第25話 新たなる侵入者と、新たなる罠
新しく作った部屋に、石製の机と椅子も作った。座り心地は最悪だけど、地に属す物質である石は、生命力を馴染ませやすいので重宝する。
「とはいえ、いい加減木材も欲しいんだよなぁ……」
「開口部の廃墟を解体すれば、それなりの木材も確保できるかとは思いますが……」
「そりゃできるだろうけど、僕らのダンジョンが丸裸になっちゃうじゃないか」
「そうですね。あのような廃墟でも、ないよりはあった方が望ましい隠れ蓑です」
いずれは上部の家を建て直して、正式に僕らの住居にするのもいいかも知れない。ダンジョンは、その家の地下室、という風にできれば、そうそう発見される事もないだろう。
ただ、いまはまだそんな余裕はない。まずは保身が第一である。
「では、資料に目を通すとしましょう」
心なしか溌剌としたグラの声に応じ、僕は懐からセイブンさんにもらった資料を取り出した。薄っぺらい羊皮紙一枚の資料ではあるが、これはダンジョンにとっての大きな一枚となるだろう。
「なになに……。ダンジョン内は暗い場合もあるので、明かりとなるものを持っていきましょう?」
「そんなものは、言われずともわかるでしょう」
「そうだね。えーっと、次の項目は、ダンジョン内の探索には、時間がかかる場合もあります。余裕のある食料と飲料水を携行しましょう……」
「それも自明でしょう。それは子供向けの注意事項ですか?」
「ダンジョンにはモンスターが出現します。戦う準備を怠らないようにしましょう」
「怠るようなら、そもそもその者はなにをしにダンジョンに潜ってきたというのですか?」
グラの言葉が刺々しくなってきた……。
まぁ、こんな遠足のしおり紛いの紙切れを、人間側の重要書類だと思っていたのだから、肩透かしに苛立っているのだろう。
資料に書かれていたのは、本当に簡単な諸注意ばかりで、冒険者の行動パターンを割り出す役には立たなそうだった。
「まぁ結局、十級にも見せられる程度の、浅い情報だったって事かな……」
中級冒険者にとって、ダンジョン探索のノウハウというのは飯の種だろう。下級冒険者にそれを広められれば、自分たちの取り分が減りかねない。面白い話ではないだろう。
ギルドとしても、下級冒険者に求めている役割は、周辺に存在する繁殖力の高いモンスターの駆除だ。ダンジョン探索ではない。
下手にダンジョンに食指を向けられたくはない、という事なのかも知れない。
「そうですね。冒険者ギルドの保有している資料とやらには、これ以上の情報が記載されていると期待しましょう」
「七級、できれば六級くらいまでは上がりたいね。となると、魔石の納入か。生命力的には、どれくらい消費するかな……」
必要な投資だとはわかっているけど、やはり気分のいいものではない。自分の足を食べるタコの気分だ。
「今回の囮で、どれだけ獲物が食い付いてくるかにもよりますね」
「結構目立っていたけど、今夜は侵入してくるかな?」
「どうでしょう? スラムに入る頃には、冒険者連中は撒いていましたし、スラムに入ってからは、急いでここに戻ってきましたからね。それ程目立ってはいなかったかも知れ——」
噂をすれば影というべきか、侵入者だ。まだ日も高い頃合いだというのに、堂々と家宅侵入とは……。
「今夜どころの話じゃなかったね」
「ショーンの機転のおかげで、ダンジョンは処理能力を向上させています。十人、二〇人程度の侵入者であれば、問題なく処理できます」
「そうだね。そう願おう」
バクバクと高鳴る心音を自覚しながら、僕は汗をかかないはずの背筋に、冷たいものが這うのを感じた。
何度経験しても、命を狙われるというのは、慣れるものではない。下手を打てば人生が終わる緊張感に、いまにも胃がひっくり返りそうになる。
バトルジャンキーというものを、前世の創作物でよく目にしたが、こんな緊張感を楽しんでいたのかと思うと信じられない。完全に、異常者の思考だ。
侵入者を意識すれば、その姿を目以外のなんらかの器官で視認する。やはり、侵入してきたのは冒険者だ。格好的に、下級冒険者だろう。総勢十二人。
階段で二人殺した。
二人も引っ掛かったのは、運が良かったといえる。彼らは、下級とはいえ曲がりなりにも冒険者だ。ダンジョンではなく、人家に侵入したと思って油断したのだろう。
だが、後続はそれを目撃しており、当然落とし穴は回避される。
次の吊天井の空間で、さらに四人殺した。だが、全滅じゃない。一人が、物置に避難したのだ。
そこには、天井を元に戻す為のレバーと、通路の扉の鍵を開く為のレバーと、電流が流れるレバーがある。
物置でもう一人。なんだって、天井を元に戻して鍵を開けたあと、必要もないレバーまで触るかね。いやまぁ、それを狙った罠なんだから、文句なんてないけど。
先行組は、これで全滅。残りは後発の五人。
死体はまだ食べないよう、グラに言っている。万一逃げられた際に、死体がすぐに消えたなんて言いふらされたら、ここがダンジョンだとバレかねない。
残りの五人が、罠にかからぬよう、慎重に廊下を進む。扉の前に到達すると、念入りに調べている。やがて、その扉がノブを回さずに開く、外開きの扉だと気付いたようだった。
そしてとうとう、先程まで僕らのダンジョンの最奥の間だった部屋へと、侵入者たちが到達した。
本当、新しく部屋を作っていてよかったよ。
柔らかなランプの灯に照らされる空間。部屋の奥には木製の本棚があり、床には真っ赤な絨毯が敷かれ、壁には鹿の剥製やら絵画が掛けられ、全体的にごちゃごちゃとした印象をうける。
本棚の前に配置されている重厚な机についていた僕は、侵入者たちに反応して顔をあげた。
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