第23話 カモがネギを背負って、鍋の中で泳いでいるように見えるらしい
戻ってきたセイブンさんから資料を受け取った僕は、そろそろ帰ろうと思い暇乞いを告げた。そのとき、セイブンさんが声をひそめつつ、話しかけてきた。
「お気を付けください。先日の一件で、あなたがマジックアイテムを保有しているという情報は、冒険者の界隈では有名になっております」
「は、はぁ……」
曖昧に頷いた僕が、言いたい事を理解できていないと察したのか、セイブンさんは小声のまま付け加えた。
「冒険者のなかには、素行のよろしくない方もそれなりにいます。ギルドとしては恥ずかしい限りではありますが、そういった輩があなたのマジックアイテムを狙って行動を起こさないとも限りません。重々お気を付けを」
「なるほど。ご忠告、ありがとうございます」
セイブンさんにお礼を述べて、僕はそそくさと冒険者ギルドをあとにした。
帰り道、市場でオレンジ色のリンゴのような果物を購入する。ちなみに、銀貨一枚。結構高い……。銅貨で何枚か聞いたら、今日の相場は銀貨一枚、銅貨二四枚と三分の一だとか。
え? 細かな相場変動とかすんの? そして枚数が中途半端で計算しづらい!!
まぁ、お金なんてほとんど使わないだろうし、相場とかどうでもいいけどさ。
微妙にすっぱ苦い、でもほんのり甘い茶色の果肉を齧りながら、僕は帰路につく。食感はシャキシャキとしたものではなく、ホロホロと崩れるような、水分がないリンゴっぽい。僕は、こういう食感のリンゴも嫌いじゃなかった。味はイマイチだと思うが。
まぁ、肉串よりは美味いから、銀貨を払った甲斐はあると思おう。
セイブンさんが最後にくれた忠告について考える。
あの発言から考えて、マジックアイテムはそれ程普及しているものではないらしい。この提灯鮟鱇も、結構な値段で売れる代物なのかも知れない。
だとしたら、全身マジックアイテムで揃えているいまの僕って、かなり豪華な装備って事になるよね。バレたらめちゃくちゃ目立ちそうだ……。
糊口を凌ぐ為に、鉱山の鉱夫兼カナリヤとして生かされているような下級冒険者が、それを知ってどう思うか。その後なにが起こるのか。火を見るより明らかだろう。
僕の目の前に、四人の男が立ちはだかった。
「■■、■■■? ■■■■食って■■■■■? 先輩■■、■■■■奢ってくれよ?」
うん、スラング多めで聞き取れないけど、言いたい事はわかる。
逃げた。そらもう、一目散に、一言も言葉を交わす事なく。あちこちからゴロツキなんだか、冒険者なんだかわからない連中が現れて、追いかけ回された。
町中を駆けずり回って、ようやく撒く事に成功し、僕らは拠点へと戻ってきた。
「はぁ……。疲れた……」
「すべてここに誘い込んで、一網打尽にしてしまえば良かったのでは?」
うん、実にグラらしい意見だ。ただし、それはちょっと短絡思考だと思うぞ。
「第一に、彼らはゴロツキ紛いとはいえ、社会的には冒険者だ。つまり、一度に大量に消えたら、問題になる可能性がある」
「む。なるほど」
「第二に、このダンジョンの処理能力を超える人数が押し寄せかねない。いまのこのダンジョンで相手にできるのは、精々三組までだ。それ以上は、吊天井で一網打尽にでもできない限り、僕らの部屋まで到達する」
「それもそうですね」
「最後に、せっかく情報を得たんだから、早めにダンジョンを広げたい。だってのに、侵入者に煩わされるのは面倒だ」
「納得です。では、以前言っていたように、もう一部屋作るのですか?」
「ああ。いや、一部屋じゃない。下手をすると、下級冒険者がこの家に押し寄せかねない。ご近所さんには多少不自然に思われるかも知れないけど、二部屋作りたい」
「侵入者に対する処理能力を向上させたい、という事ですね」
そういう事だ。というわけで、僕はちょっとドキドキしつつ、ダンジョンの拡張作業に移る。
部屋の壁に両手をつき、その先にある地面に向けて生命力を流し込む。ただの土の地面を、生き物であるダンジョンに作り替えていく為に、どんどん生命力を流し込む。
やがて、少しずつ地面がダンジョンに変わっていくのを感じる。そこにあった土を、生命力をドリルのように操って掘削してみる。すぐに山のように積まれる土砂だが、さっさと保管庫に放り込んで圧縮しておく。
たしかにダンジョン内を改装するよりも、はるかに手間がかかるし生命力も消費する。だがやはり、事ダンジョンを広げるという点においては、不親切な事に定評のある僕の転生においても、かなりイージーモードなようだ。
ダンジョンを拡張すると、やっぱり揺れる。だがそれは、現代日本で重機を用いた工事と比べれば、本当に些細な揺れでしかないように思えた。
「こんなので、周りに気付かれるかな?」
「一気に生命力を流し込んで、広範囲を取り込む際には、周辺の町が気付く程度には揺れるみたいですよ」
なるほど。掘削する範囲の問題か。だったらやっぱり、ちまちまやってけばバレなさそうかな。
「そういえば、最初に会った男も、足元にダンジョンができているのに、まったく気付く素振りはなかったね」
まぁ、僕もだけど。
「まぁ、ダンジョンと呼ぶのも憚られる程に、小さなダンジョンですからね」
「それを言っちゃあお終いよ」
ダンジョンの基準では、五メートル四方なんて広さは、逆に想定外だったという事か。周囲に揺れを感知されるような掘削は、探索に数時間、下手すれば数日かかるようなものを基準にされていたのかも知れない。
「まぁ、大規模に拡張できる程生命力に余裕はないし、できてもやらないけどね。町の住人たちに余計な不安を与えて、件のマジックアイテムを使われるのはごめんだ」
「そうですね。例のマジックアイテムとやらは、この町から離れた場所で使わせるのが、最善です」
その為には、町の住人たちには、平穏な生活を享受していてもらいたい。いや、僕だって平穏に暮らせるなら、それが一番なんだけどさ。
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