ダンジョンツインズ 〜元人間のダンジョンマスターと誇り高いダンジョンコアは、共依存の果てに国を滅ぼす〜
白雲庭 まし麻呂
一章 アルタンの町に生まれた、二人のダンジョン
第1話 それはさながら、流れるベルトコンベアのように
〈1〉
「ふぁああ……」
僕は大口をあけて、盛大にあくびをした。
残暑もいい加減退散しきり、冬もまだ遠い、気持ちのいい秋晴れ。こんな日は、のんびりと趣味の釣りをするに限る。
夏は暑すぎ、冬は寒すぎる。春は秋と同じく、気温的にはいいのだが、学生にとって春というのは忙しい時期でもある。そうこうしている内に、梅雨になったり、台風がきたり。なかなか趣味を楽しむ余裕がない。
そこをいくと、やはり秋だ。テストさえやっつけてしまえば、こうしてまったり釣りができる。
今日みたいな気持ちの良すぎる日は、ちょっとまったりすぎて、眠くなってしまう程だ。
「まぁ、それも仕方ないか」
柔らかな日差しに、穏やかに凪いだ大海原。そこに聞こえる、遠いうみねこの鳴き声と、さわさわとやわらかい潮騒の合唱は、睡眠効果のデバフ呪文と大差ない威力を誇る。
「ふぁぁあああ……」
僕はもう一度あくびをすると、ウトウトしつつも、堤防から釣り糸を垂らし続けた。
——そして、目が覚めたら、建物の中にいた。
閑散とした屋内、煉瓦造の壁、所々に板の床が残る、剥き出しの土の地面。壁は崩れかけているし、内部もかなり埃っぽく、人の住んでいる雰囲気じゃない。見るからに廃墟だ。
ワケがわからない!!
だから僕は、こう問うた。
「え!? な、なにコレ? どういう状況!?」
すると、まるでその問いに応えるように、頭に直接、女性の声が響いた。
「状況の説明を開始します。ここはアルタンの町と呼ばれる、地上生命体——主に人間の活動する拠点です。本来ダンジョンコアは地中で誕生しますが、あなたのように生物型のダンジョンコアは、性質上地表付近に生を受ける場合があります。なので、現在地が地中でない事を不安に思う必要はありませんよ。さぁ、早速、地面を掘りましょう」
つらつらと述べられた声は、なんというかクールな声音だった。だが、怜悧な印象なのに、どこか母や姉のような、文字通りの意味での親近感を覚えたのが、自分でも不思議だった。
「ダ、ダンジョンコア? どういう事?」
「質問の意図が不明です。ダンジョンコアは、ダンジョンコアです。イデアから生まれ落ちる、精神生命体の一種であり、あなたの事です。それ故に、ある程度の基礎知識は、誕生と同時に、イデアから写し取っているはずです。あなたの基礎知識には、欠損があるのですか?」
「き、基礎知識?」
そんな事を言われても、その基礎知識とやらがなんなのか、さっぱりわからない。僕が聞きたいのは、ここがどこで、どうして僕がここにいるのかだ。
ダンジョンだのダンジョンコアだの、フィクションじみた彼女の言葉を、頭から疑ってかかるつもりはない。なにせ、現在進行形で、テレパシーで話しかけられているのだ。多少混乱はしているが、荒唐無稽な話も、バカバカしいと一笑に伏せない状況である。
付け加えるなら、ライトノベルや漫画、アニメで訓練された現代男子高校生は、その程度で無様におたついたりしない。
だが、それにしたって唐突に状況が変わりすぎだ。どうにも直前の記憶が曖昧なのだ。
親父が、酔っ払って記憶を無くした際に、グダグダとしていた言い訳が、まさにいまの僕の状態を遺漏なく表しているだろう。曰く、頭に靄がかかったように思い出せない、だ。
なにか原因があるはずだ。思い出せ。思い出せ。テストで、前日絶対にノートに記したはずの一文を思い出すくらい真剣に、僕は自分の脳みそに命令を発する。
微睡みに捕捉された夢のように、取りとめもなく茫洋とした記憶を浚う。
「そう、あのあと……、あ——ッ!」
なにかを感じ、目を覚ましたんだ。振動だったのか、音だったのかは、その後のパニックに流されて、もうわからない。
気付いたときには、目の前に高く白い波が——。その後は、わけもわからず波をかき分けようとしたのだ。視界が何度も、青い空と、黒い海中で切り替わり、目に入る海水や、身体中を掴まれるような波の感触に混乱し、押し流され……——だが、そこでまたブツりと記憶が途絶えている。
そして、僕はここで目覚めた。もしかしたら、僕は高波にさらわれて、あそこで命を落としたのか……。
はぁ〜〜……、マジかぁ……。はぁぁぁ……。
——……五分経過。落ち込み終了。気を取り直そう。
非常に残念だし、あれを不慮の事故というには、不運の割合が大きすぎると思う。ただまぁ、それでも結局、油断した僕が悪いのだ。
海釣りというものは、いや、川釣りもそうだが、山登りやスカイダイビングのように、自然という絶大な存在を相手にする趣味だ。ひょんな事で、死神と鉢合わせする可能性は、常に意識していなければならなかった。
危険は承知の上で、注意を払っていてなお、唐突に人生が終わってしまうという可能性を、覚悟してはいた。だからまぁ、死そのものについては、受け入れよう。受け入れ難くはあるが、受け入れざるを得ない。
「うん? なんだこの記憶……?」
完全に途絶えたと思っていた今際の際の記憶には、なんと続きがあった。とはいえ、この記憶は本当に曖昧で、飛び飛びだった。それこそ、夢のように現実感がなく、記憶した光景そのものもぼやけている。
もしかして、全体的に僕の記憶が不鮮明なのは、この記憶のせいか?
海に引きずり込まれ、陸上でも泳ごうとしていた僕は、なにかの列に並んでいた人の足に、藁をも掴む思いで縋りついた。疲れた顔のおっさんの足だった。いまにも過労死しそうな程に、不健康そうな顔だった印象がある。おっさんは、非常に無気力だった。必死になって足にしがみついた僕を、注意するわけでもなく、振り払うわけでもなく、ぼーっと眺めていた。
やがて、周囲に水がない事に気付き、僕はおっさんの足から手を離した。そして、なぜか列の流れに乗って、前に進んだのだ——って、これ割り込みじゃん! なんでそのとき、気付かなかったんだろう。普段、こういう事はしない主義なんだが……。
というか、この辺りの記憶が特にぼやけていて、どうして列に並んだのかとか、どこへ向かうつもりだったのかとか、全然わからない。
列が進んでいき、受付? のような場所に、ちょっとふくよかで、なんだかくたびれた格好のおばさんがいたんだ。
——で、こう言われた。
『はい、次の方ー。えーっと、あなたの前世は
それだけ言って、僕の記憶は再び途切れた。
「——って、もっとなんかあるだろうッ!?」
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