け負いましょう」
しかつめらしく頷くタチさんに、僕も頷く。下手な連中が下手な事をして、僕らの関係が崩れると、いろいろと困る。正直、妖精金貨十万枚はともかく、帝国側にこちらのダンジョンを拓く口実がなくなると、僕らとしても困るのだ。
「お願いします。できればポーラ様もお願いしていいですか?」
「うむ、構わない。我が領としても、これ以上慮外者がハリュー姉弟にちょっかいをかけて、問題を起こされても困るからな。王冠領や第二王国にも、それとなくその情報は流しておこう」
鷹揚に頷くポーラ様だが、タチさんと違って、この人はそういう情報操作が苦手そうなのが心配だ……。この人が英雄クラスの人材であるとゲラッシ伯に教えるとき、そちらもついでにお願いしとこう。
幸い、ゲラッシ伯への面会は、カメラのマジックアイテムの受け渡しという口実もあるしね。
「ところで、そちらの御仁はどなたかな? タチ殿と聞こえたが、まさか【暗がりの手】のタチ殿か?」
「失礼。名乗り遅れました。私はネイデール帝国、タルボ侯爵家家臣、ランブルック・タチと申します」
「ふむ。ノドゥス・セクンドゥス王国、ゲラッシ伯爵家が娘、ポーラ・フォン・ゲラッシである。貴殿の高名はかねがね窺っているぞ」
「恐縮です」
帝国の侯爵の家臣筋にあたるタチさん相手だからか、ポーラ様の態度が固い。まぁ、そうだろうね。
「ところで、タチ殿がここにおられるという事は、我が領を通過して来られたという事か? 貴殿のような大物が関を通過したとなれば、それが私の耳に届かぬわけもないのだが?」
だよねぇ。とはいえ、間にパティパティア山脈を挟んでいる以上、関所破りなんて容易い。帝国が接している山脈から入って、第二王国側に抜ければいいだけだ。相手が帝国の影の巨人ともなればなおさらである。
だが、実際にこうして目の前にタチさんがいるのだから、そこを指摘するのも為政者としては当然だ。明確な密入国なのだからね。
「いえ、我々はベルトルッチ平野側からこのゴルディスケイルに渡りました。第二王国には入っておりません」
「ふむ。そうか」
白々しいタチさんの釈明を、ポーラ様も信じてはいないのだろう。一切取り繕うとしていない猜疑の視線を彼に投げつつ、しかしこの場ではそういう事で納得してくれたようだ。
もしかしてタチさんは、このまま同じ船に乗って第二王国に入国するのを避けたのかも知れない。隠密集団が、隠密集団として堂々と第二王国領に入るというのは、それはそれでリスクが高いだろうしね。
「レヴンはどうする?」
僕は交渉の間はずっと空気だったレヴンに訊ねる。まぁ、僕ら、【暗がりの手】、教会、大公の話に口出しなんて、頼まれてもしたくないだろう。僕だって、当事者でなければわざわざ手を突っ込みたくはない。
「俺はちょっとベルトルッチ平野に用があるから、こっちに残るぜ」
「そっか」
まぁ、ニスティス大迷宮に情報を届ける仕事があるからね。ついでに、奥さんや子供にも会ってくるのだろう。
しかし、貴重な特級冒険者が国外に出ていくのは、冒険者ギルド的には大丈夫なんだろうか?
「その仕事が終わったら、僕の方の依頼もよろしく」
「あいよ。ホント、人使いが荒いヤツだな……。文字通りの東奔西走だぜ」
肩をすくめて嘆息するレヴンに、僕は皮肉を込めて笑いかける。先の【扇動者騒動】で迷惑をかけられた分は、これで許してやるとしよう。
バックのニスティス大迷宮のコアにビビって、手心を加えている感は否めないが、向こうも理由があったわけだしね。っていうか、ニスティスは普通に怖いって。
さて、とんだバカンスだったが、これでようやく一件落着かな?
「ところで、君は本当にグラ殿か? ショーン殿なのか? ショーン殿は向こうで会ったから、グラ殿だとは思うが、以前とは口調も態度も違うし……。なにより服装が……」
ああ、またその説明をする事になるのか……。
なお、二度目となる僕が女装をするに至った、やむにやまれぬ事情説明の間に、レヴンやタチさんらはこの場を去っていた。
そして、ポーラ様は四〇分の説明のあと、あっけらかんと「よくわからん!」の一言で、すべての理解を放棄した。この脳筋娘。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます