第2話 ダンジョン、コア?

 別に神様だの天使だのに導かれて、特別な扱いを受けたかったわけじゃない。だが、だからといってここまで流れ作業だと、文句の一つも言いたくなる。お役所仕事というより、もはやベルトコンベアで運ばれる商品だ。

 どうやら本当に、僕はこんな適当な流れで転生したらしい。ふざけんな!

 死んだのはいい。仕方がない。転生したのも、ある意味では幸運だった。記憶を持ったままの転生だ。謂わば人生のコンテニューだ。

 だが、この雑な対応には納得できない。別に、良くある転生モノみたいに、チートじみた異能が欲しかったわけじゃないが、これはあんまりだ。

 はぁ……。うん、ちょっと落ち着いてきた。

 まぁ、地球上で一日に死ぬ人の数を思えば、あの対応も仕方ないといえば仕方ない、のか? 死後の世界や転生に、特別ななにかを期待した僕が悪い……のかなぁ?


「でもせめて、来世——つまりいまいるこの世界の情報とか、ダンジョンマスターとやらについて、聞きたかったッ!!」

「ダンジョンコアの異常行動を確認。初期不良と推定。同胞の安全保持の観点から、自壊を念頭に、状況の改善を検討。できるだけ広範に、地上生命を巻き込む形での自爆を推奨」


 冷たい声音が頭に響き、僕はにわかに慌てだした。


「うわぁー!? ちょっと待ってちょっと待って!! 大丈夫、初期不良は改善した。僕はもう不良じゃない。ガリ勉の真面目くんだ!」

「言動の整合性が取れません。コミュニケーションの維持を断念。改善策の大半に、成算が見込めなくなりました。自爆シークェンスに移行します」

「中止中止! 大丈夫、話せばわかる、話せばわかるから!! コミュ力ならそれなりにあると自負してるから!」

「……自爆を中断。ダンジョンコアの状態を確認します。頭は、大丈夫ですか?」


 うん、真面目なトーンでそう聞かれると、非常に居た堪れないんだけど……。でも、ここで迂闊な受け答えをすると、またぞろ自爆とか言い出しかねない。

 オーケーオーケー、大丈夫。堤防で釣り人のおじさんたちと培ったコミュぢからなら、僕はそれなりのものだ。女性に対するコミュニケーション能力に、若干の不安材料が残るものの、やってやれない事はない。


「うん。よし。じゃあ、まずは自己紹介といこうか。僕は針生紹運。あの高橋紹運と同じ名前の紹運だ」

「自己紹介ですか? わたしはあなたの一部であるので、わたしもショーンという事になりますが」


 自己紹介フェーズから失敗……だと!?


「僕の一部?」


 どういう意味だろう。って、え? ちょっと待てその前に、この子が僕の一部って事は、さっき勝手に自爆しようとしたのは、彼女ではなく僕って事になるの? しかも、今後もこのマッドサイエンティストよりも安直に自爆ボタンを押しそうな人格が、僕の中にあるって事? なにそれ怖い。


「それよりも、ハリュー・ショーンもですがタカハシ・ジョーンという名詞はわたしの基礎知識にありません。そもそも、ショーンとジョーンがなぜ同じ名前なのかがわかりません。あなたの基礎知識には、なにかしらのエラーが存在しませんか? 無様を晒して地中生命の誇りを汚す前に、自爆して尊厳を保ちますか?」

「なんでそんなに自爆したがってんの? 僕が自爆したら、君だって死ぬんでしょ?」

「誇り高きダンジョンは、惨めに生き延びるよりも、潔く散る事を選びます。まして、ここは地上であり、人間種どもの拠点の内部。地上生命共にその骸を晒すくらいならば、一切合切を灰塵に帰すのが上策かと」

「うん。上策という言葉の意味が、僕の知っているものとは真逆らしい。それは下策だ」


 どうやらこの声の主は、随分と誇り高く、それにも増して潔癖症な人物らしい。僕の一部という事だが、僕がやめろと言っても一向に自爆をしたがる。二重人格になった気分だ。


「まず、頭から話を整理しようか」


 自己紹介フェーズを失敗してしまった以上、それ以前の段階として、お互いの共通認識を確立しておこう。なんか、言葉は通じる宇宙人とコミュニケーションを取ろうとしている気分になってきた。いやまぁ、未知の存在という意味では、それもどっこいどっこいか。


「はい。それが良いでしょう。正確な状況判断が、正しい目標策定を可能とすると推奨します」

「じゃあまずは、僕はダンジョンマスターとして転生した。これはいいよね?」


 こういってはなんだが、前世の創作物ではよくある展開だ。現代のサブカルにどっぷり浸かった若者は、転生ごときで狼狽えたりはしない。

 まぁ、いきなり王様の前に召喚されたあげく、不敬を働いて物理的に首にされる危険性も帯びているので、必ずしも慣れればいいというものでもないだろうが……。


「? 転生ではなく、誕生では? それに、ダンジョンマスターではなく、ダンジョンコアです」

「あれ? こんな初歩の初歩からも、状況認識に齟齬があるのか? ダンジョンコアとダンジョンマスターって違うの?」


 いくらなんでも、コミュニケーションが難しすぎる。僕は第うんたらかんたらダンジョンマスターとやらに転生する、とおばさんは言っていたはずだ。


「ダンジョンマスターという存在の定義が不明です。ダンジョンの支配者という意味であれば、たしかにダンジョンコアはそう呼べる存在です。しかしそもそもダンジョンコアとは——」


 話が長い。

 要約すると、ダンジョンとは生き物であり、半分神様のスゲー存在だから、本来は地上生命である人間なんぞに殺されていいようなもんじゃない。でも、不運にもそんな人間どもの町の中で誕生してしまったダンジョンコアが、僕。このままでは、人間に狩られて、解剖されて、ダンジョン的にはすごい惨めな末路を迎えかねない。

 そうなる前に、さぁレッツ自爆!!

 って事らしい。いや、要約しても長いよ。そのうえ、専門用語が多すぎて理解も追い付いていない。

 僕は首を傾げつつ、声の主に問いかける。


「ダンジョンマスターって言葉に聞き覚えはない?」

「ありません。ショーンの基礎知識には、そのような情報が?」

「基礎知識? うーん、そう言って言えなくもないのか?」


 前世の記憶を基礎の知識というなら、たしかに僕の基礎ではあるのだが……。

 それよりも、僕は天使のおばさんの言っていたダンジョンマスターと、声の主の言うダンジョンコアの違いが気になる。天使のおばさんと声の主が、同じものを違う呼称で呼んでいたというだけなら、大過はない。だが、ここでボタンを掛け違えると、後々まで尾を引きそうな気がする。

 ここは慎重に、確実に、共通認識の確立を図ろう。


「僕、前世の記憶があるんだけど、それは君の言う基礎知識とは違うのかな?」

「……前世の記憶ですか? 再度自爆シークェンスを開始。ショーン、あなた、頭は大丈夫ですか?」

「さらっとまた自爆しようとすんな」


 針生紹運だったという自覚はある。生前蓄えた経験や知識も、一応残っている。ただ、いい加減寝起きという段階は過ぎたというのに、前世の記憶はぼんやりとしか思い出せない。

 やっぱり、あの列に並んだ辺りから、記憶に靄がかかっているのだ。そういえば、列に並んでいる間、誰とも会話した記憶がない。

 社交的とまではいえないが、せめて足にしがみついてしまったおじさんに謝ったり、状況を訊ねる程度のコミュ力はあったはずだ。それに、列に割り込むという、普段なら絶対しない事もした。

 あの、列に並んでいるときの記憶が、特に朧げなのだ。まるで、二、三度消しゴムをかけたノートのように、断片的にしか思い出せない。

 もしかしたら、本来はあの列は、記憶を漂白する場所だったんじゃないか? あの列で、記憶をリセットし、自我をなくして、来世に旅立つ為の準備を整える場所だったとしたらどうだ?

 だから、あの列に並んだあたりから、記憶も曖昧になり、自発的になにかをする事もなかった。だから、あのおじさんはあんなに無気力だったんじゃ。

 そして、列に割り込んだせいで、僕は中途半端に記憶を消された状態で、転生してしまったとしたら?

 だとすると、おばさんの適当すぎる扱いも、理由があったのかも知れない。記憶も自我もない相手なら、おざなりな対応になってもおかしくない。


 ならば、この成熟した人格と現代レベルの知識は、前世の存在証明になるのではないか? そう、たとえば知識チートじみた、文明を一足飛びにする知識とか!


「でもホラ、僕生まれると同時に、会話もできるし結構高度な思考もできるだろ。これって転生の証じゃないの?」

「イデアから生まれ落ちるダンジョンコアは、生まれた瞬間より己がなんであるのか、己がなにをすべきなのかを知っています。それが基礎知識です。当然、個体差はありますが、自発行動ができる程度の思考は、生誕直後から可能となります」

「え? マジで?」

「マジです」


 転生あるあるで、幼少の頃から成人並の知識と思考が可能っていう、わかりやすい転生特典はダンジョンコアにとっては仕様なのか。

 まぁ、成熟した人格なんて元々持ってないけどね……。現代らしい知識を開陳しようにも、僕にそんな高度な知識があるはずもなかった。


「あれ? でも僕、自分がダンジョンコアである自覚とか、自分がこれからなにをすべきなのかとか、わからないけど?」


 それがダンジョンコアとやらの標準仕様なら、僕にその機能は搭載されていない。


「…………」

「なにその沈黙? 怖いんだけど……」

「……忸怩たる思いではありますが、どうやら我々は不良品のようです。地中生命の名を汚さぬよう——」

「だから安易に自爆しようとすんな!!」


 自爆を思い留まらせるのに、四十分くらいかかった……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る