第26話 新たな情報

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 どうやらあの屋敷は、元ナベニ共和国の貴族が有していた別荘だったらしい。ただ、帝国侵攻後にバラバラになった元共和国領の自治共同体コムーネは、いまなお混乱の渦中にある。まぁ、ナベニ共和国はその国名からもわかる通り、ナベニポリスを中心とした国家だった。だが、その実その他の自治共同体コムーネがナベニにおんぶにだっこだったうえ、帝国侵攻時に裏切りや防衛への非協力があり、もはやナベニ側も元共和圏の自治共同体コムーネを信頼できない状況にあった。

 あの屋敷の所有者だった貴族も、元々はナベニポリスから帝国までの交易で得られる利益で財を成していた。彼が支配している自治共同体コムーネが第二王国との国境にあり、その交易だけで自治共同体コムーネを維持できていたのだ。

 だが、その交易はいま、完全にストップしている。必然、その財政状況は悪化の一途だ。別荘を手放す事になるのも、さもありなんといったところだ。

 なぜそんなに詳しいのかといえば、いま目の前にいるジスカルさんから、雑談がてら教えてもらった。スティヴァーレ圏は彼の庭だ。こんな些細な情報、彼の商売に役立つとは思えないが、それでもしっかりと集めているとは、流石は辣腕の商人だ。


「シトラーナの枝、コヤーシュの実、レプラの尻尾、カツの樹脂、ミャク、ファシュラーヤの肩甲骨、鉄、銅、鉛、それと金銀をいくらか。そして、契約の偽銀の原石です。どうぞお収めください」


 今日ジスカルさんがここを訪れた理由は、マジックアイテム製作用の材料の搬入である。


「どうもありがとうございます。流石はカベラ商業ギルドですね。この短時間で、これだけ種々雑多な材料を、それもこんな高品質なものを揃えてくるなんて……」


 特に、カツの樹脂とかどうしたんだろう。これ、採取できる時季が違ううえ、保存期間が短い為に、手に入るのは一ヶ月後くらいだと思っていたんだけど。それも採取時期の早い、それ程質の良くないものしか期待していなかった。


「良く見れば、なにかしらの処理がされてる……?」

「そのようです。もしかすれば、この処理をする事でカツの樹脂を長期保存できるのかも知れませんね。それを少しだけ、私に貸してください。解析してみます」


 隣のグラの言葉に、僕は苦笑しつつ了承を告げる。未知の技術に興味があるのだろう。ただ、この辺りにカツの樹は自生していない。あまり役立てる術はないだろうな。

 ジスカルさんの持ち込んだ、マジックアイテムの素材はどれも品質がいい。特に、枝や樹脂、骨など生物由来の材料は、処理が悪いと【魔術】的なリソースを削いでしまう。鉱物はそういう点では品質は安定しているのだが、リソースの多いものは貴金属や宝石のような、希少なものばかりだ。

 正直、その入手ルートを教えて欲しいくらいだが、飯の種を軽々しく他者に漏らすような商人ではないだろう。

 それでも一縷の望みを抱きつつ彼を窺うが、にこやかな笑顔の仮面が僕を出迎える。柔和だが、毅然とした笑みが、まるで獲物を横取りしに来たハイエナを見る獅子の威嚇のようだ。


「どうかしましたか? 私の顔になにか?」

「いえ、たいした事では。それではこの素材を用いて、シュマさんのマジックアイテムを作らせていただきます」

「はい。よろしくお願いします」


 浅黒い顔に優しそうな表情を湛え、乳白色の長髪を揺らして首を傾げて笑いかけてくるジスカルさん。そんな、俺のもんに手を出すんじゃねえという威圧に、僕は首をすくめてすごすごと誤魔化す他ない。まったく、ちょっと入手ルートを聞こうとしただけじゃないか。


「そういえば、ついでにシュプフヌムの革とたてがみも手に入ったのですが、ご入り用ですか? ロブフの甲殻もございますよ」

「へぇ! この辺りでは珍しい素材ですね」


 いやぁ、流石はジスカルさん、商売上手だな。でも、ここで買わないと次いつ手に入れられるかわかんないし、ここは買いの一手だ。なんか、いいように矛先を逸らされて、なおかつそれを利用して商売にされたような気もするが、そもそも交渉の手練手管でこの人に敵うわけもないのだから、存分に手のひらの上で踊ってやろう。ワルツかブレイクダンスかくらいは、選ぶ余地があるはずだ。


「それで? どうでしたか、ヴェルヴェルデ大公からの使いは?」

「うーん……、どうと聞かれましても……」


 最初から売りつけるつもりだったと言わんばかりに持ち込んでいた、シュプフヌムやロブフの素材も運び込んでもらい、雑談の〆といった態でジスカルさんが先日の使者について聞いてくる。とはいえ、どうと問われても困る程度には、取り立てて話すような点はない。


「結局相手は、ヴェルヴェルデ大公からの使いだとは、名乗りませんでしたからね」

「そうですか。まぁ、ご領主の一族である代官様が同席されたのであれば、それも仕方のない事かと。しかしそうなると、目的はやはりショーン様たちの引き抜きで間違いなさそうですね」


 まぁ、そうなるよねぇ……。

 ただの仕事の依頼であれば、代官を通じて領主に知られようと、問題はない。だが、あの使者は己がヴェルヴェルデ大公からの使いである事を、最後まで隠し通した。それはすなわち、本来の話の内容が、ゲラッシ伯に関知されては不都合なものだったという、証左になっている。

 それは、ポーラ様のハリュー姉弟引き抜きって予想を裏付ける要素だった。


「まぁ、こちらは未だに相手の素性を知りませんしね」

「ハハハ。なるほど、相手が選帝侯家ともなれば、対応が面倒ですからね。本当に相手がわかっていないのなら足元を掬われる惧れもありますが、知っていてそれを許す程、ショーン様は容易い方ではありません」

「ジスカル様の中ではどうにも、僕は過大評価されているみたいですね。僕が上手く立ち回れたのは、ジスカル様から頂いた情報と、ポーラ様のお陰ですよ」


 頭を振る僕に、ジスカルさんはまるでその言葉を信じていないとでも言うように、肩をすくめて嘆息する。

 いや、でもねぇ。実際問題、現状上手く立ち回れているのは、ジスカルさんの情報のお陰が大きい。


「そうそう。情報といえば、第二王国の各貴族家だけでなく、帝国からもこの町に間諜が入っているようですよ?」

「は? 帝国からですか?」


 どういう事だろう? いくらなんでも、帝国が僕を引き抜く事なんて不可能だ。そもそも、冒険者ギルドが国境を越えるのを許してくれない立場だ。

 ジスカルさんも同意見のようで、表情から笑みを消し、真摯な表情で告げる。


「はい。とはいえ、流石にその間諜の目的は、ショーン様方の引き抜きではないでしょうね。……身辺にはお気を付けください……」

「そうですね」


 僕らの間に深刻な空気が流れる。

 帝国にとって、ゲラッシ伯爵領にいる僕らの存在は、目の上のたん瘤もいいところな脅威だ。となれば、間諜の目的はもしかすれば、僕らの暗殺かも知れない。

 いや、それは必ずしも帝国の間諜に限らない。第二王国の貴族だって、それぞれの思惑によっては、暗殺という手段を取る輩が現れてもおかしくない。封建国家における他領というのは、同国であろうとも異邦なのだ。


「ご心配ありがとうございます」

「いえいえ、ここでショーン様になにかあると、あなたに肩入れしている私としても、少々困ってしまいます。あなたにはまだまだ、私の儲けとなっていただきたい」


 僕が礼を言い、ジスカルさんが苦笑しつつ、冗談めかして笑みを浮かべる。それで重かった空気は霧散し、場が和んだ。それからまた少しだけ雑談し、ジスカルさんは帰って行った。

 どうやら、ヴェルヴェルデ大公からの使いの情報に続き、またもジスカルさんの情報に助けられてしまったらしい。いやはや、借りが積もっていくのは、空恐ろしいなぁ……。



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