第24話 奇妙な子供

 〈6〉


 最近、この辺りには奇妙な子供が出没する。


 まるで新品みてえな、暗い青色のベストに白いシャツ、黒いハーフパンツに上等な革靴を履き、派手で大きな指輪をしている、十二、三の子供だ。

 これだけなら、ウサギが塩と香草を背負って歩いているようなもんだ。さっさと鍋に入れて食らってくださいってな。

 次の日には身包み剥がされて路地を転がっているか、ツラが良けりゃアーベンの商品として首輪をされているかといったところだろう。

 美味くもなさそうに肉串を齧りながら、不用心にスラムを歩いている姿を見たときには、当然そうなるものだと思っていた。

 だってそうだろう? 肉串なんて、簡単であれど調理されたあとのものを食いながら歩くだなんて、周囲に「自分は金を持ってるぞ!」と宣伝しているようなもんだ。

 実際、肉串を齧るガキのあとを、何人かの人間がつけていったのを見て、自分の予測は間違いなく正しいものだろうと思ったんだ。どころか、そうなったものとして、今日まで忘れていたくらいなのだ。


 だが今日、そのガキはまた現れた。何事もなかったかのように、またも新品のような装備を身に付けて、意気揚々と町中に向かって歩いていく。


 おかしい。


 どう考えたっておかしい。仮に、あのあとなんらかの方法で襲撃を防げたとして、だったらなんでまた、同じように無防備に出歩くんだ? また、別の厄介者を呼び込むだけだとわからねえってのか?

 もしかしたら、前回は誰にも襲われなかった? いやいやいや。そんなわきゃあねえ。あんな身なりのいいガキを、人攫い連中が見逃すはずはない。

 あの上等そうな衣服と、でけえ指輪を売り払い、ついでにアーベンにガキそのものを売っ払えば、そうとうな稼ぎになるはずだ。文句を言うヤツすら残らねえってのに、やらねえ理由がねえだろう。

 人攫いでなくても、狙っていたやつはいたはずなのだ。


 少し経って、そろそろ金が心許なくなってきたから、冒険者の真似事でもしに下水に潜ろうかと思っていた矢先、件の子供がスラムに戻ってきた。片手には、クソ高えアンジーの実なんざ握っていたが、今度はこれまでのような飄々とした様子じゃあなかった。何者かに追われるようにして、そそくさとスラムの奥に消えていく。

 しばらくすると、冒険者風の、それでいて安っぽい、どこかスラムに近しい雰囲気の男たちが、どやどやと現れた。おそらくは、ゴロツキ紛いの下級冒険者だろう。


「どこだ!? どこ行きやがったッ!?」

「クソッ、スラムなんぞに逃げ込みやがって!」

「おい、ウル・ロッドの連中に見つかったらやべえ。今日のところは、ひとまず退散しようぜ!」

「ちょっと待てよ! だが、あのガキは六級相当のマジックアイテムを持ってんだぜ? スラムなんぞに入れば、明日にゃ丸裸の奴隷か死体だ。折角の獲物を横取りされちまう!!」

「うるせえ! 命あっての物種なんだよ。俺ぁ降りる!」

「ああ、帰れ帰れ! その方が分前が増えらぁ!!」

「お、俺も降りるぜ。ガキは惜しいが、ウル・ロッドの連中とかち合ったら、結局はタダ働きだ……」

「ぅうむ……。じゃあ俺も、今日のところはけーるか……」


 聞き耳を立てつつ観察していたら、スラムに入ってきた冒険者の半数が、いそいそと町中へと戻っていった。

 ウル・ロッドファミリー。この一帯を取り仕切る、このアルタンの町における裏の顔だ。頭の足りない下級冒険者連中も、流石にウル・ロッドに喧嘩を売るつもりはないようだ。

 まぁ、それでも十人程度が残ったのは、上手くやればウル・ロッドの目から逃れつつ、あのガキを捕らえられる可能性もあると思っているのだろう。もしもかち合えば、愛想笑いでも浮かべて踵を返すしかないというのに。


「しかし、六級か……」


 我知らず、声が漏れた。

 六級のマジックアイテム。それは、売れば金貨五枚くらいにはなるだろう。

 お宝と呼べる程ではないものの、一般的には十分に高価な金額だ。下級連中が目の色を変えるのも、さもありなんといったところか。

 金貨五枚……。表の世界でやり直す——人生を買い戻す為には、十分な値段だ。いい加減、俺が破産したなんて話も、忘れられつつある。

 だったらこれは、いい機会なんじゃねえか?

 他の商人に侮られないだけの身なりを整え、どこかのギルドに所属するまでに、金貨が一、二枚は飛ぶだろう。だが、残った三枚で品物を仕入れられる。その後は、少しずつ儲けを増やしていき、死ぬまでにまっとうな住処を得られれば、それ以上の望みなんてない。

 どうする……? これまでは、人に顔向けできないような真似は、しないで生きてこれた。だが、とてもではないが、真っ当に生きてきたなんて言えやしない。

 だから、もう少しに踏み出して人生を買い戻せるなら、躊躇する理由はないんじゃないか? ほんの少し。そう、あと一歩だけ踏み出せば……。


 俺は棍棒を振り下ろした。


「はぁ……。こういうところが、俺のダメなところなんだろうなぁ……」


 ギィッ! っと悲鳴をあげたのは、勿論あのガキではなく、下水路の赤ネズミだ。ネコ程もある体躯をぐったりさせ、動かなくなった赤ネズミの腹を、錆だらけのナイフで裂いて、小さな魔石を取り出す。この魔石は、明日にでも冒険者ギルドに売りに行こう。

 勿論、俺はガキとは違って、いかにも金を持ってますなんてツラで、戻ってきたりはしねえ。ついでに壁の外でウサギでも狩って、その肉を持って帰れば、懐を弄られる心配も少ないだろう。

 少々惜しいと思いつつも、赤ネズミの肉なんて食えたものではないので、死体は下水に蹴り落とす。

 結局俺は、一歩踏み出す事はできなかった。


 あのガキはどうなっただろうか。いや、考えるまでもないな。

 もしかしたら、下級冒険者たちに身包みを剥がされているかも知れない。だがそれは、思い付く限りでは、まだマシな目だといえる。一度目ならともかく、二度目ともなれば、人攫いも本腰を入れるだろう。そうでなくても、あれだけの騒ぎにもなれば、そろそろウル・ロッドだってガキの存在に気付く。

 むしろ、今日を生き延びる方が過酷な状況におかれるといっていい。だから、こうして赤ネズミを狩っている自分は、まだまだ甘いのだろう。

 ガキを狙い、拐い、あわよくば金を手にできる方に賭けられなかったのは、単にそれをしたくなかったからだ。人間として、生きていたいと思ってしまったからだ。


 はぁ……。


 次の日。場所は冒険者ギルド。

 魔石を売りにきた俺は、同じく魔石を売りにきたヤツが隣に並んだ事で、声をあげて驚き、腰を抜かしてしまった。

 そんな俺を不思議そうな顔で見ているのは、あのガキだった。



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