第25話 お高い買い物と、目の高い口入屋

 ●○●


「でかくね?」


 いや、あなたの事じゃなく。いや、あなたはたしかにでかいけど。

 口入屋を通して案内された家を見た、僕の第一声はそれだった。いや、なんていうか、アルタンの町にある僕らの屋敷よりも、二回りか三回りくらい大きい家なのだ。おまけに、アルタンでは未だに完成に至っていない庭まで付いている。明らかに、こっちの方が本宅になりそうな規模だ。

 口入屋の男は、満面の笑みで揉み手をしながら宣言する。


「予算の範囲で、一番いい家を選びました」


 自信満々に胸を張る、出てくる映画によってはトロールとでも呼ばれそうな、縦にも横にも巨大な男。彼が口入屋のガドヴァドだ。恐らくは巨人族なのだろうが、ぶっちゃけ人族である小人から巨人族って、あまり見分けがつかない。なんなら、妖精族であっても見分けがつかない種族というのは多い。フォーンさんとかね。

 だからこの口入屋が、もしかしたらただの巨漢という可能性は十分にある。身長は二メートル半を超え、でっぷりと迫り出した腹に、太ましいというにも分厚い四肢。

 まるで丸太のようというのは、こういう手足を指してそう表すのだろうが、その表現から受ける鍛えられたそれではない。弛んだ脂肪によって覆われた手指は、いかに巨大であろうとも威圧感など皆無である。


「いや、こっちにそこまで人回せないんだけど……」


 僕は呆れつつ、ガドヴァドにそう伝える。まぁ、事前に伝えていなかったこっちの落ち度でもある。

 別荘にだって維持管理には人が必要である。勿論、それはいま現在雇っている使用人から選抜する予定だったのだが、こんな広い屋敷では改めて雇い直す必要が出てきてしまう。


「そこは、わたくし奴隷商の口入も行っておりますれば、向こうにもある程度お勉強させる事は可能でございます。ハリュー様の財政状況であれば、無駄な出費とはならぬかと存じますよ」

「ふむ……」


 なるほど。あらかじめ、それも織り込み済みか。まぁ、商人はそれくらいしたたかである方が好ましい。

 その巨体で、低姿勢に揉み手をしながら抱き合わせで儲けようとするガドヴァドに、僕は呆れつつも感心する。

 正直、ジスカルさんとヴェルヴェルデ大公からの依頼で、結構懐は温かい。というか、その二つの依頼だけで小金持ちから普通の金持ちにランクアップする程度には、大儲けしている。特に、ヴェルヴェルデ大公の方は金に糸目を付けないから、正直ボロ儲けだ。まぁ勿論、その分手抜きはできないが。

 だから、資金的には問題はない。問題は、新たに人員を雇い入れるという点だ。いくら化け物の道を歩む覚悟を決めようとも、懐にいれた人間をペットや家畜のように捉えるのは、僕の精神衛生的には無理だ。ではどうするのが最適かと問われても、正直答えに詰まる。

 だからできるだけ、庇護下におく人間の数は、増やしたくないのだが……。


「この家って、どこまで改築とかしていいの?」


 そんな事情を口にできるはずもなく、僕は別の項目を問う。


「買い取りですから、別に廃墟になさろうと問題はございません。ただ、価値の落ちるような真似をなされると、お売りになられる際にはお困りになられるかと」


 まぁ、それはそうだろうね。とはいえ、いざというときの脱出口にもなる家を、売りに出すつもりはないので、その点は問題ない。まぁ、そう考えると大きな家にしておくのもアリか。

 ダンジョンを延伸させる際には、周囲に音や振動などの影響がある。それを鑑みれば、大きな家の方が周囲に異変を勘付かれにくい。

 まぁ、それでもウチは既に、至心法ダンジョンツールに少しずつダンジョンを拡張させる為のプログラムを組んでいるから、その問題はほぼほぼ解決していると言っていいい。まぁ、急いで拡張させる必要に迫られた際には、どうしたって周囲に勘付かれるような影響がでるが……。


「地下室を造っても問題ないんだよね?」


 より厳密な言質を取ろうとする僕に、ガドヴァドは自信満々に胸を張る。


「ハリュー様。この屋敷には既に、地下室が存在します。貯蔵庫バッテリーにワインセラー、地下牢までございます。新たにお作りになられる必要はございませんよ!」

「…………」


 いや、地下牢とかいらないんだけど……。まぁ、そこをダンジョンへの出入り口にすればいいか……。

 ちなみにこのガドヴァド、僕らの事を知らない。いや、依頼主が僕、ショーン・ハリューである点は知っているし、それなりに名の通った冒険者である点も知っているようだが、【白昼夢の悪魔】という名を畏れたりはしない。

 情報収集を怠っているというわけではなく、この世界における情報伝達の鈍重さを思えば、これが普通なのだろう。そう考えると、やはりあのパラベルムは、流石は高級宿の支配人といったところか。

 アルタンの町を離れれば、僕らの知名度なんてこんなものだ。教会も、そんなに神経質にならなくてもいいだろうとも思うのだが、まぁ、彼らも彼らで真剣に、神聖教と【神性術】の未来を憂いての行動だろうから、あまり目くじらを立てる事はない。


「新たに地下室を作ったり、地下を拡張させる事自体は問題ないんだね?」

「? ええ、まぁ。ですが、地下というものは扱いが難しいですよ? 後付けで地下室など造ろうものなら、基礎がガタガタになってしまう惧れがあります。重ねて申し上げますが、新たに地下を造ったとなれば、屋敷の価値は廃墟も同然となるでしょう」

「ああ、構わないよ」


 ガドヴァドの言葉も当然だ。住人が好き勝手に増改築を繰り返し、かろうじて建っているだけの家を、大枚叩いて買い取るわけにはいくまい。

 とはいえ、僕らの事をハリュー姉弟と知っていたのならば、やはり反応は変わってきただろう。僕らが地下に造るそれが、ただの地下室などでなく、地下工房であると察しただろう。そこで命を落としたマフィアや冒険者たちの数を知っていれば、そのやに下がった顔も、青褪めて引き攣っていただろう。

 僕としては、そんな反応をされても困るので、現状は好ましいものだ。


「うん。だったら、ここに決めようかな」

「ありがとうございます! ありがとうございます!! 流石はハリュー様! お目が高い!!」


 大口の取り引きに、ガドヴァドが快哉をあげてヨイショしてくるが、目が高いのは君だよ。物理的に。


「勿論、内見して大きな瑕疵がなければだけどね」


 改めて釘を刺しておく。まぁこれは不要な忠告だろう。口入屋ともあろうものが、その信用を毀損するような真似はすまい。


「ええ、ええ。どうぞご覧ください! 隅から隅まで、隈なく微に入り細を穿って、おたしかめください!! この家の家主も惜しみつつ手放された、これからはハリュー様のものとなるお屋敷に、なんら隠し立てするようなものはございませんとも!!」

「……そう言われると、逆に心配になってくるな……」


 ご自慢のカイゼル髭をピョンピョンさせて喜ぶガドヴァドを苦笑して見上げつつ、僕は改めて屋敷を見る。地球の、それも日本人の感覚からすれば、豪邸の部類であり、こちらでも決して安い買い物ではない。まぁ、当然ながら上には上がいるが……。

 白亜の外観に、深緑の園庭。背後を振り返れば、頑丈な鉄柵がぐるりと敷地を囲っており、敷地の端には使用人用の別棟まである。ここを保有していたのって、貴族かなにかだったのだろうか?

 それを、自分たちのお金で買う。あまり物欲や所有欲が強くない僕でも、やはりそこには筆舌に尽くし難い感慨を覚えてしまう。しまったな。こういうときこそ、グラを連れてくるべきだった。人間の心理を知る、いい機会になっただろう。

 ついでに、彼女自身がどう思うのかも聞いておきたい。資金の多くは、グラの稼いだものでもあるのだから。いつものように、地上にあるものになど興味がないというそぶりをするのか、あるいは僕とともに得たものとして、喜んでくれるのか。

 後者なら嬉しいが、前者でもグラらしいと苦笑してしまう。


 その後、当然のように問題なく内見を済ませて、僕はこの屋敷を仮契約として押さえる事にした。正式な契約と支払いは後日だ。


「ありがとうございます! ありがとうございます!! いやぁ、流石はハリュー様! 音に聞こえた【白昼夢の悪魔】! その即決ぶりには、同じ男ながら惚れ惚れしてしまいます!! ぃよぉっ! 太っ腹!!」


 音に聞こえたって……。それ本当に、音としてしか聞いてないだろ、君……。もしも、先の暴動騒動やウル・ロッドとの一件を知っていれば、こんな歯の浮くような薄っぺらいおべっかなど、逆に使えないだろう。

 そして、太っ腹はお前だ。少しはダイエットしろ。


「それでは、契約までよろしく頼むよ」

「はい。改築の際にも、このガドヴァドをお頼りください。良い大工に伝手がございます! ハリュー様がどうしてもとおっしゃられるなら、地下工房を作るスペシャリストの魔術師と、渡をつける事も可能でございます!」


 いや、他所の魔術師に自分たちの工房を作らせる魔術師がどこにいるよ。あらかじめ手を教えてジャンケンをするようなものだ。

 しかしこのガドヴァドは、僕らが魔術師である事すら知らないようだ。流石にガドヴァドの情報収集能力に一抹の不安を覚えつつ、しかしそれを表には出さず、契約の仮締結を祝して手を差し出した。ガドヴァドもまた手を差し出すが、残念ながら握手はかなわなかった。僕が握れたのは、彼の人差し指だけだったからだ。



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