第7話 一大事業
崩落から一ヶ月。ここで多くの命が失われた場所だと思えば、なんだかしんみりとした気分になる。それでも、言ってしまえばその程度の感傷でしかない。所詮は他人事、なのだろう。
「ショーンさん、ここになんの御用で?」
まさか、【白昼夢の悪魔】ともあろう者が、死者を悼んで献花にでも訪れたのだろうか? なんとなくショーン・ハリューという少年の人柄がわかってきたいま、それもあり得るのではないかという思いで、俺は聞いてみた。
対する彼の答えは――
「ああ、実はここに、大きな畜産施設を建設する予定なんですよ。この町でダブついている奴隷たちを働かせ、報酬を支払い、自分たちの食い扶持を自分たちで稼がせようと思っているんです。頑張れば、自分を買い戻す資金も貯められるかも知れないですね」
――と、感傷とは無縁の、現実的な回答が返ってきた。
しかしなるほど。この町の奴隷事情に関しては、俺もいろいろと聞き及んでいる。なまじ、アーベンの糞野郎が大店だったせいで、その他の奴隷商のキャパを圧迫している、という話だったはずだ。そのアーベンの排除に一役買ったショーン・ハリューなりの、後始末の一環なのだろう。律儀なものだ。
「元々は、スラムに場所を借りて施設を建てようと思っていたんですけど、幸か不幸かこんな空間ができましたからね。利用させてもらおうと思っているんです」
「でもそんな、勝手に町を改造するよう事、許されないでしょう。ご領主様からの許可はもらっているので?」
「勿論!」
俺の問いに、自信満々に頷くショーン・ハリュー。どこか得意げに胸を張る様は、歳相応の子供らしいものだ。
「実を言うと、この地下施設は【崩食説】対策でもあります。だからご領主様からも、簡単に許可が下りました。詳しい事は、ラベージさんにも言えないですけれどね。事業用の施設と、従業員用の宿舎、二ヶ所の穴は、二種類の施設になる予定です」
【崩食説】というのは、例の事件でダンジョンの主が目論んだ、地上の町を呑み込む手法だ。少し前に、その真相を突き止めたダンジョン学の偉い先生が発表したという話は聞いているが、詳しいところはわからない。
「【崩食説】……」
「ええ、ダゴベルダ氏が発表された、【貪食仮説】と【崩落仮説】の名を合わせた、ダンジョンによる地上への攻撃手段です。まだご覧になっていませんか? ダンジョン探索を生業にするなら、できるだけ目を通しておいた方がいい情報ですよ?」
「い、いやぁ、その情報、アクセスできるのは限られた人材だけみたいですよ。冒険者だったら上級から、ギルドの職員ですら、一定以上の地位にいる者にしか情報開示されていないって話です。俺みたいなもんには、詳しいところは教えてもらえませんよ」
「え? そうなんですか?」
「らしいです」
ただ、お上の方はこの件で、上を下への大騒ぎらしいけどな。誰だって、自分の支配地で今回のような事件がおきては、たまったものではないだろう。下手をすれば、ニスティス大迷宮のミニチュアがそこかしこに乱立しかねない。
結果、あちこちでダンジョンを探知する為のマジックアイテムが使用され、そのせいで上質な魔石の価値が急騰しているらしい。それに吊られる形で、魔石全体の値も高騰傾向にあるらしい。
「……なるほど。情報規制を敷くのは、ダンジョンの主対策、かな? 相手が知性ある存在であるのだから、そのくらいの対策は当然か……。広められたら困るだろうし……」
俺の話を聞いて、ショーン・ハリューはブツブツ呟きながら、考え込んでいる。その間に、彼の執事とその見習いは、現場を駆け回り、働いている人足やその統括たちに話を聞いて回っていた。
「どこがどう、その【崩食説】対策なのかって、聞いても大丈夫なんでしょうか?」
「うん? ああ、それは勿論。理屈は単純だしね」
ショーン・ハリューの言葉を要約すれば、二つの施設を支柱に、ダンジョン跡に液状化させた石を流し込み、根を張るように埋め立てる。そうすると、町全体の土台を安定させられる他、他所からダンジョンが延伸してきた際にも、その根に振動が伝わって、察知が容易くなるとの事だった。
崩落対策と、外部から侵入してくるダンジョン対策か……。なるほど……。
「あとはまぁ、バスガルの一件で生まれた寡婦や孤児なんかの働き口にもなるかも。ただ、僕の事業だと知られれば、人は集まらないかも知れませんけどね」
そうついでのように付け加えるショーン・ハリュー。その顔に、どこか寂しそうな色を見たのは、俺の考え過ぎだろうか。
冒険者の間では、嫉妬以外で彼の行いを非難する者はいない。属性術のスペシャリストであるグラ嬢と違って、幻術のスペシャリストであるショーン・ハリューに、崩落を止められなかったのは、どう考えても仕方がないだろう。それなら、【
いや、こうして実際の崩落現場を見ればわかるが、魔術師だったからどうこうできる、などというものでもない。あくまでも、崩落を阻止できたグラ嬢の実力が桁違いだっただけで、他の二ヶ所の崩落が防げなかったのは、仕方がなかったのだ。
むしろ、彼が早々にダンジョンの主を倒してくれたおかげで、崩落がそれ以上増えなかったと、感謝してもいいくらいだろう。
だというのに、犠牲者の遺族たちのなかには、彼を恨んでいる者もそれなりにいる。それは文字通り、理不尽な逆恨みでしかない。
「…………」
崩落現場をじっと眺めるショーン・ハリューを見詰める。外見上は、本当にただの子供でしかない。だが、そんな彼と同行してわかったのは、彼にはその歳に不相応な感情がぶつけられているという事だ。好悪の区別などなく。
でもまぁ、そういうのが理屈じゃないというのも、わからない話でもない……。しかしそれでは、命を懸けて戦ったこの人が、あまりにも報われないのではないか。彼ら住人が、いまこうして平穏を享受していられる日常は、間違いなく彼の手によって守られたのだ。そんな、英雄的と言って差し支えない偉業の結果が、この仕打ちか、と。
どうやら俺は、噂の悪魔が思ったよりも普通の人物で、少し肩入れしつつあるらしい。
執事と色々と角突き合わせて、設計図に対してあれやこれやと話し合っているのを眺めながら、自分の中でのショーン・ハリューという人物評価が変動しているのを確認していた。
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